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独り立ち

場面は再びザインの時系列に戻り、家庭教師との日々が終わりを告げる頃、


ザインは一つの決断を迫られる。


 家庭教師をつけてからすでに五年の歳月が流れ、ザインは十二歳になった今、人生の大きな分かれ道に立っていた。


 彼は貴族の三男として家に仕えつつ、名声を求めていくのか、あるいは家を離れて自分だけの道を切り開いていくのか、いずれかの選択をしなければならなかった。

 成人を迎えるまでに残された二年間は、その決断を下すうえでの重要な時間となる。普通の貴族の子どもなら、一夜で判断できるような問題ではなく、慎重に考え抜くものだろう。しかし、ザインの胸の内はすでに固まっていた。


「父上、私はこの領地を離れ、ダンジョン攻略に挑みたいと思います。この五年間で必要な資金はある程度用意しました。あとは、育成機関への入学を認めていただきたいのです」


ザインの言葉に父親は静かに頷いた。「そうか、いいだろう。お前のこれまでの努力は聞いている。領民に貢献してほしい気持ちもあるが、望むようにせよ」


夕食後のティータイムは、家族が全員揃う数少ない時間であり、忌憚なく意見を交わせる貴重なひとときだった。そこでザインは初めて父に将来の計画を打ち明けたが、驚くような反応はなく、思ったよりも早く了承を得ることができた。


「父上、それで本当にいいのですか?ザインの才能は私たちよりも明らかに勝っています。彼が当主になっても不思議ではないほどです」


それは長男であり次期領主のアシュルの言葉だった。次期領主としての立場から、ザインの存在は魅力的に映っているのだろう。しかしザインは冷静に考えた。外向きにはアシュルがメフェリム家の代表として簡単な社交界に顔を出し、名前も知られている。その彼と当主を入れ替えれば家の安定は大きく揺らいでしまうに違いない。


「私が優秀に見えるのは、前世の記憶と自由な時間を有効に使ってきたからに過ぎません。統治には元々興味がありません」


転生者であるザインは、前世で魔王だった頃も支配や統治には魅力を感じなかった。今世でも同じように、それらに心惹かれることはないのだと、強く実感していた。


「兄様、それは言い過ぎです。私は領地を導く才など持ち合わせていません。ほんの少し学問を齧ったばかりで、雑多な知識が多いだけです」


「それも含めて優秀だという判断だよ、ザイン。当主の交代は一晩で受け入れられるものではないだろうが、それでも家のために助力してくれることには違いないだろう?」


アシュルの言葉には悪意がなく、そうした提案の裏にある配慮も感じ取れた。ただ、彼の人柄を知る家族には、その意図が時に飼い殺しに近い状態を生むこともあると理解されている。それはアシュルの人となりの美徳であり、また未熟さでもあった。


「分かります、アシュルの気持ちも。しかし、ザインには自由に生きる権利がある。それだけの成果も常に示してきました」


父親は家庭教師がついた当初から、ザインに探窟者として独立する意志があることは知っていた。だが、ダンジョン攻略を生業にするその道までは隠していた。領地内の様々な依頼をこなし、目の前の準備を整えて今日に至っている。


その事実を知らないアシュルに代わって、オルトリアがその思いを代弁すると、彼は一礼して自分の席へ戻っていった。


「しかし、ダンジョン攻略はそう簡単なものではない。帝国が建国されてから千年が経ったが、まだ三十階層にも達していない。だから最後に一つ頼みがある。これから二年間、常闇の森の森番を手伝い、魔物との戦いに慣れておけ」


常闇の森はメフェリム領の最北端であり、帝国領でも最北の地にあたる。そこからはしばしばモンスターが出現し、元探窟者の引退した森番が常駐している。私兵たちも近隣の村に駐屯しているが、彼らは人間同士の戦闘が専門で、モンスターとの戦闘には不慣れなのだ。ザインも家庭教師や兵士たちとの遠征でそのことはよく理解していた。


そのため、実力のある探窟者が安定した収入を求めて、皇帝の許可の範囲内で私兵として常闇の森に配置されている。


「そこで二年間、森に出没するモンスターを狩って、自分の適性を見極めろ」


それは親として家を離れすぎないようにと願う気持ちでもあるとザインは理解していた。探窟者は他の戦闘職業と比べても生存率がかなり低い。戦時なら軍人と比肩するかもしれないが、平和な時代の今では安定した給料を得られる人気の職業のひとつでもある。


そんな危険な道に子どもを送り出すのは、どんな貴族の親でも躊躇うだろう。とりわけ深い愛情を持つ親ならばなおさら強く引き止めるはずだ。


「分かりました、父上。もう既に森番には伝えていただいておりますか?」


「そうだ。出発は明後日だ。準備は順調か?」


「はい。問題なく整えられます。ところで、森番としての二年間の給料は支給されるのでしょうか?それともモンスターから得る戦利品が収入の中心になりますか?」


ザインは探窟者の育成機関である《アカデミア》に入学する際や、その後安定するまでの費用を元探窟者の魔法師匠に尋ね、過去五年間で一定の貯蓄をしてきた。そのため、生活費を全額自己負担するのは想定外であり、モンスターと闘うのには通常以上の資金も必要になる。領地内で安定した収入源を確保しているものの、この期間中はそれすら断たれる可能性があり、生活費は事前に解決しておく必要があった。


「そうだな。望むなら、一般的な森番の給料を支払おう。もちろん、働き次第だが」


「ありがとうございます、父上」


資金面の不安がひとまず解消され、アカデミア入学の了承も条件付きながら得られたことで、ザインはようやく冷めかけていた紅茶に口をつけた。


「だが、最近の森は少し不穏だろう?」


「そうだな。だからエルドアの元に預けるつもりだ。あそこが最も安全だろう」


「安全」という言葉には二つの意味が含まれる。一つは、不穏な森のなかでも比較的安定していて命に危険がないという意味。もう一つは、森番エルドアが最強で、場所は危険でも安心して任せられるということ。


ザインはこの五年間の授業の中で、自分の魔力量と多彩な魔法を使えることは規格外だと理解しており、命の危険を強く感じることはないと判断していた。


「そうか、それなら多少は安心だな。ザイン、体には気をつけるのだ。ここに帰ってくることは恥ではない」


「はい、母上。無理な時は素直に戻ってまいります」


母の優しい言葉にわずかな戸惑いを感じつつも、ザインはこの恵まれた環境に感謝の念を抱いた。前世の記憶を持って生まれた彼は、優秀ではあっても理想的な子どもではないことを自覚している。幼少期らしい時間がなく育った彼は両親に親愛は感じているが、深い愛着はまだ形成されていなかった。それを家族の形として適切とは思わず、自分の問題として受け止めている。


その点は上の兄たちに任せるつもりでいるが、両親はそんな小賢しいザインにも変わらず愛情を持ち、心配してくれている。そのことを理解しているからこそ、ザインの中にはこの家を大切に思う気持ちが渦巻いていた。


「ザイン、お前の選ぶ道は私も経験のない苦難が待ち受けているだろう。選んだからには困難を乗り越えなければならない。しかし、その道だけがすべてではないことも心の片隅に置いておけ。明日は準備で忙しいだろう。自室に戻ってよい」


「ご配慮に感謝します、父上。失礼いたします」


明後日からの二年間、そしてアカデミアでの期間を考えれば、こうして両親とゆっくり話す機会は明日が最後になるかもしれなかった。そのことを理解しながらも、ザインは静かに家族の輪から離れていった。

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