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女神生まれ変わる

時間は少し遡り、ザインが生まれたその年

辺境の村でも一つの命が生まれ落ちる。


それは・・・


 生まれ変わったシアは、静かな目覚めを迎えた。


 ゆっくりと意識が浮上するにつれて、まず目に飛び込んできたのは、レンガ色の髪をした女性が、顔を近づけてこちらを覗き込んでいる姿だった。


 その女性は、幼い子供と呼ぶには洗練された美しさを備えており。かといって、成熟した大人のそれと断じるにはあまりにも若々しい。


 隣には、同じくまだ若々しさを残した男性が、どこかぎこちない笑みをこちらに向けているのが見えた。


 彼の顔には、人生の痕跡を示すような大きな傷が刻まれ、その赤みを帯びた髪色と相まって、独特の威厳を放っている。引き締まった肩を露わにした簡素な服を纏い、まさにいぶし銀の形容が似つかわしいほどの硬質な表情が、無理に崩されたような不器用な笑顔だった。


(いったい、誰?)

 

シアの意識の奥底で、かすかな問いが巡る。


女性がシアの顔をじっと見つめ、にこやかに微笑み、何かを語りかけているようだった。しかし、その言葉は意味を成さず、シアの耳には届かない。まるで深い水の膜の中にいるかのように、すべての音がぼんやりとしていて、その声を明確に聴き取ることはできなかった。


 男性もまた、同じように聞き取ることのできない言葉を紡ぎながら、ゆっくりとシアに手を伸ばす。反射的に身を避けるべきなのかもしれないと、漠然とした思考が頭をよぎったものの、シアの幼い体は、まるで吸い寄せられるかのように、その手の温もりを素直に受け入れた。


 その手は、驚くほど優しかった。


 彼の動きは確かに不器用ではあったが、シアに対して一切の敵意を抱いていないことが、その柔らかな触れ方からひしひしと伝わってくる。


(体は……やはり、まだ思い通りには動かせないわね……意識も、まるで安定しない。)

 

 常に頭の中に薄い靄がかかっているかのような、不明瞭な感覚がシアを包み込んでいる。思うように体を動かすこともできない。この状況自体は、シアにとっては既知のものであった。

 もちろん、この状態を自身で経験したわけではない。しかし、かつて女神の眷属として生きていた時代に、幾度となく、新たな生を授かる者たちの姿を、女神と共に傍らで見てきたのだった。


(これは……つまり、転生、ということなのよね……)

 

 混濁する意識の中では、正常な思考を長く続けるのは難しい。それでも、シアは確信めいたものを感じていた。自分が今、この世界に、新たな生を受けて生まれ落ちたのだと。


―――――――――――――――――――――――――――――


 三ヶ月が経つ頃には、体の活動時間も少しずつ延び、意識がはっきりとしている時間が増えてきた。


 まだ、そばにいる両親が話している言葉を完全に理解できるわけではなかったが、彼らがシアを呼ぶ新しい名前がどうやら「リリシア」であるらしいということは分かっていた。


「私の名前に『シア』が入っているのは、たとえ偶然でも嬉しいわね。」


 シア改め、リリシアは、自分が生まれた家とその周囲を改めて見渡した。


 そこは、明らかに辺境の田舎、その様相を呈している。

 女神の眷属として数百年近い時を過ごしてきたため、その前世(と呼んで良いのかすら判然としないほど遥かな過去の記憶)のことは、もはやほとんど覚えていない。

 しかし、わざわざ井戸まで水を汲みに行く必要がある、この家以上の文明的な生活を送っていたことだけは、はっきりと確信できた。かつて見た都や建築物は、比較にならないほど洗練されていたはずだ。


 「でも、これから、どうしようかな。」


 転生する前、彼女が目的としていたのは、元魔王の魂との合流だったはずだ。しかし、この幼い体で、そのための具体的な手段をリリシアは何も持ち合わせていない。まるで広大な荒野に放り出されたような心持ちだった。


「この状況なら、まず有名になるのが一番手っ取り早いのかなぁ。」


 有名になると一口に言っても、そのための道筋は多岐にわたる。


 英雄として名を馳せるか、はたまた学者として人々に知られるか、あるいは何か別の形で影響力を持つか。幸いなことに、リリシアの両親は、この辺境の小さな村の中では、かなりの発言力と信頼を得ているようだった。


「それに、ワタシの容姿も、悪くなさそうだしね。」


 一枚の鏡すら手に入りにくいこの辺境の地では、水面に映る自分の姿を見るのがやっとだ。

 それでも、周囲の大人たちがリリシアを見る時の、目を細めたり、頬を緩めたりする反応から察するに、少なくとも0歳児としては、かなり整った顔立ちをしているようだった。


 生まれつきの容姿は、人々の目に留まり、好意を引き出す上で、ある種の武器になり得る。


「一億人の信者を作らなきゃいけないし、そう考えると、有名になるっていう方向性は、決して間違ってはいないわよね。」


 元魔王の魂と合流した後、彼女の目的は二つあった。


 一つは、神器を見つけ出し、女神としての本来の格を取り戻すこと。

 一つは、一億人もの信者を獲得し、他の神々にもその存在を認知してもらうこと。


 現在のリリシアがその詳細を知る由もないザインが、神器の回収に注力しているのとは異なり、リリシアはもう一つの目標、すなわち「信者獲得」の道を選び取ろうとしていた。


「そうは言っても、今はまだ、ろくに動けないし……眠たいし、今は……まあ、いい、かなぁ……。」


 幼い体は、長時間の深い思考に耐えることなどできるわけがない。

 意識の端からじわじわと襲い来る容赦ない睡魔に抗う術もなく、リリシアは、ただただ幼少期の特権である眠気を満喫することにした。今は、この世界の温もりの中で、ゆっくりと成長することこそが、最も重要な使命だとでも言うかのように。


――――――――――――――――――――――――――――――


 半年が過ぎる頃には、ハイハイで家の中を自由に移動できるようになり、リリシアは、いつも両親の姿を探すようになっていた。


 女神の眷属になる前、成人近い年齢まで生きてきたリリシアからすると、お腹が空いたから、眠いから、不快だからといった理由で、いちいち泣いてばかりいるのは、どうにも我慢がならなかった。


 そのため、幼い体ではどうにも制御しきれない不快感を少しでも解消しようと、常に両親の近くにいようと心がけていたのだ。


「シアは、どこにいてもすぐに見つけてくれるわね。」

「ああ、危険がないのは良いことだが……。」

「しかし、付いてきて欲しくないような場所にも、平気で来てしまうんだよなぁ。」


 父親は、そう心の中で呟き、その言葉を飲み込んだ。ちなみに、「シア」というのは、リリシアの愛称であり、リリシア自身もこの響きを非常に気に入っている。


 この家は、辺境の村としては思いのほか裕福なのだろうか。

 二階建ての立派な木造建築で、部屋数もゆうに五部屋以上はあった。住み込みの使用人こそいないものの、両親が仕事で不在にする際には、村の数人の人々がリリシアの面倒を見たり、家全体の片付けなどの家事全般をこなしたりしてくれる。

 さらに、両親の仕事は、村人たちから深く感謝されているようで、彼らが家を訪問する際は、必ずと言っていいほど、何かしらの手土産を持ってきてくれた。


「シア。これは、リンガ。こっちはオーランって言うのよ。」


 そう言って、母は毎回、もらい物の名前と、それがどのようなものなのかを、根気強く教えてくれた。その瞬間が、リリシアは心底大好きだった。


 新たな知識を得る喜びと、母の温かい声に包まれる安心感がそこにはあった。


 一年が経つ頃には、リリシアは、両親が話す言葉を完全に理解できるようになっていた。まだ発音こそ完璧とは言えないものの、言葉の意味を正確に捉え、彼らが何を言っているのかを、その内容まで深く把握できるようになったのだ。


「シア。シア。どこにいるの?」

「はーい。」


 この頃になると、自分の足でしっかりと歩いて移動できるようになっていたため、以前のように常に両親の後ろをついて回ることは、極端に減っていった。

 また、自分自身でできることも着実に増えてきたこともあり、両親や世話をしてくれる人たちが目を離した隙に、家の中はもちろん、周辺の敷地内を探索することが多くなった。

 その好奇心は家の中に留まらず、敷地内であれば、どこまでも自由に広がっていく。


 そこは、まさに深い森に囲まれた田舎だった。

 厳密に言えば、この世界の文明レベルがまだ不明瞭なため、正確性を欠くかもしれないが、リリシアの家を含めても、たった十棟ほどの小さな家々が寄り集まっているこの集落を、田舎と言わずして、いったい何と呼ぶのだろうか。


 人々の生活は自然と密着し、素朴で穏やかな時間が流れていた。


「ここにいたわ。シア。勝手に行っちゃダメでしょう。」


 呆れたように頬を膨らませる母の姿は、幼いリリシアの目にも、なぜだかとても可愛らしく映った。優しくリリシアを抱き上げるその手には、いつも変わらない、深い安心感が宿っている。


 その温もりが、彼女の心を満たしていく。


――――――――――――――――――――――――――――――

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