6話 勇者と村人Aは怒りに震えた
「おかえり。遅かったね」
「あぁ、うん。色々あって……」
誤魔化しにならない誤魔化しを呟いて、僕たちは元の座席に着いた。
どうやら夕島くんの歌がちょうど終わったタイミングのようだ。Mrs. GREEN APPLEのケセラセラを歌っていたみたいだけど、なんかイメージ通りすぎるチョイスで特に驚きはない。強いて言えば姫川さんがいないタイミングだったのは残念だったのか良かったのか。
「それじゃ、次は私がいくわね」
須磨さんがマイクを手に取った。画面に映し出される曲名と共に、メロディーが流れ始める。
――って、あれ? この曲って。
「あ、これってゼロ執事のオープニングですよね」
「そうそう! 姫川さん知ってるの!?」
「はい、実は全巻揃えています!」
「本当!? 良かったら一緒に歌おう!」
「はい!」
姫川さんもマイクを手に取って、歌を歌い始めた。ちょうどデュエット系の曲だったので、上手いこと二人で息を合わせていっている。
僕もゼロ執事は見ている。大ファンというほどではないが、話は面白いし、女性のファンが多いけど男性でも純粋に楽しめる作品だ。
姫川さん、さっきアニメの曲が好きって言ってたっけ。だとしたら不思議じゃないけど、須磨さんもこういう作品好きなのかな?
そんなことを考えながら、僕はコーラをチビチビと飲みながら二人の歌を聴いていた。二人ともかなり上手い。姫川さんはあまりカラオケには行かないって言っていたけど、綺麗な地声から形成される歌声が心地よく聞き入ってしまう。
しばらく彼女の歌を聴いていると、横から僕の腕をツンツンと突く感触がした。
――なんだろう?
横を見ると、いつの間にか妃先生が隣に座っていた。
先生はスマホを覗き込みながら、何かを打っている。
みんなが歌に夢中になっている中、先生は画面をこっそりと見せてきて、
『何かあったのか?』
ギクリ――
どうやら先生は姫川さんの様子に違和感を覚えたようだ。
従姉妹同士で付き合いの長い先生のことだ。下手に誤魔化すのは難しいだろう。
僕は観念して、自分のスマホを覗きながらメッセージを打ち込んだ。
『さっき、姫川さんの知り合いらしき人と偶然会いました』
僕は見せると、先生は眉間に皺を寄せながら、またスマホを見せてきて、
『どんな人だった?』
『確か、れいじょうって名前の女子だったかと』
その文字を見た途端、先生の目が思いっきり見開いた。
『ちょっと、外に来てもらっていいか?』
僕はそれに頷いて、「ごめん、トイレ行ってくるね」と言ってこっそりと部屋を出た。
「私もお花を摘んでくる」
先生も一緒に外へと出て行った。
廊下に出て、なるべく隅っこのほうへと僕たちは向かっていった。あまりみんなを待たせてしまうと不信感を抱いてしまうかもしれない。できるだけ早く話を済ませよう。
「すまないな、わざわざ外に出て貰って」
「いえ、いいんです。それで、何かあったんですか……」
「あぁ、それがだな……」
僕は唾を飲み込み、先生の方をじっと見つめた。
と、そのとき――
「二人とも、そんなところで何してるの?」
廊下の向こうから誰かが現れた。
夕島くんだ――
「あ、これは、その……」
「さっきから二人ともゴソコソとスマホで何かやっていたし、同じタイミングで出て行ったからおかしいなって思って」
はぁ……
見られていたのか。
「仕方ない、正直に話すしかないな」
「正直に、って、何が……」
夕島くんの目が怖い。
それ以上に、先生の目がかなり怖い。生徒を叱っているときでもここまで怖い目をすることはない。
「今から話すのは、私たちだけの秘密だ」
「秘密? 一体それは……」
「聖羅のことだ」
「姫川さんのこと?」
夕島くんは声のトーンを落として、僕と一緒に先生のほうを見つめた。
「村野。さっきお前は玲条という名前の女がここにいたって言ってたな」
「あ、はい」
妃先生は小さな舌打ちをして、「マズいことになったな……」
「マズいって、何かあったんですか?」
嫌な予感を抱きつつ、恐る恐る僕は聞いてみた。
「玲条っていうのは、聖羅が前に通っていた学校のクラスメイトだ」
「ええ、なんとなくそれは分かります」
「村野くんはさっきその人と会ったってこと?」
僕は「うん」と返事をして、
「それで、その人って姫川さんになにかしたんですか? もしかして、いじめ、とか……」
「いじめ、か……」先生は深い溜息を吐いた後、「そんな軽い言葉で済ませられるもんじゃない。その玲条は、かなりとんでもない女だ」
「とんでもない、って……」
「玲条綾……彼女は脅迫者だ」
――えっ?
さらっととんでもないことを言い放ったぞ、先生。
脅迫者って、思いっきり――
「……脅迫って、犯罪じゃないですか」
至って当たり前のことしか言えない自分が恥ずかしい。
「当然だ。だがな、事実あの女はそうやってたくさんの生徒から金を巻き上げてきた。あくまで噂だがな」
なんて人だ……
「まさか、姫川さんも……」
先生は黙って頷いて、
「聖羅の名誉のために言っておく。あの子は実際には何も悪いことをしていない。だが、ハニートラップに引っ掛かったんだ」
「ハニートラップ?」
「去年、修学旅行のときの話だ。旅館で夕食後、聖羅は少し気分が悪くなったらしくてな。その後でちょっとしたレクリエーションがある予定だったんだが、聖羅はそれに参加せずに一足先に部屋に戻って休んだそうだ。だが、横になって目を覚ますと……何故か、あの子の服が脱がされていた」
「なっ……」
「それって……」
「そして、横には別のクラスの男子が、裸のまま肩を組んでいた」
――おいおい。
それって、明らかにマズい状況じゃないか!
「脅迫って言いましたよね? まさか、その状況を……」
「あぁ、そうだ。そのタイミングで部屋に入ってきたんだよ、玲条が。そして、スマホの画面を見せてきたと。しっかりと撮られていたよ、旅館の部屋で裸になって抱き合っている二人の姿が。そして、玲条は言ったらしい。『この写真をネットにバラまかれたくなければ、私の言うことを聞け』とな。それで、お金やパシリ同然の行為をいくつか強要された、と言ってた」
――うえっ。
そこまで聞いて、僕はもう吐き出しそうなほど震えていた。
「酷い……」
「最低じゃないですか……問題に出来なかったんですか?」
「彼女の親は地元の有権者らしくてな、どうやらその学校で校長に金を貸していたらしい。そのせいか、校長はおろか他の先生たちも恐れて大事にはできないそうだ。腹立たしい話だよ……」
「そんな……」
「私も本当は訴えたかった。だが、彼女の力は予想以上に大きかった。それに、他校の教師である私がしゃしゃり出たところで無力でしかない。私ができるのは、自分が勤めている学校にあの子を転校できるように手配することだけだった」
――そうだったのか。
うちの学校に転校生が来るなんて珍しいなと思っていたけど、まさかそんな事情があったなんて……
「許せない……」
僕の口から、思わずそんな言葉が発せられた。
「あぁ、私も同感だ。だが、変な気を起こすなよ。今はなんとか聖羅を玲条と出会わせないようにやり過ごすことだけ考えてくれ」
「分かっています」
「だったらいい。お前たちのことは二年間ずっと見てきた。バカなこともたくさんしてきたが、誰よりも思いやりのある友達思いの良い子たちだってことは充分に知っている。だから、今の話を聞いても、どうか聖羅のことを一人のクラスメイトとして、友達として接してくれ」
「……はい」
「勿論です、先生!」
「万が一、玲条と出くわしたら私に言ってくれ。私が、絶対に守って……」
「僕も絶対に守って見せます!」
夕島くんが力強く言い放った。
その目は真剣そのものだった。
やっぱり正義感強いんだな、彼は。僕だって許せないし、あの玲条って人をぶん殴りたい気持ちはある。でも、彼ほどの頼もしい目はできないだろう。
――やっぱり、夕島くんって、姫川さんのことが好きなのかな。
ふとそう思えてしまった。
「あと、今の話は三人だけの秘密だ。何よりも大事なのは、聖羅の心のケアだ。それだけはしっかりと頭に刻んでくれ」
「はい、勿論です!」
「かしこまりました!」
夕島くんに続いて、僕も負けじと力強く返事をした。
正直かなりとんでもない話を聞いてしまった。
僕はじっと拳を握りしめ、姫川さんのことをじっと考えていた。
ここまでの悪役は、僕の小説の中でも出てきたことはない。
今までに湧き上がったことのない感情が、僕の胸中に渦巻き始めていた。




