入学試験 開始
学園の入学試験は筆記と実技により構成される。
合否判定に必要な配点は実技にお向きを置いているが、筆記での評価も意識してザインと共に対策はしっかり取ってきた。
リリシアは、用意された羽ペンを目の前の机にそっと置く。
一次の筆記試験は、事前にザインが予想していたよりもずっと簡単な内容で、肩の力が抜けるほどだった。
「……これなら、そこまで必死に対策しなくてかったなぁ。」
的確に試験範囲を把握していたからこその余裕が、自然と口をついて出る。しかし、この穏やかな状況を本当に理解しきれていないのか、まるで不満を漏らすかのように彼女は小さくつぶやいた。
「そこまで。ペンを置け。これ以降の記入は、いかなる理由であっても失格とする。」
試験官の女性がそう告げると、会場にいる受験生たちは皆、一様に筆記用具を机に置いた。
結果に納得がいかないのか頭を抱えている者、あるいは満足のいく出来栄えだったのか、次の指示を落ち着いて待つ者など、反応は様々だった。数分の時間が過ぎ、再び試験官の男性が試験会場に足を踏み入れた。
「では、二次試験会場に移動する。入口側の受験生から順に列を作れ。」
周囲に座っているのは、基本的に皆がライバルの受験生ばかりで、見知った顔は見当たらない。そのためか、私語を交わす者もなく、全員が黙って試験官の指示に従う。リリシアもまた例に漏れず、列に加わって二次試験会場へと移動した。そこは、広々とした屋内の演習場だった。
「では、ここにある装備品を好きに装備したまえ。万が一、希望の装備品が見つからない場合は、誰でも構わない。試験官に用意できるか確認しろ。」
簡潔な指示が飛んだ。目の前には、実に多種多様な武具がずらりと並べられている。それぞれの素材、形状、そして大きさまで、実に様々だ。この後行われる試験の内容が一切明かされていない状態で、受験生は装備品を選ぶことになる。
この状況で周囲に控えている試験官に具体的な試験内容を尋ねるべきなのか、それとも、この状況判断そのものがすでに試験の一部として試されている可能性もある。
しかし、リリシアがそこまで深く思考を巡らせることはなかった。彼女は迷うことなく、自身が最も得意とする革製の軽装備に、身の丈ほどもある大剣を手に取った。気に入った重さの物を見つけるのに多少手間取ったものの、なんとか納得のいく一品を選ぶことができた。
「まぁ、これなら妥協点かなぁ。」
「シアちゃん、見た目以上に力持ちなんだね。」
「あ! ユリア! うん、このくらいならね。」
軽々と持ち上げられた大剣を、驚いた表情でユリアが見つめる中、リリシアはさらにそれを軽々と一振りしてみせた。
一方、ユリアが選んだのは、おおよそ80センチほどの刀身を持つ直剣と、小型のバックラーという、いわゆる機動性を重視した装備だ。その特性を最大限に活かせるよう、鎧の類もリリシアと同様、革製のもので統一されていた。
この会場唯一の顔見知りに出会えたことで少し、ユリアの表情から緊張の色が抜ける。
「試験内容、次はなんだと思う?」
「えーと確か、筆記の後は身体能力試験か、戦闘能力試験だったかな?」
ザインが調べてくれた情報によれば、その二つの可能性が非常に高いとのことだった。受験生の数が多い年は、個人の技量を見る前に、ある程度の選別が行われるのが常だという。そして今年は、まさにその「人数が多い年」に該当するらしい。
「今年は人数多いもんね。ここから何人減るんだろう。うぅ、ちょっと緊張してきた。」
「ユリアなら大丈夫だよ。ワタシが保証する。」
別段、根拠のない話ではない。リリシアには、人の魂の形を観測する能力がある。それは、これまでの経験に比例して、形や輝き方が異なるのだ。純粋な実力に換算することはできないが、ユリアの魂の輝きは、多くの受験生の中でも上位に位置しているとリリシアは推測していた。
「そう言われると、頑張れそう。ありがとうシア。」
「うん、一緒に頑張ろう。」
そんな会話を交わしていると、受験生が準備を終えたようで、試験官の男性の一人が動き始めた。
「では、その装備を持って、再度移動いたします。」
そう告げると、先ほどと同じように試験官を先頭に、受験生たちは屋外の演習場へと出て行った。そこには、様々な障害物が複雑に配置されている。
「二次試験は、即時戦闘状態での踏破試験となります。これより、装備品の変更はいかなる理由があっても認めません。」
試験官の言葉が終わると同時に、会場のあちこちから、嘆きの声と歓喜の声が同時に湧き上がった。その中でも、リリシアの隣に立っていたユリアは、小さくガッツポーズを作ってみせた。しかし、隣に立つリリシアの大剣が目に入ったのか、すぐに焦ったように声をかける。
「あっ、いや。シアは大丈夫?」
心配そうなユリアを横目に、リリシアはキョトンとした表情を浮かべた。
「? うん。この装備で森の管理もやってたしね。あれくらいなら余裕だよ。」
自身の心配が杞憂であったことにホッと胸をなで下ろしつつ、ユリアはリリシアの身体能力の高さの一端を垣間見たことに、彼女自身も納得したようだった。
「では、受験票に書かれたレーンへの移動をお願いいたします。」
皆の視線が、手元の受験票に集まっていく。リリシアとユリアの受験票には、同じく「3番」の数字が書かれていた。
「一緒だね。たまたまかな?」
「どうだろうね。装備品選んだのは、ここに来てからだし。」
それにしても、同じ3番レーンにいる人物の中で、飛び抜けた重装備の人間や、極端に身軽な装備品の人物は見当たらない。唯一目を引くのは、紫色の髪をした受験生で、全身を覆う鉄製のフルプレートアーマーを装備していたことくらいだ。しかし、リリシアは答えの出ないことには深く思考を巡らせない。
「考えても仕方ないし、今は試験に集中だよ。」
「うん。ごめんね。変なこと言って。」
「全然だよ。……あいつも考えそうなことだしね。」
ユリアには聞こえないほど小さな声でそう呟いた、まさにその瞬間、魔法職の試験会場にいたザインがくしゃみをしたのは、また別の話だった。




