25話 村人Aは勇者に打ち明けた
いつの間にか僕は、商店街の片隅にいた。
帰路を歩いていたつもりが、完全に無意識にここへとたどり着いてしまったらしい。
そして、なにも考えずに千円札を両替機に入れてしまった。
「面白そうなゲームないかな?」
特に深い意味はない。
ただ、気持ちを整理したいだけだ。
僕は今、答えの出ない迷いに、答えを出そうという無謀なことをしている。
それが正しいのかは分からないけど、もしその答えが出るのだとしたら……
「あ、あのクレーン」
この前の、ゼロ執事の使い魔妖精ファンダルのぬいぐるみが、まだ筐体の中で何匹も居眠りしていた。
――楽しかったな、あれ。
なんとなくやってみたクレーンだけど、運が良すぎて五百円で二つも取れてしまった。
僕は再び、そのクレーンに近付いて、二百円を投入した。
アームを動かし、ゆっくりと下に落ちていく。爪がぬいぐるみの胴体を引っ掻くように掴む。が、持ち上げた瞬間に、バランスを崩してガコン、と真下に落ちてしまった。
「そう上手くはいかない、か」
苦笑いを決めながら、他のゲームを探した。
クレーンゲームは特にめぼしく欲しいものはない。音ゲーや対戦ゲームも大して上手いわけではないし、あまりなにがやりたいという気分でもない。
さて、どうしたものか……
もう帰ろうかと思っていた、その時――
「あれ? 村のんじゃん!」
突然誰かに呼び止められ、僕は振り向いた。
そこにいたのは、にこやかに手を振る咲場さんだった。
「あ、咲場さん……」
「やっほー!」
彼女は相変わらず着崩した制服姿で、バッグのチャームをチャラチャラと音を立てている。突然食堂に押しかけなければ、大体これぐらい明るく接してくれる。
「村のん、今帰り?」
「はい。あ、咲場さんは、今からお店ですか?」
「そそ! 言っとくけど、今日は結構子どもら来るみたいだから、アンタらの相手する暇はないからね!」
「あ、大丈夫です。ていうかいつもすみません」
念を押すように言われて、僕はなんとなく謝ってしまう。咲場さんのお店に行こうと言い出すのって、大抵前守くんなんだよなぁ。
「謝らなくていいよ。そういやさ……」咲場さんが僕の顔をジロジロ見ながら聞いてきた。「今日、なんだか元気なさそうだけど、どうったの?」
「えっ……?」
どうやら咲場さんに僕の様子が伝わっていたらしい。
「いやさ、授業の発表とか、すっごい元気なかったじゃん。ってか、あれは前守の声がうるさすぎただけかもしれないけどさ。今もなんか元気なさそーだから」
――どうしよう?
大丈夫です、と返すのは簡単だ。
でも、もしかしたら……
咲場さんなら、信頼して相談できるのかもしれない。
「あの、咲場さん……」
「あ、そうだ、村のん! せっかくだからさ、アレ撮ろう!」
僕が言葉を発する前に、咲場さんはあちらのほうを指差した。
それはゲーセンの奥にある、写真プリントコーナーだった。
「え? 僕、そういうのは……」
「いいから! たまにはいいじゃん!」
「ちょ、ちょっと……」
僕はあれよあれよという間に、咲場さんに引っ張られるかのようにプリントの筐体へと連れ込まれていった。
お金を入れてくれたのは咲場さん。僕もお金を出そうかと思ったけど、「いいからいいから!」と小銭を財布に戻されてしまった。
「フレームこれでいい?」
「お任せします……」
その辺はよく分からないので、僕はただ咲場さんが操作している横で呆然と見ているしかなかった。
「いっくよ! はい、3、2、1……」
パシャ!
強烈な閃光と、カメラ音が僕らの顔を直撃した。
外に出て、咲場さんは撮った写真に描き込みをしていた。そこらへんも僕は全く知識がないので、咲場さんにお任せすることにした。
「できたよ、村のん!」
印刷された写真には、今にも「イエイ!」と言い出しそうな顔でピースを決めている咲場さん、そして今にも遺影に使えてしまいそうな呆然とした僕の顔が写っていた。
その真下には、「元気出して!」と一言、白と青とピンクのカラフルな丸文字で添えられていた。
「あ、ははは……ありがとうございます」
なんだかおかしくなって、僕は思わず笑ってしまった。
「あ、良かった! 村のん笑った!」
「えっ……?」
もしかして、咲場さん、僕に元気を出してもらうために?
「村のんって、もっと元気に自分を出したらモテると思うんだけどなぁ。いや、今はモテすぎたらダメか。姫っちに悪いし」
意味の分からないことを早口でまくし立てる咲場さん。
けど、それでも彼女の励ましになんだか心が落ち着いてきた。
「ありがとうございます……」
「ほら、敬語! 別にタメ口でいいよ。同じクラスなんだからさ」
「あ、それじゃ……ありがとう」
「うんうん、それでよろしい!」
咲場さんはぎゅっと僕の手を握り、
「正直さ、アタシずっとアンタのことを誤解してたよ。聞いたよ、姫っちの歓迎会の時に、悪い奴らに勇敢に立ち向かっていったんでしょ」
「あれは、その……」僕はなんだか気恥ずかしくなり、「僕、というか、夕島くんやみんなのおかげで……」
「でも、最初に姫っちのことを助けようとしたんでしょ。スゴいじゃん!」
そう言われた後、僕はポン、と咲場さんに背中を叩かれた。
「いた……」
「あ、ごめん。強すぎた? でも、ホントスゴいって思うよ!」咲場さんの笑みが次第に優しくなってきた。「何に悩んでいるか知らないけどさ、アンタはアンタが今やれることをやってみればいいと思うよ!」
――僕が、今、やれること?
少しだけ考え込んだ。そして、思いつかなかったので、もう一度考えてみた。
僕にできることって、なんだろう?
いや、僕以外の人ではできないことって、なんだろう?
――そうか!
「ありがとう、咲場さん!」
「うんうん、なんだかワカんないけど、元気出て良かった!」
頷いてくれる咲場さん。本当に、彼女は人をアゲるのが上手いな。
「それじゃあ、また明日!」
「おけおけ! んじゃ、また明日!」
それだけ言って、僕は一目散にゲーセンを飛び出した。
咲場さん、ありがとう。本当に救われた――
僕がやれること――
小説を書くこと、しかない!
僕は今、自分の部屋にいる。
時刻は夜の八時。いつもならパソコンに向かっている時間。
だけど今日は、スマホとずっとにらめっこしている。
――落ち着け。
僕はLINEを開き、そっと深呼吸をする。
そして数秒後、ようやく文字を入力し始めた。
『こんばんは、夕島くん』
夕島くんに向けて、唐突にこんなメッセージを送ってしまった。もしかしたら迷惑だったのではないだろうか。不安な気持ちは募るけど、きちんと話をしたい。
『こんばんは。どうしたの?』
すぐに夕島くんからメッセージが返ってきた。
――ここからだ。
僕は先ほどコピペしたURLを入力した。
送信ボタンをゆっくりと押していく。全身にピリピリした緊張感が迸ってくる。
『この小説……是非とも読んで欲しいんだ』
――言ってしまった。
激しい後悔と、やってしまった感。ここからどうなるか、神様も知らないだろう。
だけど、ここまできたら引き返せない。
あとは、夕島くんがどういう反応をするか……
ピコン!
スマホから目を逸らしている間に、LINEの着信音が鳴り響いた。
僕はゆっくりと目を開き、返ってきたメッセージをなんとか見ることに成功した。
『一話だけ読んでみたよ。面白いね、これ』
――え?
『これ、村野くんが書いたの?』
『あ、うん。実は……』
どうやらお見通しのようだった。
そして、まさかの好意的な反応をされた。
『そうなんだ。でも、これってさ、なんだかうちのクラスっぽい世界だよね』
――ギクッ!
そこまで気付かれてしまったとは。やはり、見せるべきではなかったか?
でも、こうなった以上はもう嘘をつく必要もないだろう。
『実はそうなんだ。うちのクラスをモデルにしてて……』
『へぇ、そうなんだ。なるほどなるほど……ルギーって、前守くんっぽいし、リコは須磨さん、ロッカは宗田さんかな? ということは、この勇者ディオって……』
『……夕島くん』
とうとう言ってしまった!
一番知られたくない存在のキャラを、よりにもよって御本人様に!
これ、怒られるんじゃないかな? いや、もうクラスメイトとして扱って貰えなくなるかも。
『ああ、やっぱり? そうなんじゃないかと思った! まさか僕が勇者なんて、恐れ多いよ』
文面から笑っているのが分かる。
カミングアウト成功、と見ていいのだろうか?
『今まで勝手に、君たちをモデルに小説書いて、ごめん』
『なんで謝るの? いいよいいよ! 気にしてないから!』
――良かった。
――本当に、良かった。
これで、ちゃんと受け入れてもらえたとみていいだろう。
僕は全身の力が抜け落ち、そのままベッドに仰向けに倒れ込んでしまった。
『良かったら、また続きを読んでみて』
『うん、是非!』
それだけの文章を送ると、
『照れちゃうな、なんだか』
『しかしどうしてこれを僕に?』
ドクン――
苦しい心の高鳴りが、僕の胸を打ち付けた。
唾を飲み込み、僕はゆっくりと一文字ずつ打っていく。
『夕島くんが、留学する前に、僕がこれまで書いてきた小説を読んで貰いたかったから』
『今のうちに、カミングアウトしておきたかった』
その二文を打って、僕はほっと胸を撫で下ろした。
『留学って、あぁ……』
――えっ?
そこで返ってきた言葉に、僕は唖然としてしまうのだった。




