障害物踏破試験
――今年の受験生は豊作だ。
今期の試験監督間筆頭務めるオリバーン・カーンは、手元の名簿をパラパラとめくりながら満足げに口角を上げる。
入学試験の監督官筆頭という役回りは運が必要だ。
この役割を果たしたからといって、彼の懐が潤うことは一切ない。しかし、豊作の年に試験管筆頭であったことは記録には残る。その逆もまた然り。
マイナスは一切ないが、心象的にプラスには働く。それは間違いない。
「メフェリム家が初受験というだけで、話題性は飽和しそうだというのに……。」
中年の男性の微笑みほど気持ち悪いものはないと思ってるオリバーンですら、その広角の上昇を止めることができない。
踊り出してしまう心を必死に抑えて、接近戦闘職の二次試験会場へと足を運ぶ。
そこでは一人の少女が今まさに試験を開始しする寸前であった。
その華奢な体格には不釣り合いな大きな大剣を背負っている。屋内であるはずの試験会場。にも関わらず、彼女の金色の髪は光を反射し、まるで陽光を受けたかのように輝いて見た。
「では、受験番号240番。リリシア・アーデ。準備はよろしいでしょうか?」
「はい。ゴールまで走ればいいですよね?」
「そうです。では、二次試験開始。」
の合図とともにリリシアと呼ばれた金色の髪を持つ少女は走り始める。
「ほう。速度は、まあまあですね。」
「ええ。ですが、筋力は並以上です。」
オリバーんが独り言のつもりで放ったその言葉に反応したのは彼と同期の試験官の男性だ。
貴族階級のオンバーンは身分の差に関しては寛容だが、試験官とその監督官。立場の差があるにも関わらず、言葉つかいが正しくないことで眉間にシワがよる。
だが、こうした些細な無礼を大げさに咎めないことが余裕のある貴族の振る舞いであると自分自身に言い聞かせ、視線を再び少女の方に戻す。
「確かに。あの大剣を持っているとは思えない身軽さですな。」
自身の身体以上の大きさの剣を背をっているとは思えないほどの軽やかな動き。
丸太で作られた不安定な足場を地上と同じ速度で走り抜け、三メートルを優に超える壁を難なく乗り越える。
迫る障害物も大剣を器用に使い弾く。その速度は、ほぼ一定と思えるほど軽やかに全ての障害物を越えていく。
オリバーンは再び受験生の書かれた用紙の中から、240番を探す。発見前に隣の試験官の男性が口を開く。
「リリシア・アーデ。両親は元探堀者ですね。本校のOBでは無いですが。」
「OBである事は、重要では無いですよ。ですが、元探堀者の両親ですか。納得の教育ですね。」
事実オリバーン自身もこの学園の卒業生では無い。
しかし、彼女の出生が分かれば、あの身のこなしにも納得がいく。
この踏破試験では、単純な走力を測定するものではない。
ダンジョン内部という極限の環境で、即時戦闘可能な状態を維持しつつ、障害物を超えることのできる基礎体力。さらに、多種多様な局面に対応できる装備を選択できるかも重要な評価基準だ。
自身の身体能力に見合わない重量の装備を選ぶ。特定環境でのみ活躍できる存在は、少なくとも帝国が威信をかけて攻略を行なっている摩天楼バベルの攻略には向いていない。
その点で言えば彼女は、装備品の重量。自身の身体能力の見極め。さらにその身体能力に至るまで、驚くべき高い精度で最適化されていると言える。
「そこまで。240番終了してください。」
あらかじめ設定していた地点まで、ほぼノンストップで走りきった少女の表情は、未だ余力を残しているように感じる。
「おおよそ、5分ですか。例年ならダントツのトップの成績ですね。」
「ええ。彼女の含めやはり今年は豊作です。」
ここまで成績の中で第3位。
昨年の平均が15分を越え、トップでも8分以上の時間がかかった第二次試験。
しかし、今年はリリシア以降を含め、およそ10名存在した大豊作の入学試験となった。




