27話 ふたたび悪役令嬢が現れた
翌日は土曜日。
休みだけど、なにか特別なことをしようという気分にはなれなかった。
朝八時くらいに起きて、適当にニュースを見たあとで部屋に籠もり、お昼ご飯は家に置いてあったカップ麺を食べた。特に何もない休日。
が、なんだか外に出たい気分になってきた。
――図書館にでも行くか。
迷ったときは、図書館か本屋に行くに限る。
小説は書くのも好きだけど、読むのも大好きだ。創作のネタ探しだけでなく、頭の中の毒素を抜くのにもちょうどいい。
そして、なによりもあの静寂な空間が一番落ち着く。
僕は家から一歩踏み出して、とぼとぼと歩き出した。外はすっかり暑さを増してきて、ゴールデンウィークに入る頃には半袖で過ごせそうな気候だ。
図書館に入ると、一気に身体が肌寒さを感じた。どうやらもう冷房を付けるようになったらしい。
僕は適当に本棚の間を抜けて、いつものファンタジー小説コーナーへ向かおうとしていた。
「あれ? 村野じゃん!」
突如聞こえる、野太い声。
振り向くと、なぜかそこには前守くんの姿があった。
「ど、どうしてここに?」
「んだよ。俺がここにいちゃダメなのか?」
「いや、ダメじゃないけど……」
あまりこんなところにいるイメージじゃなかったから、正直言って驚いた。
「勉強だよ、勉強。これでももう三年だからな。大学に向けてちったぁやることやっておかないとな!」
「え、でも……前守くんって、スポーツ推薦がほぼ確定しているって……」
「あぁ、受験はな。けど、大学入ってからしっかりと授業について行けるようにしておかないと、司法試験には到底受からないだろ」
――司法、試験?
「ほーら、そういう顔されるでしょ」
横から顔を出してきたのは、須磨さんだった。どうやら一緒にいたらしい。
「あ、ごめん。その、意外だったけど、悪いとかそんなんじゃ……」
「ははは、気にすんなって! 俺だってちょっと前まで弁護士なんかにはなろうとか思わなかったからさ」
――えっと、どういう意味だろう?
「あっ……」
――あれ?
「ねぇ、ちょっと今あそこに誰かいなかった?」
どうやら須磨さんも気がついたみたいだ。
本棚の向こう側で、誰かと視線が合ったような気がする。
見覚えがあるような、ないような……
あれは、たしか……
「誰かいたのか?」
「うん。間違いない。たしかにいたのよ」
僕たちは目が合ったその人物に近付いていった。見つからないように、本棚に隠れながらこっそりと。
――やっぱり。
彼女はわざとらしく本で顔を隠しながら、隅っこの本棚に向かって突っ立っていた。
でも、それでも正体はバレバレだ。
「おい、久しぶりだな。玲条」
前守くんが呼びかけると、その“女”はビクッと身体を震わせた。
「な、なによ……」
「なによ、はこっちの台詞。アンタ、私たちのことジロジロ見てたでしょ」
「そ、それは……」
玲条綾は僕たちの目を見ては逸らすのを繰り返している。
そりゃ、まぁそういう反応にはなるよな。僕だって正直彼女とはこれ以上関わりたくはない。
けど……
「私たちのことを見ていたってことは、なにか言いたいことでもあったんじゃないの?」
「うっ……」
「もしかして、俺たちに謝りたい、とか?」
そう尋ねられて、とうとう口を噤んでしまう玲条。
そして、こくり、と静かに頷いた。
やはりそうか――
けど、謝られたって許してやるものか。姫川さんをあそこまで追い詰めておいて、そんな簡単な気持ちで済ませてやるつもりはない。大体ここには当の姫川さんもいないし。僕たちだけに謝ったところでどうなるって話だ。
僕は精一杯彼女を睨み付けた。怖くないかもしれないけど、これでも精一杯冷たい目線を送ってやったつもりだ。
「はぁ!? 馬鹿じゃないの?」
須磨さんも呆れたように頭を押さえている。どうやら僕と同じ気持ちのようだ。
「俺は許してやってもいいけどな。お前らが許すのであれば、な」
前守くんはどこか投げやりに答える。
「僕は許さないから。姫川さんを傷つけた君を、絶対に……」
拳を思いっきり力強く握りしめて、彼女に言い放ってやった。
僕の勢いに気圧されたのか、玲条さんは更に身体を震わせた。
「だそうよ。私も同感」
「そういうことなら俺も許すわけにはいかねぇな」
「な、なによ! こっちが謝ってやってんのに、そういうこと言う!?」
――やっぱり。
この女、全然反省していない。
姫川さんを脅して、傷つけて、それでもこの後に及んで被害者面。
さて、どうしたもんかな?
「あらぁ? 遅いと思ったら、こんなところにいたんですかぁ」
宗田さんが横から入ってきた。彼女も一緒だったのか。
「わりぃわりぃ。ちょっと立て込んでてな」
「大丈夫ですよぉ」宗田さんは玲条のほうを見て、「事情は理解しましたからぁ。ね、玲条さん」
「うっ……」
一見するとにこやかだけど、どこか重力を何倍にもしたかのような黒い視線を放つ宗田さん。その視線に圧倒されて、玲条はますます縮こまってしまう。
そういえば――
玲条って宗田さんの言葉にコテンパンにやられていたっけ。そりゃ彼女に怯えるはずだ。
「さてさて、許すか許さないかの話ですけどぉ」宗田さんはカッと目を見開いた。「許すわけねえだろ! とっとと失せろ! てめぇ如きが何事もなかったかのようにシャバに出戻れると思ってんじゃねぇよ、カス!」
……
…………
静寂なはずの図書館内に飛び交う怒号。
そして、再び静寂が戻ると、誰もが冷や汗を垂らしながら身体を硬直させていた。
――えっと。
――あの。
誰でもいいから、言葉を発してください。お願いします。
「あ、そ、そうだな……」
前守くんが引きつりながら肯定してくれた。ありがとう、この空気を打破してくれて。
「そういうことですからぁ。これに懲りたらもう許して貰おうなんて甘いことは考えないことですぅ」
いつもどおりの口調に戻る宗田さん。この変わりようは、一体なんなんだ……
「そ、そ、そ、そこまで言わなくてもいいじゃない……」
次第に涙目になっていく玲条。
可哀想になってきたけど、ここで甘やかしてはいけない。
「泣くんですかぁ?」
「うぐっ、泣いたら、なんだって、言うの!?」
「とてつもなくダサいですぅ」
――あーあ。
もうメチャクチャだよ。煽りスキル高すぎるよ宗田さん。
これ、どう収拾つければいいんだろう?
そのときだった――
「もう良いだろう。それぐらいにしておいてやれ」
どこからか、凄く力強い男の人の声が聞こえてきた。
前守くんじゃない。誰だ、これは……
「全く、宗田くん。君も相変わらずだな」
本を片手に持ちながら現れてきた、中年の男性。
大柄なその人に、僕は見覚えがあった。
「あ、夕島くんのお父さん!」
やはり、夕島くんのお父さんだった。でも、どうしてここにいるのだろう?
「ん? 君は……もしかして英雄の友達か?」
「はい。須磨法子と言います」
「おお、君か。いつも英雄から話は伺っているよ」
優しく朗らかに頭を下げる夕島くんのお父さん。
「それにしてもどうしてここに?」
「なぁに。仕事が休みだものでね。こう見えて本を読むのは好きなんだよ」
――ふぅん。
そういえば夕島くんも結構本を読んでいたな。お父さんの影響なのか。
「お父さまですかぁ。これはこれはどうも」
「久しぶりだね、宗田。君も相変わらず血の気が多いな」
――ん?
血の気が、多い?
宗田さんのイメージをそんな風に言う人は初めて見た。血の気が多いどころか、いつも眠そうな低血圧な雰囲気なんだけど。
「今は喧嘩なんかしていませんよぉ。心配しないでください」
「だったらいいが。やれやれ、昔は君たちにどれだけ手こずらされたことか……」
「あの、お父さん。さっきから、何を……」
「そういえば知らなかったか、村野」
前守くんが口を挟んできた。
「知らなかったって……?」
「宗田って、昔は相当な不良だったんだぞ」
…………………………
――えっ?
「手が付けられないほどヤンチャで、男子相手にも容赦しなかったのよね」
「そうでしたっけぇ? 覚えがありませんよぉ」
「こっちはよっっっっっく、覚えているよ。全く……まぁ、今は英雄が世話になっているからむしろ感謝しているけどな」
――え、っと。
僕は一体……
どういう反応をしていいのか分からず、宗田さんの屈託のない笑顔に顔を引きつらせるのであった。




