24話 村人Aはどうしていいか分からない
『絶対、帰ってこいよ!』
『お土産、楽しみにしていますねぇ』
『旅先でなにか面白い本があったら持ってきて貰ってもいい?』
淡々と、皆が夕島くんに対して反応を見せている。
僕が書いた小説と全く同じ反応だ。
違うのは、直接面と向かって話し合うわけではなく、LINEのチャット内だということだ。
「ちょ、ちょっと……みんな……」
どうしていいか分からず、僕はどぎまぎしてしまう。
カラオケに行った後からそのまま続いているLINEグループ。あれからそんなに動くことはなかった。けど……ここまでトークが一気に動いたのは初めてだ。
「ふぅ、こんなもんか」
「また明日にでも話をしましょう」
それだけの話で、今日は皆がそれぞれ帰っていった。
本当に、あっさりとした態度。まるで、なにも変わらないみたいだ。
「んで、話はついたの? アンタたち」
あからさまに不貞腐れながら、僕たちの方をじっと見てくる咲場さん。彼女の店でずっとこんなやり取りをしていたのも、小説に書いたとおりだ。
「あ、ごめん。そろそろ帰るね」
「そうしてくれる? そろそろ子どもらも来る頃だから」
「そんじゃ、お邪魔しましたー」
「また明日学校でお会いしましょうねぇ、咲場さぁん」
「はいはい……」
明らかに安堵した様子の咲場さん。これだけお店を憩いの場のように借りていると、少し申し訳ない気持ちになる。
「あ、そうだ……」奥へ向かおうとした咲場さんは足を止め、「アンタたち……夕島っちと、ちゃんと話、付けなさいよね」
「わーってるって、そんぐらい!」
「ふーん、ならいいけどさ……」
――なんだろう?
咲場さんはじっと僕たちの方を見ている。まるで、心配そうに。
いや、これは“僕たち”ではない。
“僕の方”だ――
「そ、それじゃあ、またね。咲場さん」
「そんじゃ、また明日。あ、姫っちにもよろしくね」
「あ、うん……」
何故ここで姫川さんの名前が出てきたのだろう?
少しだけ不思議に思いながら、僕は店を出た。
その瞬間、ピロン、とLINEの着信音が鳴り響いた。
『そんな、私、寂しいです……』
姫川さんのただ一言――
その日のLINEは、全員の既読が付いたが、それから動くことはなかった。
――これから、どうなるのかな?
僕はずっと、今後のことが気になりながら、小説を更新することにした。
少しだけ付け加えた言葉は、僕が彼らに言って欲しかった言葉なのかもしれない――
翌朝。
「おはよう、みんな!」
いつもどおり、明るく爽やかに挨拶をしながら教室に入る夕島くん。
昨日の出来事なんてまるで何もなかったかのように、彼はみんなに平等に笑顔を振りまいていく。
「お、おはよう……」
僕は思い悩みながら、挨拶がぎこちなくなってしまった。
「よう、夕島! お前んとこの班、発表はできているのか?」
「バッチリだよ! 前守くんたちの班は準備万端みたいだね」
「ええ、昨日は遅くまで残っていましたからぁ」
「負けないわよ」
「はは、お手柔らかに頼むよ。別に競うわけじゃないけどさ」
いつもと変わらないトーンで話す前守くん、宗田さん、須磨さん。
これは彼らなりの気の遣い方なのだろうか。
それとも、本当はみんな、寂しさを隠しているのだろうか――
「あ、で、昨日の、ことなんだけど……」
僕が思い切って尋ねると、夕島くんは人差し指を口元に立てて、
「しっ! ごめん、しばらくは例の話は内緒に頼むね」
僕は思わず「あっ……」と我に返ってしまった。なんてデリカシーがなかったのだろうと自省の念に駆られた。
夕島くんには夕島くんのタイミングがある。
僕たちだけに話してくれたのは、なによりも信頼できる相手だからなのだろう。
だったら僕も、彼のことをしっかりと信用しよう。
僕は拳を握りしめ、じっと彼の目を見つめた。
「僕に……相談できることがあったら、なんでも言ってね」
――言えた。
生まれて初めて、そんなことを言えた自分を褒めてあげたい。
実際、僕なんかが何の相談に乗れるか、って話だけど、少しだけでも彼の悩みを軽くしてあげられるのならばそれでいい。
「……ありがとう。嬉しいよ」
夕島くんは笑って、僕にそう返してくれた。
どことなく顔に陰りが見えたような気さえする。けど、「嬉しいよ」の一言を返してくれただけで、僕は少しだけ信頼されているのかも、と自信がついたように感じた。
「……おはよう、ございます」
教室に、姫川さんの声が響いた。
どことなく覇気がない。やはり、昨日のLINEを気にしているのだろうか?
「おはよう、姫川さん……」
僕は姫川さんに向けて挨拶をした。ほぼ無意識に視線を逸らしてしまったが、すぐに彼女の目を見た。
「村野くん、おはよう……」
「やぁ、姫川さん。おはよう」
「あっ……」
姫川さんは夕島くんの目を見るやいなや、あからさまに視線を逸らした。
やはり、彼女は寂しいのだろうか。
「……そっか」
夕島くんも彼女の気持ちを察したのか、視線を逸らしてそのまま席についてしまった。
それと同時に、始業のチャイムが鳴り響いた。
その日の授業は、ただひたすら重苦しかった。
昨日散々苦労して作った公民の発表も、なんだか言葉に詰まりっぱなしで上手くいかなかった。幸い、前守くんと須磨さんがほとんど喋ってくれて、なんとかフォローしてもらえたけど、僕自身は結局役立たずとしか言いようがなかった。
発表が終わり、拍手が起こる。前守くんは親指を立ててグッと満足げになっている。僕が失態を犯したとは思っていないようだ。
「お疲れ様」
席に戻った途端に、夕島くんが僕に労いの言葉をかけてくれる。
まったく、誰のせいでこんな気分にさせているんだよ……
ちょっとだけそんな恨み節を心の中で呟きながら、重苦しい授業がひたすら続いていた。
そして、一日の授業が終わった――
なんだかいつも以上に疲れたような気がする。
僕はふと、姫川さんの席を見た。
彼女は顔を伏せながらも、荷物を淡々と片付けている。
そういえば――
公民の発表も、姫川さんはずっと喋らなかったっけ。いや、一応喋ったか。「今から私たちの班の発表を始めます」の一言だけ。
やっぱり、彼女は――
「そんじゃ、また明日な!」
「うん、またね!」
「お疲れ様ですぅ」
前守くんたちは何事もなかったかのように、次々と教室を飛び出していく。
僕が抱いている気持ちを、無視されたかのようにさえ感じてしまった。
――いけない。
そんな暗いことを考えていたらダメだ!
今はとりあえず、姫川さんと……
「あのさ、ひめかわ……」
「あ、村野くん……」姫川さんは僕を見ると、「今日は、お疲れ様。発表、凄く良かったよ」
――あれ?
いつもどおりの姫川さんだ。
でも、どこかいつもどおりじゃない。
やっぱり、元気がない。無理しているような感じだ。
「あ、えっと……」
言葉が出てこない僕を、ふっと笑顔で返してくれた姫川さん。でも、次に出た言葉は――
「それじゃあね、また明日!」
そのまま、鞄を持って彼女は教室を飛び出すように出て行ってしまった。
――ダメ、だ。
僕は引き留めることもできず、ただ彼女の後ろ姿を見送るしかできなかった。
呆然と立ち尽くすと、教室がいつの間にか僕一人だけになっていることに気がついた。知らない間に、皆が帰ってしまっていたらしい。
――どうする?
――僕は、どうすればいい?
僕はただ突っ立ちながら、煮え切らない思考の鍋をぐるぐるとかき混ぜていた。
「なんだ? まだ帰らないのか?」
教室に誰かが入ってきた。
ふと入り口を見ると、妃先生が僕の方を不思議そうに見つめていた。
「あ、はい……もう、帰ります」
「……そうか」
僕のことをじっと見る妃先生。
僕の様子がおかしいことに気がついてくれたのだろうか?
「……もしかして、聖羅のことか?」
――ギクッ!
図星で僕の心臓が妙に高鳴った。
「あ、はい……」僕は観念して、「今日、ずっと、姫川さんの様子がおかしくて……正直、心配で……」
「そうか。いや、実は夕べからあんな調子でな。私もなにがあったか気になったのだが、答えてくれなくてな……」妃先生は少し思案を巡らせたような表情を浮かべて、「いや、もしかしたら、あれか? 夕島のことか?」
「……多分、そうじゃないかと」
それを聞いた妃先生は、ふぅ、とため息を吐いて、
「なるほどな。まぁ、詳しいことはいずれ夕島の口から出るだろう。まだ正式に決まったわけじゃないからな」
「……ですよね」
「だから、お前も心配する必要はない。そのときまで、夕島のことを信用して待っていてくれ」
「……はい」
ただ、僕は頷くしかできなかった。
信用とか信頼とか、それしかできないのか。
人間ってこんなにも無力なのか、と痛いほどに思い知らされた。
「それにしても……変わったな、お前」
「えっ?」
突然、先生から思いがけない言葉が出てきた。
「クラスメイトのことを心配してくれるなんてな。今までのお前は、ただずっと教室の隅っこでボーッと眺めているだけだったからな」
「そ、そうですかね……」
「おっと、失礼。もしかしたら私がお前のことをきちんと見ていなかっただけなのかもな。だとしたらすまないな、二年も担任をしてきたというのにな。教師失格だ」
「そ、そんなことはないですよ!」
僕は照れくさくなって、顔を赤くしてしまう。
「ま、今はそっとしといてやれ。聖羅はああ見えて強い子だ。心配することはない」
「……はい」
先生は僕に近付いて、ポン、と肩に手を添えてくれた。
「ありがとな、村野……」
それだけ言い放って、先生は再び教室から出て行った。
静寂が戻った教室に、僕はずっと窓辺から外を眺めていた。
――僕が、変わった?
今までそんな自覚はなかった。
けど、先生の一言が、なにか僕の心の中に残っていた。




