5話 女王は歌い始めた
話は今日の夜に遡る。
急遽企画された歓迎会は、結局学校付近にあるカラオケボックスに決まった。他の店だと高いし、予約も取れなかったから残当なチョイスだ。
で、そんなカラオケ店の個室に、僕たちは集められたわけで――
「そんじゃ、みんなグラスは持ったな!」
意気揚々とドリンクバーのグラスを掲げる前守くん。
僕は彼等から少し離れて隅っこのほうに座ることにした。
正直、「なんで?」と思わざるを得ない状況なんだけど……
「まだよ。早とちりしないの! 帰ってきてない人がいるでしょ!」
「誰だよ、トロくさいのは!」
「主役の姫川さんですけどぉ」
「あっ……」
赤面して俯いてしまう前守くん。
確かに遅いけど、多分お花を摘みに行っているだけだろう。
それよりも、このメンバー……
「思ったより集まらなかったね」
「しゃーねぇだろ! みんな部活だとか塾だとかで忙しかったんだから!」
「歓迎会ならもう少し日にちを決めてからでも良かったでしょ!」
「うるせぇ! こういうのはな、鮮度が命なんだよッ!」
「意味がわかんないんですけどぉ」
そういうわけで集まったのが、主役の姫川さんと主催の前守くん、そして夕島くんに、須磨さん、宗田さん。
それに加えて、僕――
正直、居心地が悪い。黙ったままドリンクバーのメロンソーダをぶくぶくと泡立てても気付かれていない。
さらに、あと一人――
「全く、もっと前もって言ってくれたら良い店を安く予約できたのだが……」
「先生、こういうのは生徒の自主性を重んじてやるから意義があるんですよ」
「適当なことぶっこいてんじゃないの!」
「まぁいい。たまには生徒と行くカラオケというのも悪くはないな。よし、久しぶりに歌うか!」
「お、先生結構歌う方ですか!?」
「まぁな! 手始めにX JAPANあたりを……」
「いいですね! 先生の歌、楽しみにしています!」
僕を除く男子二人と先生が、強烈に騒ぎ始めた。端末に歌を予約すると、メロディーが流れ始める。
しばらく僕たちは先生が歌うX JAPANの紅をただ聴いていた。イメージ通りというか、激しい曲を無駄に激しく歌う先生に感服している。
「よっ! 先生サイコー!」
「カッコいいです! 先生!」
そしてそれを盛り上げようとしている前守くんと夕島くん。まるでどこかの企業の接待だ。この二人は将来上手くやっていけると思うよ、ホント。
「あれ? もう始まっているんですか?」
ここに来てようやく姫川さんが入室してきた。随分遅い気がするけど、女子のことだし深く尋ねることはやめておこう。
「大丈夫? 騒がしくない?」
「ううん、マリ姉さんはいつもこんな感じだから大丈夫」
ふぅん、姫川さん、先生のことをマリ姉さんって呼ぶのか。そういえば二人は従姉妹同士って言ってたっけ。
そうこうしているうちに僕は自分のメロンソーダを飲み干してしまっていることに気付いた。
「あ、僕、ドリンクバーのおかわり……」
僕がこっそり出ようとすると、
「私も一緒に行きます」
タイミングよく姫川さんが部屋を出た。
――ドクン!
どうしよう……
廊下に、僕と姫川さんの二人っきりになってしまった。
いや、別にやましいことがあるわけじゃない。ただ、女子と二人っきりというシチュエーションが今までの人生でほとんどなかったというか、小学校で体育倉庫の片付けをしていたとき以来というか、あの時もその後特に何もなかったんだから今回も別に何も起こらないんだし緊張する必要はないというか……
「どうしたんです?」
「あ、いや別に……」
僕は軽く深呼吸をして、グラスを片手に廊下を歩き始めた。
ドリンクバーまでは部屋からさほど離れているわけではないので、しばらく無言を貫こう。喋るのは得意じゃないし、会話のバリエーションが思いつかない。
ただ、もし万が一、姫川さんのほうから話しかけられた場合は……
「あの、村野くん、でしたよね?」
「のわっ!」
万が一が起こってしまい、僕は思わず素っ頓狂な声を挙げてしまった。
「そんなにびっくりしましたか?」
「あ、すみません。色々と考え事をしていたもので……」
「はぁ、そうですか……」
「それで、はい。村野忠人で合ってますけど、どうしました?」
ぎこちない返し方をしながら、僕は姫川さんの顔色を窺っている。
「こういうところは良く来るんですか?」
「あ、実はあまりカラオケって行ったことなくて……」
「そうなんですね」姫川さんはクスっと笑って、「実は私もなんです」
――え?
僕は一瞬戸惑って硬直した。
「ちょっと意外かも知れないです」
「そうですか? 歌とかあまり知らないですよ」
「僕も、実は有名なアニソンとか歌うのが精一杯で……それもサビだけ」
「ふふふ、私も似たようなもんです」
そう言って口元を隠しながら照れ笑いを浮かべる姫川さん。
――可愛いな。
率直に、僕はそう思ってしまった。普段女子に対してそんなことを思うことはあまりないけど、彼女はこれまでに出会ってきた女子の中でもズバ抜けて可愛らしい。転校してきて間もないけど、数日もしないうちに男子からの人気が出るだろう。
とてもじゃないけど、僕なんかが話せるような人じゃないんだよな……
なんてことを考えていると、ドリンクバーのところまでたどり着いてしまった。
「何飲みますか?」
「あ、じゃあコーラで」
「はーい。私はウーロン茶にしますか」
さりげなく僕が持ってきたグラスを触って、そのまま注いでくれる姫川さん。
「あ、いいよ。姫川さんの歓迎会なんだし、やってもらうなんて……」
「いいんですよ。こういうこと好きですから」
――あぁ、もう!
良い子すぎるよ、本当に!
これが夕島くんだったらなぁ、もっと親密になれただろうに。
自分自身のノイズっぷりが段々嫌になってきた。まぁ、こういうのはこれっきりにしておこう。
二人分のドリンクが注がれたのを確認すると、廊下の向こう側から誰かがやってきた。
「あっれー? どっかで見たような顔だと思ったら……久しぶり!」
話しかけてきたのは、全然知らない女子。黒と紫のド派手な私服から察するにあまりにもカースト最上位のイメージが強い。
「あ、玲条さん……」
「え、あっと、姫川さんの知り合い?」
僕が尋ねると姫川さんは俯き気味に、こくり、と頷いた。
ただ、玲条といったか、彼女の方へと視線を向けようとしない。じっとドリンクバーを見つめたままだ。
「やっぱ姫ちゃんじゃーん! 雰囲気変わったから一瞬気付かなかった」
「……そう、だね」
「しっかし驚いたぁ。あんな根暗姫が、こんなイメチェンするとかさぁ」
「……そんなに変わったかな?」
「メッチャ変わったよ! あたしじゃなかったら気付かなかったし! ねぇねぇ、何で突然転校なんてしたの? そんなにウチらのこと嫌だった?」
玲条という女子はあからさまに顔を近付けて姫川さんに詰め寄ってきた。
――あからさまに可笑しい。
流石に僕も彼女に対する不信感が湧いてきた。どう見ても姫川さんが嫌がっているようにしか感じられない。
「……すみません、僕らもう戻るんで」
「何? 誰? もしかして、姫ちゃんの彼ピとか? 二人でカラオケデート?」
――なんだ、この人?
初対面の僕に対してあまりに失礼じゃないのか? もう少し礼儀とかないのか?
「違います! クラスメイトたちと来ているんです!」
苛立った僕は全力で否定してやった。
「ふーん、あっそ。あの地味子が、クラスメイトとカラオケねぇ……」
完全に嫌味ったらしく言い放ってきた。
もう、僕の苛立ちは限界だった。
「行こう、姫川さん」
「う、うん……」
僕は思わず彼女の手を掴んで、そのまま部屋へと戻っていった。
「えぇ、もうちょっと話しようよぉ、久しぶりなんだからさぁ」
「玲条さん、でしたっけ?」
僕は睨みを利かせて、彼女の方へ振り返った。
「そうだけど、何?」
「人違いですから」
「えっ……」
僕は更に睨みを利かせ、
「根暗姫とか言ってましたけど、うちのクラスにそんな人はいません。そういうわけなんで、今後は関わらないでください。さっきも言いましたけど、クラスメイトたちと来ているんで。待たせているんで失礼します」
そう言って、僕はまた姫川さんを引っ張って個室へと戻っていった。
――あれが正解だったか?
どっちかはよく分からないけど。
この後起こる、あの事件の前触れだったことはこのときにはまだ予想もできなかった。




