23話 姫は寂しがった
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「女王様。突然の来訪、お許しください」
謁見の間に、勇者ともう一人の男がやって来た。
片膝を立て、頭を深々と下げる大柄の中年男。がっしりとした身体つき、胸には鎖かたびら、そして右の腰元には曲刀を携えている。
「父上、一体どのような要件でしょう?」
女王よりも先に尋ねたのは、勇者ディオだった。
本来なら不敬とも取られかねない行為ではあるが、女王マリアは意に介する様子もなく、
「まずは私に質問させよ。今までどこに行っていた? 先代勇者セトよ」
――そう。
この厳つい男こそ、勇者ディオの父親であり、先代勇者でもあるセトだったのだ。
「世界各地を旅していました、とだけ伝えておきましょう。まだ魔王の脅威は各地に残っています。この国に限った話ではございません」
あまり語らないセトの態度に、どこか疑問符を浮かべるマリア。
「ふむ……それで、どのような用件だ?」
「私はこの度、息子……いや、ディオをお迎えに上がりました」
「お迎えだと? 確かに、此奴にはいつも世話になっているが、別に此奴は住み着いているわけではないぞ」
「ならば話は早いです」セトは面を挙げて、「息子に広い世界を見せてやりたいのです。ディオを……私と一緒の旅に連れて行くことをお許しください」
勇者ディオは城下町をひとりでぶらついていた。
先ほどの女王と父の面会が、どうもすっきりしないまま終わってしまった。
あれから、女王が発した返事は、ただ一言。
「好きにするがいい」
それだけだった。
城下町は今日も賑わっている。週に一度のバザーが開かれていて、いつもよりも花や野菜が安く売られている。
そんな喧騒の中をとぼとぼと歩きながら、ディオはずっと虚空を眺めていた。
「お、ディオじゃねぇか」
突然声を掛けてきたのは戦士ルギーだった。
「ルギー? 今日はどうして……」
「なぁに。依頼もなかったし、ちょいと武道場でトレーニングをしていたところだ」
なるほどね、と彼がため息を漏らしていると、
「あら、あなたたち」
「偶然ですねぇ」
これまた偶然にも、魔法使いリコと僧侶ロッカが現れた。
「結局みんなが揃ってしまうわけか」
「なによ、不満?」
「いや……」ディオはいつものようにふっと笑みを戻して、「気分が良くなった。ありがとう」
「別に礼を言われるようなことはなにもしてねぇよ」
「ディオさん、どこか様子がおかしいですよぉ。なにかあったんですかぁ?」
ロッカが察したので、ディオは観念した様子で、
「うん……大事な話があるんだ。ここじゃなんだし、酒場に行こう」
店の中は勇者たち以外は誰もいなかった。
サキュバスのミレィしか――
「って、なんでウチの店なワケ?」
「ごめんなさぁい、酒場がお客さんで一杯だったからぁ」
「あのねぇ、ウチはあくまでも子どもたちのために……」
「わーってるって、ちょっとだけ話をさせてくれよ」
不服そうにミレィは皆のテーブルにグラスを運んでいき、それから何の言葉も発せずに再び奥へと引っ込んでいった。
「で、話ってなんだよ」
「実は……」
ディオは、先ほどの出来事を話し始めた。
突然、城に自分の父親がやってきたこと――
父親が自分の旅に連れて行きたいと言ったこと――
そして、女王が淡々と返事をしたこと――
全てを話し終えたあと、三人とも顔を伏せていた。
が、すぐに顔を上げて、
「そうか……」
「ま、仕方ないわよね。貴方自身が決めたことなんだし」
「お父さんによろしくですぅ。頑張ってくださいねぇ」
淡々と、彼を祝福するでもなく、引き留めるでもない声色で返事をした。
「ちょ、ちょっと! アンタたちそんな淡泊な反応でいいの?」
店の奥からやってきたミレィが驚いた様子でテーブルに近付いてきた。
「はっはっは! いいってことよ! 勇者元気で留守がいい、ってな! その代わり、絶対に帰ってこいよ!」
「お土産楽しみにしていますねぇ。なにがいいですかねぇ? 世界各地の美味しい物とか?」
「もし旅先で面白い本があったら持ってきて貰ってもいい?」
「アンタらねぇ……」
ミレィは呆れそうになった。
だが、当の勇者本人は、まだ笑顔を崩すこともなかった。むしろ、先ほどまでの少し緊張したような顔つきがほぐれたような気さえする。
――あぁ、そうか。
これが、勇者パーティの“絆”なのだ。
ミレィは彼らと知り合って、まだ日が浅い。
人間たちを助けようと始めた店のはずなのに、土足で転がり込んできては、毎回好き勝手にご飯を食べてくる。正直、邪魔臭いと思ったこともある。
だが――
彼らが冒険をする度に話してくれる”経験“に、いつの間にか心躍らされていた自分がいた。
人の精気を喰らうサキュバスであるミレィにとって、これほどまでに愉快なご馳走もそうそうない。これまでに喰らった、どんな男の精気よりも、だ。
そしてまた、次の冒険の前に美味しいご飯を作ってあげようという気になってしまう。
「……分かったっての! 好きなようにすれば? 帰ってきたらまたご飯作ってあげないこともないけど」
「うん、ミレィ! ありがとう! 楽しみにしているよ!」
勇者の笑顔に、ミレィはぽっと顔を赤らめた。
「で、その話、あの子にはしたの?」
「え?」
「姫様だよ、姫様! あの子が一番寂しがりそうだし……」
そうミレィが言うと同時に、店の扉が静かに開いた。
「……勇者、さま?」
話に出てきた途端に現れるセーラ姫。いつものように変装用のローブを身に纏っている。
だが、その様子はいつもとは違っていた。
敷居を跨ぐことなく、呆然と立ち尽くしている。腕を弱々しく組み、身体を小刻みに震わせている。
そして彼女の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「セーラ姫、今の話、聞いていたのですか?」
彼女はこくり、と頷き、
「……本当なのですか? お父上と、旅をする、って……」
「あぁ……」
ディオは思わず彼女から視線を逸らした。
「そんな、わたくし、寂しいです……」
セーラ姫が一歩ずつ、店に入ってきた。ゆっくりと、ぎこちなく。
「……私も同じ気持ちです」
「ずっとこの国にいてくださるのではないのですか?」
「ちょっと、姫様さぁ」ミレィが怒り気味に入って、「そんなワケないじゃん! 勇者だって色んな事情があるんだし、魔王だってまだいるんだからさ」
「……です、よね」
姫の足が止まった。勇者たちのテーブルに近付くのを止めて、後ろを振り返った。
――いつか、この冒険が終わってしまう。
そんな日がここまで早く来てしまうとは思っていなかった。
いや、頭では分かっていたはずなのに、心が追いついていない。
「寂しいかもしれないけどよ、またこの国にも来てくれるって!」
「そうですよぉ。生きてさえいれば、いつでも会えますってぇ!」
「……です、よね」
セーラ姫は再び振り返り、ぱっと顔を明るく照らして、
「絶対、帰ってきてくださいね! 我がサンディーは、貴方様をいつでも歓迎致します」
「姫様……」勇者ディオは少し顔を顰めた後、解きほぐしながら「ええ、お約束致します。必ず、また戻ってきます」
そう言って……
笑顔のまま、セーラ姫は店を飛び出してしまうのだった。
その背中には、どこか哀愁が漂っていた。
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