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女神様は勇者様 少女と元魔王の転生譚  作者: Yu_Yu
第一章 外の世界からの来訪

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独り立ち VSエルドア


 エルドアに連れられて、朝食を口にしながら森の奥深くへと足を踏み入れていくと、不意に視界が開け、ひっそりとした広場に到着した。朝日にきらめく木々の葉の合間から差し込む光が、地面にまだらに模様を描いている。ひんやりとした朝の空気の中、鳥のさえずりだけが静かに響き渡る空間だった。


 その場所には、訓練のために設けられたであろういくつかの器具が、無造作に置かれているのが見て取れた。木の丸太を加工した標的、擦り切れた藁人形、あるいは武具を振り下ろすための頑丈な台など、どれもこれもが使い込まれた証拠を色濃く残しており、長年にわたる鍛錬の歴史を物語っているようだった。器具の表面には、汗と土と、そして無数の衝撃によって刻まれた跡があり、その一つ一つが、森番たちの厳しい日常を静かに主張していた。


 剣や槍、斧といった多種多様な武具を扱うために考案されたそれらの訓練器具は、明らかに複数の森番によって共有されているようだった。使用痕から推測できる使い手の身長は、背の高い者から低い者まで、かなり幅広い差があるように見えた。それは、この場所で訓練を重ねてきた人々の多様性と、彼らがそれぞれの体格に合わせて懸命に技を磨いてきたであろう過去を想像させた。壁に立てかけられた古びた弓や、地面に埋め込まれた重そうな石の錘まで、全ての道具がこの広場の静かな証人だった。


「よし。とりあえずは、ここでいいだろう。お前は剣も魔法も両方使うと聞いているな?ならば、その実力をここで見せてみろ。もし何もできなければ、それまでの話だ」


 エルドアは、まるで呼吸をするかのように自然にそう告げた。彼の言葉は挑発的でありながらも、どこか確かな自信に満ちている。ザインは彼の真っ直ぐな視線を受け止め、心の中でわずかながら興味を覚えた。この男は、形式的な試験ではなく、実践を通して真の実力を見抜こうとしている。それはザインにとって、ある意味で歓迎すべき態度だった。


 エルドアは、ザインが返事をする間も与えず、まるで合図など初めから不要だとばかりに、無言のまま距離を詰めてきた。右手に提げていた片手用の剣を、腰の鞘から一気に引き抜き、その切っ先が閃く。その動きは迷いがなく、研ぎ澄まされた獣のようだった。右上方から放たれた大ぶりの一撃は、明確にザインの頭部を目掛けて振り下ろされる。それは模擬戦とは思えないほどの、鋭い殺意を帯びた攻撃だった。


 しかし、ザインは前世からの膨大な経験を通して、突発的な戦闘状況には慣れ切っていた。思考よりも早く、体が反応する。彼の視界はエルドアの剣の動きを完璧に捉え、その軌道を予測していた。自身の腰に下げていた剣を抜き放つと、まるで踊るかのように軽やかに、エルドアの重い一撃を自身の頭上へと逸らす。金属が擦れ合う音が響き、エルドアの剣の勢いは、空を切り裂くように上方へと流れて消えた。その一連の動作には、年齢に見合わぬ熟練と、底知れない落ち着きが宿っていた。


「ほう。見てから反応できるとはな。ならば、これはどうだ!」


 ザインの一撃をかわし、後方へと流れたエルドアは、その卓越した対応能力に素直な感嘆の声を漏らした。だが、その感心は一瞬にして戦術的な思考へと切り替わる。彼は、振り抜いた剣の切っ先を地面に向かって勢いよく叩きつけた。剣は土に深く突き刺さることはなく、むしろ地面を浅く切り裂くように振り抜かれ、その摩擦と勢いによって、乾いた土を大量に巻き上げた。舞い上がった土煙の一部は、狙い澄ましたかのようにザインの顔面へと襲いかかる。


「ここじゃあ、見栄えのいい剣術だけじゃなくて、こういった手荒な手段も選択肢に入ってくるぞ!」

「くっ……」


 突然の土煙に、ザインの表情と仕草は一瞬の動揺を示したものの、彼の感情に焦りの色はなかった。その瞳の奥には、長きにわたる戦いの記憶が宿っている。歴代最強と呼ばれるほどの戦闘を経験したのは、今から遡ること百年以上も前の話だが、目の前にいる四十歳に満たない人間種の男性が経験することのできないほどの、途方もない時間を戦闘に費やしてきた自負があった。彼の肉体的な反応は、たとえわずかながら遅れることがあったとしても、精神面で動揺し、判断が遅れるようなことは決してない。常に冷静に状況を分析し、最適な行動を選択する能力は、幾多の死線をくぐり抜けてきた彼ならではのものだった。


 ザインは、創造魔法を発動し、剣を持たない左の掌に片手サイズのワンドを生成した。それはあくまで形式的なものであり、実際の魔法の行使には必ずしも必要ではなかったが、この世界の常識に合わせるための配慮でもあった。そのワンドを介するようにして、ザインは地面を隆起させた。目の前にごうごうと土塊が盛り上がり、エルドアとの間に物理的な障壁が築かれる。それは土煙で視界を奪われたエルドアへの目潰しであると同時に、彼の次の一撃に備えるための防御壁だった。直後、右下から切り上げられたエルドアの剣は、創造された土の壁に深く食い込み、鈍い音を立てた。


「ちぃ。やるじゃないか、小僧っ!」

「まだまだ、いきますよ!」


 エルドアの焦りの混じった声が響く中、ザインの口からは、先ほどの丁寧な口調とは異なる、やや荒々しい言葉が自然と漏れ出た。それは、彼がまだこの幼い体に完全に慣れきっておらず、戦闘という極限状況下では、前世の記憶が色濃く影響することを証明しているようだった。魔法の行使には本来不要なワンドを、創造した土の壁に向けながら、ザインは短縮詠唱を開始する。その視線は壁の向こうにいるエルドアの動きを鋭く捉えていた。


「ペドリスコ・メノール」


 詠唱が終わるやいなや、目の前の土壁は瞬時に崩れ去り、その破片がいくつもの鋭い石礫へと形を変えた。短縮詠唱ゆえに、無限とまではいかないものの、数十個の石礫がまるで弾丸のようにエルドア目掛けて放たれる。小石を投げつけた程度の威力しかないこの魔法では、エルドアの動きを完全に停止させるまでには至らない。しかし、土壁の出現に続き、今度は石礫が雨のように降ってくるという、想像の外の現象を立て続けに目の当たりにした戦士エルドアの足は、一瞬止まる。そのわずかな隙を逃さず、ザインは殺傷能力を持たない、しかし行動を確実に封じる程度の一撃を、エルドアの腹部に狙い定めた。


「ア・スフェール・ダンパクト」


 それは以前にも使用した、不可視の空気の玉を形成する魔法だった。今回はその規模を前回よりも意図的に小さくし、代わりに速度を上昇させるイメージを込めて放った。無防備なエルドアの腹部に、空気の塊が鈍い音を立てて食い込み、その肉体を後方へと数メートル吹き飛ばした。ザインは、その一撃だけで模擬戦の勝敗は決したと確信した。しかし、吹き飛ばされたエルドアは、砂埃の中からすぐに体勢を立て直し、その表情には、攻撃の威力がまだ不足しているという明確な認識が浮かんでいた。


「そんな一撃じゃ、止まらんぞ!」

「まじか、この人……」


 エルドアは、まるで何事もなかったかのように綺麗に着地すると、間髪入れることなく再びザインに向けて走り始めた。その常軌を逸したかのような頑強さと執念に対し、ザインは心の中で、本人には聞こえない程度の悪態をついた。彼が目指すのは、エルドアを気絶させるか、それに準ずる一撃を与えること、あるいは寸止めできるほどの決定的な一撃だった。この状況でそれほどの威力が必要になると判断したザインは、自身の記憶と魔力の回路を巡らせ、使用可能な魔法の中から最適なものを選び始めた。


「(空気の刃では、四肢を損壊しかねない。同様に、火、雷、土属性も、模擬戦ではリスクが高すぎる。除外するとなると……)」


 彼の思考は瞬時に巡る。五大属性に分類される魔法の中で、安全かつ効果的な選択肢として残されたのは、風と水属性だけだった。どちらも修行時代から非殺傷性において非常に有能であり、ザインが長年重宝してきた魔法たちだ。しかし、今回はエルドアの驚異的な耐久力と粘り強さを前に、さらに一層の威力の向上を、相手に一切の怪我を負わせないという制約の中で引き上げる必要が出てきていた。それは、緻密な魔力制御と、正確なイメージ構築が求められる、非常に高度な判断だった。


「(詠唱しての威力の安定は、まだこの体では難しい。速度は多少劣るが、無詠唱に切り替えるべきだろう。より繊細な魔力操作が必要になるが、安全性を考えるとそれが最善だ。)」


 無詠唱での魔法の行使は、確かに緻密な魔力操作技術が求められる。ザインはそのために必要な技術をすでに会得しているが、この世界の一般的な強さの基準を考慮し、かつ相手の四肢を欠損させない程度の威力で魔法を使うとなると、さすがに多少の発動時間の遅延をもたらしてしまう。その瞬間の隙を一流の戦士に突かれる危険性は確かに高まる。しかし、それ以上に今のザインにとっては、相手に怪我をさせないように威力を厳密にコントロールすることこそが、最も重要な課題だった。


 ここまでの思考に要した時間は、およそ0.2秒。瞬きにも満たないわずかな時間だ。しかし、そのわずかな時間ですら、一流の近距離戦闘職の人間が、約5メートルという距離を一気に詰めきるには十分な時間になり得る。


「棒立ちとは、随分と余裕だな!」


 エルドアの声が聞こえるよりも早く、彼は再びザインの間合いに飛び込んできていた。いつの間にか、腰に下げていた剣よりも短い短刀を右手に握りしめている。その短刀を牽制のためにザイン目掛けて振るう。その牽制の一撃を、ザインは辛うじて体を捻ってかわした。そして、本命である右手の一撃、つまりエルドアの主武器である直剣による攻撃を、再度自身の剣を使って軌道を逸らすことに成功する。しかし、肉薄されれば、筋力と体格で大きく劣るザインが圧倒されるのは、もはや必然の流れだった。


 ザインは、エルドアとの間に小規模な爆発を起こすことで、その爆風に乗って距離を取ることを試みた。同時に、自身の体の周辺には空気の壁を形成し、爆風の影響から自らを巧みに免れさせる。視覚と聴覚を同時に遮断する、高度な連携技だった。エルドアもまた、この手の目眩まし戦術には慣れており、先行する爆風とそれに伴う砂埃で一瞬瞳を閉じてしまうが、瞬時に体勢を立て直し、臨戦態勢を整える。その反応速度は驚くべきものだった。


「(どいつもこいつも、模擬戦の程度を超えるやつばかりだな……)」


 ザインは、心の中で深く息を吐きながら、半ば諦めたような毒を吐いた。


 一方で、エルドアはザインの実力に対して、自分が当初抱いていた「子供」という先入観による色眼鏡で見てしまっていたことを深く反省していた。「(子供だと聞いて正直、侮っていた。まさか、あの親方の息子がここまでやるとは……。残りの問題は、決定打となる火力があるかどうか、だな。)」彼は内心でそう呟いた。


 当初エルドア自身が想定していた森番候補としての実力の基準は、すでに十分満たされているどころか、それをはるかに上回っていた。しかし、森番という仕事は、そのまま「実力=死亡率」に直結する過酷な任務である以上、より正確な実力を測ることに何らデメリットはない。この模擬戦が、一般的に求められるやり取りをはるかに超えていることは理解していたが、エルドア自身にはまだ余裕があり、万が一の事態に備えて寸止めできる余力を残していた。彼にとって、これはただの試験ではなく、未来の仲間を見定める真剣な試練だった。視界が回復したエルドアは、再び標的であるザインに向けて走り出す。爆風によって二人の距離は一時的に5メートルほどに広がっていたが、その距離を概ね5歩で詰めきることができ、そこに要する時間は1秒にも満たないほどだった。


 これまでの攻防によって、この十二歳の少年の防御能力は、エルドア自身の攻撃能力とほぼ匹敵すると彼は分析した。反射速度、状況対応能力、そして引き出しの多さ。これら全てを最大限に利用すれば、本気のエルドアであっても、決定的な一撃を与えるのは相当な苦労を伴うだろうと、彼は認めた。


「(必要になってくるのは、やはり速度。あるいは、本命と勘違いさせるほどの巧みな牽制誘導からの、確実な本命の攻撃。)」


 それは、実戦経験の数で劣る相手には非常に難しい芸当なのだが、ザインの転生前の年齢や、彼が積んできた想像を絶する経験など知る由もないエルドアからすると、有効な手段の一つとしてその選択肢を選ぶのは、ごく自然なことだった。


「(速度を極限まで上げれば、寸止めは難しくなる。ならば、取るべきは後者の選択肢だろうな。)」


 その中でも、左手に持っているのは扱いやすい短剣である。この短剣ならば、12歳の少年に死の可能性を感じさせるような、威圧的な一撃を生み出すことは、エルドアの技量をもってすれば十分に可能だろう。二人の距離が1メートル未満になった瞬間、エルドアはザインの頸部目掛けて、素早く短剣を突き立てた。それは半身を引けば回避可能な、一見すると簡単な突きに見える。しかし、その実は、続く本命の一撃を回避させないための致命的な誘導だった。エルドアが現状で想定するザインの「手札」では、その速度と連携の巧みさにおいて、完全に手詰まりとなるはずだった。だが、ザインは予想に反して、これまでになく大胆に剣を使い、エルドアの短剣を自身の上方、まるで頭部をすり抜けるかのように弾き飛ばした。


 エルドアにとっては全くの予想外の一撃だったが、彼はその場で剣を使って攻撃を防いだことが、ザインにとって致命的なミスになるだろうと考えていた。もし回避を選択していれば、次の攻撃に対し、剣での対応、再度の回避、あるいは魔法での反撃という、複数の可能性を残すことができたはずだ。だからこそ、今、本命である右手の剣による攻撃に対応するのは、もはや極めて困難であると彼は確信した。


「(よく頑張ったが、ここまでだな。)」


 12歳の子供が、歴戦の森番であるエルドア相手にここまで食らいつくことができる時点で、常識的に考えれば到底不可能なことだった。しかし、エルドアは、ザインがこの若さで森番を任せるに足る人材であると判断されただけのことはあるのだと、納得せざるを得なかった。勝利を確信したエルドアは、寸止めを完璧に行うために、ほぼ全ての集中力を費やし始めた。それは、戦闘において最も行ってはならない行為であると、彼は熟知していた。決定的な一撃の瞬間に、意識的に集中力を分散させることは、どれほど熟達した戦士であっても非常に難しいことなのだ。


 刹那、広場に青白い閃光が迸った。その発生源は、エルドアとザインのわずかな距離の空間。意図的に方向が付与されたその青白い閃光は、まるで吸い込まれるかのように、エルドアが振り抜こうとしていた直剣に直撃した。電撃を全身に喰らったエルドアの体は、一瞬にして硬直する。もし十分な対策や雷属性に対する抵抗力を有していれば、耐えることもできたかもしれない。しかし、この森に出現するモンスターの中で、雷属性の攻撃を行う種類は見たことがない。故に、何の対策も施していなかったエルドアは、その場に受け身を取ることもできず、そのままガクンと倒れ込んだ。


「すみません。少し強めに打ちすぎました。おそらく数分もすれば、動けるようになると思います。」


 まさかの状況で、敬語を使いながら自分を心配するザインに対し、エルドアの心中に込み上げてくる怒りは、全身を駆け巡る痺れによる激しい痛みによってかき消された。もしこの痺れがなければ、きっとその場で殴り飛ばしていたに違いない、とエルドアは思った。


 しかし、いかなる言い訳をしようとも、エルドアの敗北という事実は変わらない。油断していたとか、ザインの実力を測るために観察に重点を置いていたなどと言い訳をしても、この結果は覆らないのだ。エルドアは、体の痺れを気合いで何とか乗り越え、1分ほどで再び動けるようになった。まだ節々や指先にわずかな痺れは残るものの、それを悟られないように、あぐらを組んでその場に座った。


「まいったな。まさか、実力を測るつもりが、逆にいいようにやられてしまったとは。」

「いえ。十分手加減していただきましたので、胸を借りることができました。」

「お、おぅ……。」


 エルドアが歯切れの悪い相槌を打ったのは、模擬戦の中盤から、もはや本気に近い攻撃をいくつも織り交ぜていたことが関係していた。しかし、ザインの実力を正確に確かめるために、あえて手加減を行っていたというのもまた事実である。エルドアは、見上げる形になったザインに対し、座ることを促すように左手で地面を何度か軽く叩いた。彼の意図は、自分の左隣に座るように促すものだったのだが、そのような森番同士のざっくばらんな作法を知る由もない貴族階級のザインは、かろうじて「座るように」という意思だけを理解し、エルドアのやや離れた位置に静かに腰を下ろした。


「お前さん。恐ろしく強いな。一体、師はいるのか?」

「ええ、剣と魔法の師がそれぞれおります。おおよそ七年ほど、大変お世話になりました。今は故郷の国に帰られているようですので、いつか帝都へ行った際には、ぜひお会いしたいと考えています。」

「なるほど。七年でここまで仕上がるならば、もっと早い段階から……。いや、なんでもない。お前の強さはよく理解した。これならば、森番の仕事も十分にやっていけるだろう。だが、お前はまだ子供だ。その点をよく理解して、任務に参加するように。」


 十四歳から成人扱いが一般的とされているこの国において、十二歳はまだまだ子供という扱いに変わりはない。それに、たとえ十四歳で成人と言われても、それは肉体的な成熟を指すだけであり、真の一人前と見なされるためには、やはり自身の稼ぎのみで生計を立て、自立していることが求められるのだろう。


「朝は、今日と同じ時間に迎えに行く。それ以外の日は非番だ。ただし、緊急時には招集することになる。その点はよく心得ておけよ。」

「はい。わかりました、エルドアさん。」


 その日から、ザインの森番としての二年間の月日が、静かに、そして確かな足取りで始まった。

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