28話 村野忠人は全てを打ち明けた
「そういえば……どこかで見たような顔だと思ったら……あなた、あの、伝説の不良と言われた、“デスソーダ”の宗田涼香……」
玲条が血の気が引くように顔を青ざめさせていく。
が、宗田さんはふふっ、と笑みをこぼしながらゆっくり近付いていく。
「そのお話は……しないでくださいねぇ」
「うっ、は、はい……」
――なんだなんだ?
怖い。ただ、ひたすら怖い。
僕の中で宗田さんのイメージがどんどん瓦解していく。っていうか、デスソーダって何!? すっごい気になる言葉が出てきたんだけど。
「まぁまぁ……それぐらいで勘弁してあげてやれ」
夕島くんのお父さんが、二人の間に立ってくれた。
「……やっぱり許されない、か」
愕然と肩を落とす玲条。
でも、だからといって怯んでやる気はしない。
「そういうことだ。君の罪は、君が考えている以上に重い。謝罪は勿論大事なことだ。だが、謝って、スッキリして、それだけで済まされるようなことではない。そこは理解できるね」
「……はい」
厳しく言い放つお父さんの言葉に、玲条は完全に縮こまってしまっている。
「こうなった以上、互いにこれ以上関わらない。それ以外、君にできる罪滅ぼしはない。どれだけ取り繕おうとしたところで、なかったことになんかできやしない。互いの傷を広げないために、ここでキッチリと一線を引くんだ」
「……はい」
「それが、君にできる責任の取り方だ」
玲条は俯いたまま、何も言い返さなかった。
そんな彼女を見つめながら、お父さんは少しだけ表情を和らげる。
「ただし――」
「……?」
「罪を償うっていうのは、自分を一生責め続けることじゃない」
お父さんの更なる一言に、玲条が顔を上げる。
「自分がやったことを忘れないこと。そして、二度と同じことをしないことだ。それができるなら、君はこれから先、いくらでもやり直せる」
――カッコいい。
素直に、そう思えてしまった自分がいた。
大人の対応として、これ以上ないぐらいに完璧すぎる。僕の甘々な小説では到底出てこないような言葉を、お父さんは言ってくれている。
玲条のほうに視線を移した。心なしか目が潤んでいる。彼女なりに涙を堪えているのだろうか。
「……最後に、ひとつだけ言わせて」玲条は僕らに向けて頭を下げてきた。「ごめん、なさい……」
それだけ言い残して――
玲条綾は、図書館から駆け出すように去って行った。
まるで、物語から退場するかのような――そんな錯覚さえ覚えた。
「さすがね、大人って凄い……」
「俺もこれぐらい言えるようになりたいぜ」
「ありがとうございます、お父さん」
「いやいや、良いんだよ。これぐらいどうってことない。私が尊敬する“勇者”なら、きっとそういうだろうと思ってね」
凄く優しく微笑んでくれるお父さん。最初に見かけたときの、怖い印象はほとんどない。
――ん?
今、勇者って?
まさか、と思ったが、まずは別の話から処理していこう。
「それはいいんですが、宗田さん……」僕はもうひとつ気になったことを聞いてみることにした。「あの、さっき聞こえてきたデスソーダって……」
「あぁ、あれですかぁ。私も昔はハジけてた時期があったんですよぉ。ソーダだけにぃ」
目だけが笑っている宗田さん。どこか怖い。
――うん。
これ以上は、聞くのはやめておこう。
勇者日常譚内での彼女の設定、練り直さないとな。
それよりも……
「それよりも、さっき尊敬する勇者って言いましたけど、ファンタジーとかお好きなんですか?」
僕の代わりに須磨さんが聞いてくれた。
「あぁ、実はね。昔からファンタジーとか勧善懲悪とか、そういう作品が好きなものでね。それが高じて警察になっていったんだよ」
「へぇ……」
また意外な一面が見れた。もっとお堅い性格かと思っていて、あまり創作物を見るようなイメージはなかった。
「夕島くんも、そんなお父さんの姿を見ていたんですね」
「はっはっは。私なんかを、ねぇ。勿体ない。アイツはホント、真面目すぎるのだけが取り柄だからな。もっと私を困らせてくれてもいいぐらいだよ」
「確かに、マジメすぎですよね」
謙遜しながら照れるお父さん。笑った顔が、どことなく夕島くんにそっくりな気がした。
「だからこそ、君たちには感謝しているよ。高校に入ってから、毎日のように友達やクラスのことを話してくれているからね」
「へぇ……」
「まぁ、困ったことはあったけどね。ほら、担任の妃先生に告白したそうじゃないか」
――ブッ!
口に何も含んでいないのに、何かを吹き出しそうになった。
「そんなことまで話したんですかぁ?」
「あ、まぁ、な。いや、思春期の気の迷いかと思ったんだが、さすがにそれは私もどうしようか迷った物だ。幸い、先生のほうが上手く距離を取ってくれているみたいだから助かったが。ひとまず、『卒業するまで待て』とだけ言っている」
――なるほど。
そりゃ、そうなるよね。警察としても親としても、そう言うしかないよね。
「ったく、アイツ色んなコトを喋りすぎだぞ」
「ま、まぁ……」お父さんはゴホン、と咳払いを挟んで、「それと……村野くんは、君かな?」
お父さんは僕の方を見てきた。
「は、はい……」
「勇者日常譚、面白かったぞ」
――ブフッ!
もう一度、何もない口から何かを噴き出しそうになった。
前守くんも、須磨さんも、宗田さんも、不思議そうに僕のほうを見てくる。
「え……もしかして、あれ、読んだんですか?」
「そうだ。息子が『うちのクラスメイトが面白い小説を書いている』って教えてくれたものでな。いやぁ、君たちのクラスのことがよく分かったよ。よくあそこまでファンタジーに落とし込んだものだな」
「いえ、そんな、あんなもの人様に読んでもらうような代物では……」
「何を言っているんだ。いいじゃないか。淡々とした話だけど、暖かみがある。もっと皆に読んでもらうべき作品だよ、あれは……」
うう……
そんなに褒められるとは思わなかった。息子のクラスメイト補正が入っているのだろうけど、それでもこんなに言われると照れる。
「自信をもっていいよ、君は。続きを楽しみにしている」
「あ、ありがとうございます……」
「おっと、そろそろ行かないと。それじゃ、失礼するよ」
夕島くんのお父さんはそれだけ言って去って行った。
図書館中に、みんなの冷たい視線が僕に注がれる。
「村野、お前……」
「小説、書いていたんですねぇ」
「あ、うん。実は……」
――仕方ない。
「村野くぅん、それ、俺たちにも教えてくれないかな?」
「まさかぁ、夕島くんだけに教えるってことはないですよねぇ?」
「たしかに、どんなのか気になるわね。さっきお父さんが、クラスのことがどうとか言っていたけど」
「わ、分かったよ」
僕はLINEのグループに、小説サイトのURLを貼った。
もう、こうなったら隠していても仕方がない。
気恥ずかしいけど、打ち明けてしまおう。
「お、これか……」
皆がそのサイトを開き、まじまじと閲覧する。
――恥ずかしい。
面と向かって、僕の小説を読まれているという現状に、心臓がバクバクと破裂しそうになる。
しばらく、皆が読んでいると、次第に顔がほころんでいった。
「やっぱり、変だったかな……?」
「これ、うちのクラスのことよね?」
――ギクッ!
「ロッカって私のことですよねぇ」
「ルギーって俺だよな。ってか、ミレィって咲場のことか?」
――ギクギクッ!
もう、どうとなれ、という気分だった。これは怒られても仕方がない。夕島くんなら許して貰えただろうけど、この三人は……
「おもしれぇじゃん」
――えっ?
「なかなか上手いわね。勝手にモデルに使われたのは癪だけどね」
――えっ、えっ?
「いいじゃないですかぁ。私たちの解像度高いですよぉ」
――ホントに、ホント?
今、僕は言われていることが信じられなかった。
成り行きで読んでもらった小説だけど、そこまで好感触なのは予想外すぎた。
「村野って、こんな才能があったんだな」
「特技、ってほどじゃないけど……」
「たしかにこれは続きが楽しみになるわね」
――続き、か。
僕はその言葉を聞いた瞬間、気が落ちてしまう。
今は続きを書く気分ではないのが正直なところだ。
「なぁなぁ、これ、クラス全員に読ませようぜ」
「さ、さすがにそれはやめて!」
「だったらぁ、これ……姫川さんには読んでもらったんですかぁ?」
――えっ?
どうしてここで、姫川さんの名前が?
「ま、まだ……読んだのは、夕島くんと、君たち三人……」
あとは夕島くんのお父さんだけど。
「もったいねぇな。せっかくの“お姫様”に読んでもらわなきゃ、意味ねぇだろ!」
「そうね。見せたら喜ぶでしょうよ、姫川さん」
――喜ぶ?
まさか、そんなことはあるのだろうか。
僕は思考を逡巡させる。
彼女が、喜ぶのであれば……
もしかして……
「ありがとう、みんな!」
「おう、なんか知らんが、どういたしまして!」
「それじゃ、僕は行くね!」
「……え、ええ。また、学校で」
「続き、楽しみにしていますよぉ」
僕はそれだけ言って、図書館から飛び出すように家に戻っていった。
――簡単なことじゃないか。
僕はずっと自信がなかった。
クラスのことをずっと見ているだけで、僕は空気みたいな存在だと思い込んでいた。
けど――
姫川さんに、僕の小説を読んでもらおう。
けど、その前に、“勇者日常譚”の続きを書こう。
悩んでいた小説の続き。
ここで、遂に切り札を出すときがきた。
そう――
今まで出てこなかった、僕自身――
“村人A”を、この物語に、登場させる日が来たんだ!




