22話 勇者はみんなに別れを告げた
新入生歓迎会も終わり、もうすぐゴールデンウィークに突入しようかという四月の下旬。
「すまんな、村野。遅くなっちまった」
「ううん、結構いい発表になるんじゃない?」
「ま、ほとんど図書館の本を丸写ししただけだけどね」
「みんなそんなもんじゃないんですかぁ?」
僕、前守くん、須磨さん、そして宗田さんの四人で公民の授業で発表する資料を居残って作成していた。
教室はいつの間にか夕日に照らされて、すっかり薄暗さを増していた。
「こういうとき夕島が一緒ならパッパと終わるんだけどな」
「仕方ありませんよぉ。別の班ですからぁ」
「ご、ごめんね。僕がノロマなばかりに……」
「村野くんが謝ることじゃないでしょ。誰かさんがしょーもない誤字脱字ばっかするから……」
「あんだ!?」
いつものように、前守くんと須磨さんが睨み合っている。
なんだか、この光景も落ち着くようになってしまった。姫川さんや咲場さんとの件を通して、僕はすっかり仲良しグループの一員になってしまっている。
こんな、僕が……
――いけない。
あまりそういう言い方はしないようにしよう。たとえ頭の中でも。
ただずっと眺めているだけだった教室という空間が、少しずつ違う世界に見えてきていた。それは果たしていいことだったのだろうか。
その答えは、またあの小説の続きで考えてみよう。
僕たちは散らばった机の上を片付け始めた。ゴミがたくさん床に散らかったので、僕は掃除用具入れから箒とちりとりを取りに行った。
「おや、お前たち、まだやっていたのか」
教室に妃先生が入ってきた。
「あ、お疲れ様です」
「遅くまで感心なことだ。それで、すまないがこれからこの教室を使ってもいいだろうか?」
――ん?
「俺たちはもう終わるから構わないですけど……」
なんとなく先生の様子がおかしい気がする。
妙に神妙な面持ちというか、なにか難しいことを考えているような顔だ。
僕は急いで床のゴミを片付けて、机を元に戻した。
「それじゃあ、先生。また明日……」
「そ、そうだな……また、明日……」
――やはりおかしい。
なんとなく気になるところだが、ひとまず僕たちは荷物を持って、教室から黙って出ることにした。
「あ、みんな。お疲れ様」
廊下で夕島くんが、まるで僕たちを待っているかのように立っていた。
「夕島!?」
「グループ発表の資料づくり? お疲れ様」
「お前こそ、こんな時間まで何してんだよ?」
「ちょっとね……」
どこか煮え切らない態度の夕島くん。にこやかな顔つきだけど、どこか身体がそわそわと小刻みに動いていて、落ち着いていない。彼もあからさまに様子がおかしい。
「まさか、先生と二人っきりで……」
――おいおい。
前守くん、さすがにそれはデリカシーがないんじゃないかな? 夕島くん怒っているんじゃ……
「残念ながら二人っきりじゃないんだよね」
あ、怒っていないっぽい。スルーしている。
と、そんなやり取りをしていると、廊下の向こう側から誰かがやって来た。
「英雄、待たせたな」
現れたのは、大柄な男性。
スーツ姿をぴっちりと着こなして、顔つきもかなり引き締まっている。前守くんと並んでも身長差はない。
正直、ちょっと怖い人だ。
「あっ、お父さん!」
――えっ?
この人が、夕島くんのお父さん?
「遅れてすまないな。会議がおそくなってしまったもので」
「構わないよ。わざわざ時間を取ってくれたんだし」
「お父様、お忙しい中ご足労ありがとうございます。それでは、こちらへ……」
教室から先生が顔を出してきた。そのまま三人とも教室の中に吸い込まれるように入っていった。
「なんだなんだ!?」
「なにがあったのかしら……」
僕たちが聞き耳を立てようとすると、
「お前ら、帰れって言っただろ!」
「あ、はい……」
教室の中から先生に怒鳴られ、教室の扉がバン! と勢いよく閉められた。
驚いた僕たちはそのまま去っていくことになった。
「なんだったんだろ? 夕島のヤツ……」
「さぁ?」
夕島くんのことが気になりながら、僕たちは昇降口で靴を履き替えていた。
「それにしても、夕島くんのお父さん、凄く怖そうな人だったね」
「そりゃそうですよぉ。警察のトップですからぁ」
警察官だったんだ。道理であんなに威圧感があったはずだ。
「宗田、お前そんなことよく知ってんな」
「ま、まぁ……色々と。聞いたことがあったんでぇ」
どういうことか口ごもらせる宗田さん。なにかあったのだろうか? と気にはなったけど、それ以上問い詰めることはやめておこう。
僕たちは昇降口を出て、帰路を並んで歩き始めた。
「今日は別に進路相談の日ってわけじゃないわよね……」
「夕島がなにか問題でも起こしたとか?」
「まさかぁ。あの夕島くんですよぉ。彼に限って、問題とか……」
――うん。
確かに、彼が問題を起こすような行動を見ることはない。
思い当たることは、特にない。
あるとすれば、隠れてこっそりとなにかをやっていたとか? タバコとか、酒とか、危ない薬とか……
まさか、彼に限ってそんなことがありえるはずもない。
となると、あとは――
「もしかして……」
「まさかとは思うけど……」
――?
なにかみんなに思い当たることでもあるのだろうか?
「先生との関係がバレてしまったんじゃ……」
………………
そんな理由!?
「このご時世だからね、教師と生徒が恋愛関係になっていたと知られたら、そりゃ大問題よね」
「でもあれって夕島くんから告白していましたよねぇ? 今のところ先生は保留にしているって感じでしたしぃ」
「いやいや、それでも大問題だろ! あの怖そうな親父さんだし、どこで怒りが爆発するか分からんぞ!」
――なんだろう。
話についていけない。
いくらなんでも飛躍しすぎな気がする。隠れて付き合って、挙げ句そういう行為にまで発展していたならともかく、あの二人は今のところそういった行為は見受けられない。どちらかというと夕島くんが一方的に優しくしているといった感じだ。
そういえば、あの二人の関係ってあれからどうなったんだろう?
「進展してるの? あの二人」
「お、なんだ、村野。お前も気になるのか?」
「ま、まぁ……」
一応あの告白を目撃していた当事者だし。
小説の今後の展開にも関わってくることだし。
「相変わらずって感じよね」
「先生のほうは、あくまでも生徒として接しているみたいですけどぉ、夕島くんは露骨に先生に近付こうとしていますねぇ」
「授業中も質問する頻度が増えたわよね、明らかに」
――夕島くんさぁ。
あの優等生な彼が、そういうキャラだったのは想像できなかった。愛の力というべきか、少し恐ろしくさえある。
「んで、そういやお前のほうはどうなんだよ?」
「……えっ?」
突然僕のほうに話が振られてしまった。
特になにも思い当たる節がない。
「なにもないけど……」
「あ、そうですか……」
ガッカリしたような顔つきになる前守くんと須磨さん。宗田さんはふふふっと微笑んでいる。
そんなことをしていると、突然、
ピコン!
と、誰かのLINEが鳴り響いた。
「おい、夕島からだぞ」
どうやら前守くんのスマホらしい。
「えっ、もう面談終わったの?」
「みたいですねぇ……」
「あれから、一体なにが……」
――ごくり。
なんだか、僕は唾を飲みこんでしまった。
おそらくは面談の件だろう。
もし、これで……
先生との関係がバレてしまったら……
それこそ大事になってしまう。
「ひ、ひらくぞ!」
「早くしてくださぁい」
目を瞑りながら、前守くんは、ポチッとスマホを開いた。
そして、そこに書かれていたのは――
『みんなには今までお世話になった』
………………………………
えっ………
「どういう、こと?」
僕らが唖然としていると、再びピコン、とLINEの通知音が響いた。
『僕、留学することになったから。ありがとう』




