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女神様は勇者様 少女と元魔王の転生譚  作者: Yu_Yu
第一章 外の世界からの来訪

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再開


 荒々しい戦いの終わりは、常に静寂ではない。

 激しい衝突が残した余韻は、耳の奥でまだ熱い残響のように響き、舞い上がった砂埃がゆっくりと沈んでいく中で、ようやく各々が我に返るような感覚だった。各自が戦闘後の確認作業へと移行していく。


 前線で激しい接近戦を繰り広げていたエルドアとドーンは、互いの身体を軽く叩き、かすり傷や、革鎧の破れ、得物の刃こぼれといった損耗状況を確かめる。

 その隣では、戦場へ飛び込んできたあの少女が、戦闘終了後に合流してきた煉瓦色の髪の女性から、堰を切ったように始まった長々とした説教を受けている。

 ザインのいる場所からは少し距離があったため、正確な言葉までは聞き取れないが、どう考えても無鉄砲に危険な場所へ飛び込むことの愚かさを諭すような内容だろうと容易に想像できた。

 必死に話す、煉瓦色の髪の女性に対し、黄金の髪を有する少女は飄々としているところを見ると常習的に飛び出してしまうことは想像に難くない。


 明確な接敵がなかったザインは、1人戦闘後の情報処理を開始する。

 体内に残存する魔力から、消費量を概算するが観測できるかギリギリの範囲の軽微なものであった。既知の森の生き物との戦闘では遅れをとることはまずない。


「……今回の戦いにおける最大の反省点は、やはり装備品の質と性能を見誤ったこと、それに尽きるな。」


 ザインの最大の誤算は、エルドアが使っていた得物が、あの異形の魔物に対して『通用する』と、認識していた点だった。それは彼のこれまでの経験や知識から来る誤算であり、予測精度を高める上での大きな課題として、胸中に残った。


「遺物の性能に関する研究は、今後の活動においての課題だな。」


 戦闘によって巻き上がった微細な砂埃を軽く手で払うと、ザインは他の面々が今後の身の振り方を話し合っているのを横目に、戦場の中央へと足を向けた。そこには、息絶えた三つ目の魔物が横たわっている。

 ザインの記憶や知識の限り、どの生物系統にも属さないモンスター。

 ダンジョン内では独自の生態系が築かれるが、そちらの系統でも記載はなかったと記憶している。

 

 その異様な姿は、彼の純粋な学術的な探求心を刺激した。

 周囲にいる者たちは、ザインのそんな行動に気を配るほどの心の余裕がないのか、あるいは単に彼の奇妙な探究心に慣れているのか、すでに次の行動方針について議論を交わしている。

 

「保存する技術が今手元にないというのは、実に心惜しいものだ。」


 ザインはそう独り話しながらも、その巨大な魔物の遺骸の中から、長期保存が比較的に行いやすい、体表の頑丈な鱗、牙、そして爪の一部を丁寧に回収する。

 特に、獲物を切り裂くために特化した刃状の拇指は、彼の興味を強く引いた。もし可能であれば、あの異様な形状の拇指も回収したいところではあったが、残念ながら今のザインには、それを運搬し、さらに人目から隠蔽する適切な手段を持ち合わせていなかった。この世界の技術水準や、彼の現在の立場を鑑みると、そうした行動は不必要な詮索や誤解を招く可能性があった。


「よし。どうやら大きな問題はないようだな。おい、坊主! 俺たちはこれから回収部隊を呼びに行く。お前には、ここでこの魔物の護衛を頼みたいんだがいいか?」


 と、エルドアが魔物の近くで作業を進めていたザインに向けて、その太い声で呼びかける。

 護衛というのは、この巨大な魔物の死骸が、この森に住む獣たちの食料とされてしまわないよう、しっかりと見張っていてほしい、という意味だろう。

 ザインは、何事もなかったかのようにすっと立ち上がると、振り返り、いつも通りの淡々とした口調で答えた。


「問題ない。が、護衛は一人か?」


 報告のために森を越え、村まで戻るというのであれば、そちらにもそれなりの人員を割く必要があるだろう。装いとして、もう1人の魔法使いである煉瓦色の髪の女性は同行するとして、接近戦闘を行うことのできる人物がこの場に何人残るのか。それは、もし不測の事態が起こった際に非常に重要な問題となる。


「そんなわけあるか。シア。この中じゃ、一番元気だろ。ここは任せるぞ。」

「うん。いいよー。」


 エルドアの言葉に、少女、シアは迷いなく、快活な返事を返した。

 

「なら、ここはザインとシアの二人で任せる。だが、命を優先だ。判断は通常時以上だ。いいな。」

「ああ、理解した。」


 ザインがそう返事した直後、エルドアはまるで戦闘中にも見せないような俊敏さで、彼の目の前まで接近した。その眼差しは、先ほどまでの豪放な戦士のそれとは一線を画し、どこか鋭い警戒と、父性的な心配が入り混じったものだった。


「……それと、うちの姫にへんな真似をすれば、絶対に許さないからな……。」

「はい?……ああ、はい。わかりました。」


 エルドアの言葉の真意はすぐに理解できた。だが、ザインは「あり得ない」と瞬時に判断し即座にシャットアウトする。彼の頭の中では、そんな感情的な機微が入り込む余地はなかった。


 戦闘直後の疲労がまだ身体に残っているにもかかわらず、エルドアたちは早々に準備を終え、村のある方向へと足早に出発していった。

 彼らが去っていくのを、ザインとリリシアはただ静かに見送った。

 二人が残され、辺りが静寂に包まれたことは、ザインにとっても都合が良かった。それは決してエルドアが邪推のようなことではない。

 心置きなく目の前のモンスターの詳細な観察と記録を行うことができる、貴重な機会を得られたことに、彼はひそかな満足感を覚えていた。


「ねぇ、さっきの魔法、本当にすごかったね。」

「ああ。ありがとう。」


 共に戦闘を行い、彼女の中での真的距離は少なくなったのか、気さくに話しかけてくるシアと呼ばれた少女は話しかけてくる。ザインはいつものように、感情を伴わない簡潔な返答を返す。

 

「えっ!? それだけ!?」


 予想していたような盛り上がった会話の流れとは異なったが、ザインは特に気にする素振りも見せない。彼の興味は目の前の魔物に集中していた。


 ザインは、実母によく似た、生まれながらの端麗な容姿を持っていた。褐色の肌も、この世界では珍しいとされるが、それすらも彼の持つ独特で不思議な雰囲気をより一層深くする要素となっていた。加えて、彼がメフェリム家の子息であるという血筋も相まって、彼に近づこうとする人間は、まるで山のように存在するのが常だった。


 そんな世俗的な打算や表面的な魅力に、森の番人を務めるこの少女が軽々しく心を動かされるとは、ザインには到底思えなかった。しかし、もし彼女が何らかのコネクションを築こうとしているのだとしたら、そのための行動としては理解できるだろう。


 とりわけ、この少女の容姿は、まさしく「美麗」と形容するに相応しいものだった。


 太陽の光を反射して輝くような黄金の髪は、まるで生きた光を宿しているかのようだ。吸い込まれるような輝きを放つ金色の瞳。華奢な身体つきでありながらも、女性らしい身体の成長も顕著でだった。


「(社交界では、きっと『華』と形容される存在だろうな)……それで、何か用があるのか?」


 しかし、数百年以上の記憶を持つザインからすれば、そのような若さゆえの浮ついた感情や、世俗的な美に対する特別な執着は湧いてこない。彼の目の前には、人間関係の機微よりもはるかに深い興味関心を引かれる存在、つまりこの異形のモンスターが横たわっているのだ。生産性のない世間話に時間を割く余裕など、彼にはなかった。


「何よ、ひっどー。久々に会ったっていうのに、そんなにツンケンしちゃって。前はもっと素直だったのに。」

「? すまない。私には、君との初対面の記憶しかないのだが。」


 ザインは、一般に人の名前と顔を覚えるのが苦手だ。

 彼の記憶力そのものは非常に優れており、学習能力も卓越していると言っていい。だが、彼にとって「必要な情報」と「不必要な情報」への扱いは、まさに天と地ほども異なる。

 彼の記憶の優先順位付けは極めて合理的であり、その中で、彼にとって「必要のない」と判断された人物との記憶の優先度は、地の底を這うほどに低いのだ。そのため、過去に会っていたとしても、彼の意識下にはほとんど残らない。


 しかし、そんな彼でも、この少女が持つ身体能力を軽んじることなどあり得なかった。むしろ、今まで意図的に隠されていたとしか思えないほどに、彼女に関する情報を知り得ていなかった自分自身に対して、ザインは苛立ちすら覚えていた。それは彼の完璧な情報処理能力に対する、ほとんど自己嫌悪に近い感情だった。


「ひっどーい。ワタシがちゃんと覚えてるのに、あんたが覚えてないなんて!」


 待て。何かがおかしい。

 彼女の口ぶりから判断する限り、一度や二度会った程度の問題ではない。


 これほどの親密さを示すような発言は、それ以上の深い関係性がなければ出てくるはずがない。しかし、ザインには、現在の生を受けてからというもの、同世代の知り合いなど一人も存在しないと言っても過言ではないはずだった。

 師匠たちとの研鑽、貴族としての義務的な教育、そしてこの世界の真実に関する情報収集に費やす日々の中で、同世代の者と友情を育む暇など、これまで一度もなかったのだから。


「(一体誰だ? いつ? 何をされた?)……いや待て、そんなことは、ありえないはずだ。」


 ザインの頭の中で、単なる疑問が急速に推論へと昇華していく。彼の常識と記憶が、根本から揺さぶられ始めていた。


「あー、もう呆れた。そんなんじゃ、どうやって見つけるつもりだったのよ。」

 

 リリシアは肩をすくめ、心底呆れたように言った。

 

「馬鹿な……一体、どうやって……」


 ザインは、この身体に生まれてきてから一度も見せたことのない、驚愕の表情を露わにした。

 その完璧なまでに無表情だった顔に、僅かな動揺と混乱の影が差す。


「どうやってって。私は最初からあんたが『そう』だって、ちゃんと分かってたわよ?」


 ありえない。ザインの論理はそう叫ぶ。


 しかし、目の前の現実は、その論理とはあまりにもかけ離れている。彼の思考はまとまらず、この種の経験は、彼にとって全く新しい、理解不能なものだった。

 このような一方的な展開、つまり自分だけが何も知らず、相手が全てを把握しているという状況など、これまでの彼の人生には一度たりとも想像しえなかったことだ。


「あんたが元魔王だってことも、一発でね。」


 リリシアのその言葉は、ザインの心の奥底に封じ込めていた最も深い秘密を、何の躊躇いもなく暴き出した。


 目の前にいるのは、ザインにとって、ただの少女ではない。

 いや、彼の「元魔王」だった時代から、その運命を共にし、この世界へと渡って来た、まさにあの──


「……自称女神、か。」


 その人、本人であると、ザインは心の中で、苦々しく、しかし、もはや疑う余地もなく認めるしかなかった。

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