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女神様は勇者様 少女と元魔王の転生譚  作者: Yu_Yu
第一章 外の世界からの来訪

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未知のモンスター

会合2 改案

 ザインは、魔力によって聴覚と資格を強化する。目の前に鎮座する奇妙な卵形の魔獣を観察し始める。

 長年の眠りから目覚める寸前の古代の遺物を見つめるかのような、静かで厳粛な作業。

 

 ――その直後、まるで生き物がそれに応えるかのように、即座に反応が現れた。空気はわずかに振動し、不可視の力がその場を満たし始める。


「そんな、まさか……」


 普段、どんな状況でも冷静さを失わないザインが、今、微かに声を震わせた。


「おい。どうした。」

 

 その動揺に、エルドアの声のトーンが僅かに上がる。彼らが共に森を行動し始めてから、まだ数ヶ月しか経っていない。しかし、その短い期間で、エルドアはザインが滅多に感情を表に出さない人物であることを知っていた。だからこそ、彼の狼狽ぶりにエルドアは戸惑いを隠せない。


「……すまん。どうやら、観測するだけでも、あいつは反応するのかもしれない……」


 ザインはそう告げると、地面にしゃがみ込んでいた姿勢からすっと立ち上がった。彼の右手は、いつになく強く、長年連れ添った杖を握りしめている。その表情は一瞬の迷いの後、決意に満ちたものに変わっていた。


「覚醒する。戦闘準備に入ってくれ。」


 ザインの言葉が発されてから、わずか十秒と経たないうちに、状況は劇的に変化し始める。


 それは、爆発するような激しいものではなく、微かな兆候から始まった。

 ただの滑らかな卵に見えていた魔獣の体表に、まるで地図の等高線のような複雑な模様が刻まれ始める。やがて、その線に沿って、元は完璧に一体化していた皮膚が、ゆっくりと離れていった。

 エルドアが『羽のようだ』と表現した部分は、本当に柔らかな羽毛のように地面へと垂れ下がり、内部から新たな肢体が現れる。つるりとした白い光を反射していた体表は、生命の息吹を帯びるかのように、深みのある緑色へと変容していった。

 前足と完全に一体化していた翼膜は、音もなく広がり、地面を覆い、同時に、およそ首と呼べる部分がザインたちの方へ向け、伸び始めた。その動きは、獲物を狙う蛇のように静かで、しかし確かな意思を感じさせた。


「……まじか。しくじったのか、坊主。」


エルドアは舌打ちにも似た声でそう呟いた。まさか、ザインの観測がトリガーになるとは。しかし、ザインの表情に後悔の色はなく、冷静な分析が続いていた。


「すまん。観測に呼応して、目が覚めてしまったようだ。だが手負で万全な状態ではなさそうだ。」

「しゃーない。援軍の合流を待ちたいが、この様子じゃ待ってる間にも何が起こるか分からねえ。手は抜かず、全力で潰す。火力は任せるぞ。」


 エルドアは腰に下げた二振りの剣を素早く抜き放った。合わせて、ドーンも背に負っていた巨大なタワーシールドを構え、その影のように大きな体を魔獣に向けた。二人の間に、言葉以上の信頼と経験が流れる。


「発射のタイミングだけ教えろ。あとはこっちでなんとかする。」


 エルドアは魔獣を真っ直ぐに見据えながら、静かにそう告げた。彼の言葉に迷いはなく、その瞳にはすでに戦場の光が宿っている。ドーンもまた、その巨大な盾を掲げ、不動の構えを見せている。二人は、刻一刻と変貌を続ける異形の魔獣へと、躊躇なく歩みを進めた。その足取りは重厚だが、一切の逡巡を感じさせなかった。


「それで、エルドア。作戦は?」


 ドーンが歩きながら尋ねた。彼の問いに、エルドアは肩をすくめた。


「知るか。こんな未知のモンスター相手に、作戦もクソもあるか。いつもの通り、切って、防いで、坊主の魔法で吹き飛ばす。」

「だが、まだ子供だ。」

「ああ、だがあいつの魔法はアホみてぇに強い。今はそれだけ分かってりゃいい。」


 ドーンは少し眉をひそめ、冗談めかして尋ねた。


「……なるほど。じゃあ、お前のとこの姫さんと、どちらが上だ?」


エルドアは一瞬、眉間にしわを寄せ、真剣な顔で答えた。


「……可愛さで言ったら、天と地底、いや、比べることすらおこがましい。うちの姫の尊さの前には、どんな存在も霞んで見える。」


その言葉に冗談が一切含まれていないことに気づき、ドーンは深くため息をついた。エルドアの姫に対する途方もない愛着と忠誠心を、彼は嫌というほど知っていたからだ。


「まあ、強さでいえば、単純な火力なら方向性の違いもあるが、坊主だろうな。何より、醸し出す雰囲気が、気色悪い。」


 この辺り一帯を取り仕切る大領主であり、帝国の実質的なNo.2であるメフェリム家の姫に対し、ここまで忌憚のない悪態をつくことのできる人間は、帝国広しと言えどもごくわずかだ。

 彼の身分こそその地位には立っていないだろうが、その大胆な発言が許される数少ない人物の一人だった。彼の発言の裏には、姫への深い信頼と、それを守り抜くという強固な意志が感じられた。


「ひとまずは、あの怪物をうちの姫とは絶対に戦わせられん。あいつ以上に気味が悪い。」


 彼の視線の先では、すでに伸び切った首の先に、猛禽類のような頭部が姿を現していた。しかし、その様子は、単なる鳥類のそれとは大きく異なっている。


 通常であれば眉間があるはずの場所の間には、巨大な第三の瞳が備わっていた。


 その瞳は、まるで標的を正確に定めようとするかのように、不気味に上下へ動き、ザインたちを凝視している。さらに、鳥の嘴のように見えた口は、三つ又に裂け、その奥からは細くうねる触手のような器官が蠢いる。

 エルドアの経験からすれば、ああいった口腔内器官を持つ魔物は、獲物の体液を吸い取ることで捕食を行う種が多い。魔獣が覚醒する過程で、それぞれの器官がその役割を正確に果たし始めるのを、まさに目の当たりにしているのだろうが、その光景は、見ているだけで生理的な不快感を呼び起こし、気分を悪くさせるものだった。


「後ろの坊主がどれだけ不気味な存在であろうとも、いまは私たちの味方だ。全力を出して潰すぞ、ドーン。」


エルドアは魔獣に向かって駆け出しながら、力強く叫ぶ。ドーンもまた、その言葉に応えるように、迷いなく告げる。


「ああ、この身が砕けようとも、命をかけて守り切ってみせる。」


 彼らの役割は、極めて単純明快だった。

 エルドアがその軽快な動きで魔獣を翻弄し、時に剣戟による痛烈な一撃を与える。ザインは後方から、戦況を見極め、決定的な魔法を叩き込む。そしてドーンは、その巨体と大盾を駆使し、魔獣のヘイトを管理しながら、二人を庇い、その猛攻を一身に受け続ける。


 今回は、普段のダンジョン探索に比べ、手数は少なく、積極的な戦闘開始とは言えないが、エルドアの判断に対するドーンの信頼は揺るがない。エルドアが疾風のように駆け出すと、ドーンもまた、その巨体を揺らしながら、決して遅れを取らないように加速していく。


 エルドアとドーンが魔獣に向けて接近を開始するその間も、ザインは後方から敵の戦力分析を怠らない。魔獣の現在の状態、そして未完成な覚醒の挙動から、その可動域と潜在的な能力を注意深く確認する。


「(魔力量は異常に高いが、その放出量が極端に少ない……?特に注意すべきは、あの刃物状に変形した拇指による斬撃。そして、純粋な質量攻撃だろう。額に集中している魔力反応も看過できない。何らかの強力な魔法攻撃を秘めている可能性もあるな。)」


 ザインは、的確な観測に基づいた推論を次々と立てるが、まだ不確かな予備動作の段階で、前衛の彼らに余計な思考を与えることは避けるべきだと判断した。情報過多は混乱を招きかねない。


「……いま私にできることは、可能な限りのサポートを提供し、そして請け負った火力を滞りなく叩き込むこと…。」


 ザインは右手に持つ杖を介し、自身が周囲に放っていた魔力と、体内に蓄えられた内在魔力を精密に掛け合わせる。


 刹那、空気が震え、収束した魔力が凝縮され、眩いばかりの炎の玉を形成する。それはただの炎ではなく、彼の意志によって完全に統制された、純粋な破壊の塊だった。


「複数の方向から、出方も含めて、10分割ぐらいが妥当だろう。」


 誰もいない状況であれば、口に出す方が思考が円滑にまとまる。とザインは考えている。

 また、前衛のように肉薄する戦闘を行う必要がない分、ザインには余裕があった。彼はその余裕を利用し、周囲の状況を常に把握し、魔獣の行動を予測し、さらにはエルドアたちの戦力分析をも開始する。


「エルドアの剣やドーンの鎧が通用しない。が、万が一もある。なにより、この北部の森の要の彼らにここで命を落とすようなことがあっては、困るな。」


 ザインの脳裏に、エルドアの腰に差された、ダンジョン遺物である二振りの剣。そして、ドーンを覆う堅牢な鎧がよぎる。


 これらが目の前の魔獣に通用しないとは思えない。しかし、もし二人がこの戦場で斃れるような事態になれば、この帝国。ひいてはメフェリム領北部の森の管理能力は著しく低下してしまうだろう。そうなれば、ザイン自身が自由にダンジョン攻略を行う可能性も閉ざされてしまう。それは彼の計画にとって、大きな障害となる。


「多少過剰なくらいで、ちょうどいいだろう。」


 空いた左手で、すでに自身に発動させ、効果の実験を行っていた防御力強化の魔法を、エルドアとドーンの二人に施した。

 

 持続時間を制限することで、通常では以上の防御能力を二人にもたらす。さらに、彼はその魔法に細かい調整を常に加え続けることで、二人に一切の違和感を感じさせないように努めた。まるで第二の皮膚のように、その魔法は二人の肉体と一体化していく。


「ギュエァー!!」


 二人に付与された魔力を感知したのか、それともザインが用意していた火球の準備が整ったのを察知したのかは定かではないが、魔獣は激しい咆哮を上げた。その声が戦場に響き渡ると同時に、戦闘の火蓋は切って落とされた。


 戦闘前に魔法の付与を行っていたザインを除き、最初に動き出したのはエルドアだ。


 彼の持ち味である速度を活かし、両手に剣を携え、一気に魔獣の胸部に肉薄する。そして、怒涛の如き連撃を叩き込んだ。覚醒したばかりで、まだ動きが完全ではないモンスターは、まともにその一撃を受ける。しかし、その体表には、信じがたいことに一切の傷が付かない。まるで鋼鉄の塊を叩いたかのような硬質な手応えだった。


「クソッ! 硬すぎだろ!」


 エルドアは苛立ちを露わに叫んぶ。

 一撃を放ちつつ、体を翻して放たれた回し蹴りで、モンスターと大きく距離を取る。その直後、追撃が来る可能性を予測し、ドーンがエルドアを守るように間へと割って入った。

 エルドアが地面に茶色の土埃を巻き上げながら着地したその瞬間、戦場には二つの咆哮が響き渡った。一つはモンスターの、怒りに満ちた不気味な咆哮。もう一つは、ザインの、まるで合図であるかのような、澄み切った声だった。


「砲撃注意!」


その言葉から、瞬時に正確な意味を理解し、行動に移せる人間はそう多くない。


 単に魔法を放つことへの警告だけではなく、エルドアとドーンが無策に突撃を行わないように促すための言葉でもあった。ザイン側から見れば、この瞬間、誰一人として味方を巻き込むことのない完璧な状況判断が、彼の頭の中で明確に描き出されていた。


事前に用意しておいた一つの大きな火球は、ザインの魔力によって瞬時に10個の小さな火球へと変化した。その一つ一つは、見た目の大きさにそぐわない、遥かに密度の高い炎の塊と化している。完全燃焼を意味する青白い炎をまとったそれらは、モンスターめがけて一斉に発射された。まるで流星群のように、10個の光の筋が空を裂く。


「グニュアァァ。」


 悲鳴にも似たモンスターの叫びが響き渡るとともに、エルドアですら思わず目を覆いたくなるような強烈な閃光が戦場を照らし出した。爆音が鼓膜を揺らし、熱波が周囲の空気を焼き焦がす。


「マジか、こりゃ。」


 エルドアは思わずそう呟いた。


 この数ヶ月の間、ザインと何度か森の中の警備や戦闘を共にしてきたが、ここまで殺意と威力を込めた魔法を見るのは初めてだった。

 これまでのザインへの評価は、「年齢に見合わない、熟達した魔法使い」というものだった。しかし、今の光景を目にして、その評価が下方修正どころか、完全に誤っていたことを痛感し、エルドアは密かに反省する。


 戦闘が開始されてからわずか数秒で、これほどの練度と威力の炎魔法を、完全無詠唱で、しかもこの数を用意することができる。これは、エルドアがこれまで出会った数多の魔法使いの中でも、間違いなく指折りの実力を有していると言っても過言ではない。彼の冷静な顔からは想像もできない、規格外の破壊力だった。


 しかし、爆煙が晴れた先には、信じがたいことに、未だ活動状態にあるモンスターがそこに立っていた。全身は焼け、皮膚の変質はより一層進んでいたが、その動きに明確な鈍さは見られない。


「……魔力の拡散が著しい……あいつの特性なのか?」


 そのような、着弾時の魔力を著しく拡散させる特性を持つダンジョン内モンスターや魔獣の観測事例は、これまでの彼の知識の中には存在しなかった。

 ダンジョン産の剣で傷つけることすらできず、自身の放った魔法を受けても目に見えた障害がないのであれば、このモンスターは現時点でも相当上位に位置する存在だろうと、ザインは再認識する。


 だが、三つ目のモンスターにとっても、ザインの魔法の威力は想定外だったようで、エルドア達前衛に対する行動に変化が見える。単純な突進から、より回避的なものへ。

 

 まるでザインの魔法を避けるかのように左右に大きく跳躍しながら、エルドアとドーンのもとへと再び迫ってきた。真っ直ぐ進むことを基本とする魔法であれば、その素早い動きで避けきれると判断したのだろう。また、広範囲に及ぶ魔法攻撃は、味方への被害を考慮し、ザインが気軽には使えないことも見抜いているのかもしれない。

 モンスターが即座に戦術を変更したその知能の高さに、その場の全員が驚き、そして密かに感心する。


「なめるな!」


 ドーンは怒号とともに、身の丈ほどもある巨大なタワーシールドを構え、三つ目のモンスターが繰り出した刃状の拇指による一撃を、見事に弾き返した。


 まるで巨大な鉄板がぶつかり合うような鈍い音が響き渡る。


 エルドアの得物でも一撃で切断される可能性が頭をよぎったザインは、その攻撃を難なく受け止めたドーンの技量に、素直に感心せずにはいられなかった。彼の防御は、まさに鉄壁だった。


「やはり、直接触れない限り、遺物の判別はまだ難しいか。だが、流石は元上位層、といったところだな。」


 ザインは改めてそう呟いた。彼が集めた情報では、エルドアとドーンは元々同じパーティーで活動していたダンジョン探窟者であり、その実力も、迷宮攻略の最前線を走っていたという。


 この世界の遺物鑑定にはまだ、魔法だけでは限界があると思考を巡らせつつ、ザインは戦闘介入用に用意していた魔法の構成を再構築し始めた。


 モンスターの防御能力は、ザインの魔法を防いだことも含め、想定以上だったが、その攻撃能力はザインの想定範囲を逸脱していなかった。予備として強化のバフもかけているのであれば、戦闘の誘導や火力の試験的な運用にも思考を回す余裕が、ザインの中に生まれる。


「最悪の事態になっても、仲間の合流も控えている。戦闘時の魔力衝突を感知できれば良いのだが。」


 魔力の探知、ないし検知はかなり稀有な才能だ。それは、魔力を持つすべてのものができるわけではないため、合流する側の最も分かりやすいサインは音だろう。

 戦闘の合間に周囲を探っていたザインにも依然としてこちらに接近する反応はない。まだ、合流には時間がかかる。


「ならば、もう一つ試しておくか。」


 ザインはそう呟き、再び周囲に魔力を集約し始めた。先ほどの火球とは異なり、今回は炎の槍が展開される。しかし、それはザインの近くで最小限の大きさに留まり、鋭い先端をモンスターへと静かに向け、狙いを定めた。


――今回は、魔法の直撃を警戒して、大きく左右に動いている。


モンスターの動きを正確に読み取る。広範囲攻撃であれば、その動きは無意味だが、接近戦闘を行っているエルドアたちのことを考えると、その魔法を使うことはできない。


――ならば、最速の魔法で…

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