8話 村人Aは助けに向かった
カラオケも一段落して、時刻は夜の八時に差し掛かっていた。健全な高校生なら流石に家に帰らなければならない時間だ。そろそろお開きにしよう、と先生が言い出して、ようやく時刻に気がついた。
「えー、それでは、縁も投げ縄ではございますが……」
個室の中で、前守くんがマイクを手にしてこの場を締めようとしていた。
「ベタなギャグやらなくていいの。肝心なところで締まらないんだから」
「あはは、このやり取りも毎回だよねぇ」
「ま、こんなクラスだけどこれからもよろしくな、姫川さん」
マイク越しのせいで、普段野太い前守くんの声が余計に強く響き渡っている。
結局、僕は二曲ぐらいしか歌わなかった。それも、なんとなく知っているレベルの無難なJPOP。一応アニメの主題歌ではあるし、知名度は高い曲だ。ま、僕が歌っている間、みんな大した反応はしなかったんだけどね。それでもいいか、歌うのは嫌いじゃないし。
そんなこんなで、この珍妙な会が終わろうとしていた。
「それじゃあ、最後に姫川さんから一言ぉ」
何故かしゃしゃり出てきた宗田さんが、姫川さんにマイクを手渡した。
「え、えっと……今日はありがとうございました。色々とご迷惑をお掛けしますが、今後ともよろしくお願いします」
姫川さんは困惑した様子で、かなり普通の挨拶をした。
僕たちは上着を羽織り、鞄を持って外へ出て行った。
「みんなからお金は貰ったから、僕がお会計しておくね」
率先して夕島くんがカウンターへ向かっていくのを確認すると、僕たちは一足先に表へ出て行った。
四月とはいえ、夜になれば外はまだ肌寒い。
僕はかじかんだ手を温めながら、他の皆と一緒に夕島くんが出てくるのを待っていた。
「それで、姫川さん。どうよ?」
唐突に前守くんが姫川さんに声を掛けた。
「どうって、何が?」
「夕島の奴、いい男だろ?」
「はぁ……まぁ、優しい人、だと思います」
当然、彼女は困惑気味だ。
さっきもそうだし、なんなら今日の会自体もそうなんだけどさ、前守くんって本当に姫川さんを困惑しかさせていないよね?
夕島くんとくっつけたいのも理解できるんだけど、やり方が無理矢理すぎる。
「ううん……失敗だったか? いや、まだチャンスはあるか。でも、夕島の気持ちもアレだしなぁ……あぁ、クソっ! もどかしい!」
「なにブツクサと独り言しゃべってんの」
寒空の下、僕たちはしばらく待っていた。それにしても夕島くんたちの会計が長いな。そんなに混んでいたようには見えないけど……
そういえば先ほどから先生の姿も見えない。お花でも摘んでいるのだろうか。
「あっ……」姫川さんが何かを思い出したかのように、「そういえば、薬局で買わなければならないものがあったんでした。すみません、この近くにまだ開いているお店ってありますか?」
「だったらこのすぐ裏のお店なら開いていますよぉ」
「ありがとうございます。すぐに行ってきます」
「あっ、ちょっと! 誰か一緒に行ってあげて! この辺って夜になると危ないから」
「大丈夫ですよ。ご心配なく。それじゃあ、今日はありがとうございました! 楽しそうなクラスで良かったです。また明日からもよろしくお願いします!」
手を振りながら、姫川さんがそそくさとその場を去ってしまった。
夕島くんたちと最後の挨拶ぐらい、とは思ったけど、何故か時間が掛かってしまっているし待たせるのも忍びない。女性が一人で薬局に行ったということは、男の僕らにあまり見られたくないものなのだろう。深く詮索するのはデリカシーに反するか。
――いや。
そんなことを言っている場合じゃない!
「すみません、僕もこれで」
僕も手を振りながら、その場を去ることにした。
「お、おう。そんじゃまた明日!」
「気をつけて帰ってくださぁい」
「じゃあ、また」
姫川さんのときとは打って変わって淡泊な挨拶。でも、それでいい。
今は急いで、姫川さんのほうを追いかけないと……
ドクンッ!
心拍数が妙に上がった気がした。嫌な予感がする。
脳裏に、あの玲条という女の姿が過った。
彼女を一人にさせてはいけない。
何かがあっては、取り返しの付かないことになる――
「きゃあああああああああああっ!」
突然、路地裏から悲鳴が響き渡った。
「おい、静かにしろっ!」
「やめてっ! やめて、くださいッ!!」
嫌がる女性の声。間違いない。
姫川さんだッ!!
僕は急いで声のする方向へと走っていった。
「ひめかわさあああああああああああああああんッ!」
僕は街中に轟くぐらいの大声を挙げた。多分、カラオケより声を発したに違いない。
「誰か、助けてッッッ!」
路地裏の暗い道。明かりなんて当然ない。
だけど、差し込む微かな月明かりと街明かりで、彼女の姿はくっきりと見えた。
「姫川さん! 大丈夫……」
――なわけない。
彼女は、三人の男たちに羽交い締めにされていた。服を脱がされたりはしていないが、これから何をされようとしているのか、悪い予感しか浮かばなかった。
「おい、何だてめぇ!」
「村野くん!」
男たちも僕の存在に気付いた。勿論、敵意剥き出しの眼で。
絶対、こんなの、ヤバい連中じゃん……
「け、け、け、け、けけけけけけけ、けいさ……」
――ダメだ。
さっきまでの威勢はどこにいったんだ、僕! 声が掠れ掠れになってしまって、もう風の音にかき消されてしまいそうなほどだ。
「なんだ、お前?」
「まさか、姫川の彼氏とかじゃねぇだろうな!?」
ん――!?
コイツら、姫川さんの名前を知っている?
顔見知り、ってことか?
――まさか!
「ん? アンタ、さっきの……」
やっぱり、と僕の予感は的中した。
もう一人、路地裏に人影があることにようやく気がついた。
「れい、じょう……」
名前を発してみた。これも掠れ声の集大成程度の音量だったけど。
少しだけ照らし出されたもう一人の人物の姿に、僕は見覚えがあった。
さっきカラオケで出会った少女――玲条とかいう、姫川さんの元クラスメイトだ。
「……邪魔が入っちゃったかぁ」
「な、な、な、な……何を、している……」
「いや、べっつにぃ」玲条は悪びれる様子もなく、「帰り道でたまたまこの子を見つけたからさぁ、ちょっと呼び出しだけだけど」
「嘘つけッッッッ!」
今度は思いっきり叫んでやった。
「……何、アンタ?」
「ぼ、僕は、知っているんだぞ! お前が、お前たちが、何をしたのか……」
「……姫川、喋った?」
――あっ。
しまった!
脅しのつもりだったのに、逆効果だ。かえって彼女の怒りを刺激してしまったみたいだ。
「姫川さんじゃない! お前らの悪行なんて、もう有名なんだよ!」
スマホを僕は奴らに向けて、動画を撮影しようとした。こういうときは目には目を、だ。
「ふぅん……それで脅したつもり?」
「ちょ、ちょっとでも姫川さんに手を出してみろ! お前らの行動を録画してやるからな!」
「バッカなの、アンタ」
「えっ……」
その瞬間――
ドゴッッ!
僕の背後から、誰かの気配と共に強烈な頭痛が響いた。
「ぐっっ……が……」
頭を抱え込みながら、僕はその場に蹲ってしまった。その弾みで、手に持ったスマホを落としてしまう。
もう一人、仲間がいたのか……
「ふんっ!」
僕を殴ったであろう男が、馬乗りになって僕の腕を羽交い締めにした。
「そいつ押さえといて。邪魔だから」
「おう!」
僕はもがこうとするが、動けない。かなりの大柄な体躯の男だろう。力も強い。いや、僕が貧弱すぎるだけか。
「姫川さんに、何をするつもりだ……」
「ん? ああ。折角の金ヅル? だからさぁ、もう一回ぐらい、脅しの材料でも撮影しよっかなぁ、と思って」
――やっぱり。
そういう魂胆だったのは簡単に読めた。
やはりコイツはとんでもない女だ。
カラオケボックスにいたのは分かっていたはずなのに――
「……村野くんを、離して」
姫川さんの涙声が僕の耳に届いた。
「は? アンタ、この期に及んでコイツをかばうわけ? ま、いいけどさぁ」玲条はニッと微笑み、「ちゃんと離してやるから安心しな! アンタのあられもない姿を撮影してからねッ!」
「いやああああああああああああああああッ!」
――クソッッッ!
クソッ! クソッ! クソッ!
所詮、僕はモブの村人だ。非力で、何もできない。
姫様を助けることもできない、ダメな村人。
――助けて。
――助けて、勇者たち。
僕は抜けていく力と共に、ウチのクラスの勇者たちに、心の底から助けを求めていた。




