20話 勇者たちは料理を振る舞った
「ほら、前守ぃ! 包丁の使い方間違ってる! もっとちゃんと猫の手にして!」
「へいへい……ったく、こまけぇな」
「怪我しても知らないからね! てかちゃんと洗った?」
「洗ったわ!」
「前守くん、私が代わるね」
家庭科室の一角。
僕たちのクラスが料理を準備する時間になった。僕たちもエプロンと三角巾を身につけて、ひとつひとつ着実に準備をしていく。
ついに本日、新入生歓迎会が始まる。
最初は僕も乗り気ではなかったけど、段々楽しみになってきた。まだほとんど関わりのない新入生たちがどんな顔で僕たちの料理を食べてくれるのか、少しだけ想像してしまう。
それもこれも――
「お、姫っち! 包丁の使い方上手いね!」
「え、そ、そうですか……?」
「ほらぁ、また敬語! もうタメ口で良いって言ったっしょ!」
「あ、ごめんなさ……ごめん」
和気藹々と、姫川さんと咲場さんが料理をしながら会話している。
あの一件以来、僕たちは何度か子ども食堂に足を運んでいた。子どもたちのいない時間に調理場をお借りして、料理の練習を咲場さんの指導の元、実際に歓迎会で出す料理を相談しながら特訓させられていた。
おかげで、僕も――
「あ、咲場さん。鶏肉の下味ってこんな感じでいいかな?」
「うん、村のんも結構スジがいいね! 結婚したら良い旦那さんになれそうだね! ね、姫っち!」
「そ、そうだね……」
また姫川さんが顔を赤くしている。
もしかして――
照れてるのかな?
咲場さんに料理の腕前を褒められて。
「姫っち、上手くいくといいね」
「も、もう! からかわないで……」
たしかに、料理がこのまま順調に上手くいくといいな。
けど――
こうしてみんなで、ひとつのことを一緒に成し遂げるひとときが、僕にはただかけがえのない時間に思えてきた。
「っと、そろそろ粉をまぶさないと……」
「僕が代わるよ」
夕島くんが慣れた手つきで鶏肉に唐揚げ粉をまぶしていく。
鍋には既に高温に熱された油が、じゅっと音を立てていた。
静かにひとつずつ、鶏肉が放り込まれていく。
「やっぱ夕島も上手だね! 前守もみんなの爪の垢を煎じて飲んだほうがいいんじゃない?」
「そうね、同感」
別の班で作業をしているはずの須磨さんが口を挟んできた。
「須磨っちたちはどう?」
「おかげさまよ。普段魚料理なんてしないから、良い勉強になったわ」
「ですですぅ、後でおひとつお裾分けしますよぉ」
「マジ!? ありがとー! こっちも交換してあげるからね!」
「ほら! そこ二班! 揚げ物をしているときにおしゃべりをするな!」
「はーい」
妃先生に注意され、僕たちは苦笑いを浮かべて黙りこんでしまう。
先生は僕たちの調理台を覗き込むと、ふっと笑みをこぼした。
「しかし、旨そうだな。練習していたとは聞いていたが、予想以上だ」
「でっしょ! 夕島、すっごい料理上手だから。これで結婚しても安泰だね」
「からかうな! ったく、褒めるとすぐこれだ……本当にお調子者だな、お前は。その調子で勉強のほうも頑張ってほしいものだが」
「えへへ……」
咲場さんも指導の成果を褒められて嬉しくなったのか、顔を赤くしてしまう。
この間までの不安そうだった先生とこんなやり取りができるなんて、夢にも思っていなかった。
そんなやり取りをしているうちに、油の中で揚がった鶏肉を夕島くんがひとつ取り出した。香ばしい匂いときつね色に染まった衣が食欲をそそる。
「んじゃ、一個いただき!」
「あ、こら! 前守!」
咲場さんが止める間もなく、前守くんが唐揚げを口に頬張った。
「う、うんめえええええ! すっげー旨いってこれ!」
「ふざけんな! 勝手に喰うなし!」
「いいじゃねぇか! 味見は大事だろ!」
はぁ、とため息を吐いている間に、夕島くんが他の唐揚げを油からすくい上げていく。
「一人ひとつずつなら味見できるからさ、食べてみようよ」
「ま、いいけど。前守はもうなしね!」
「ええええええええ!」
当然だ、と僕は心の中でツッコみながら、箸でひとつ唐揚げを掴んで口に頬張った。
「あふ……」
熱々の唐揚げで思わずそんな声が漏れてしまった。口の中がやけどしてしまいそうになる。
胸肉だからあっさりしている。けど、その分肉汁がしっかりと溢れて、そして柔らかい。醤油味と生姜の風味がしっかりと効いていて、口の中いっぱいにおいしさが広がっていく。
「美味しい!」
「ホント、すごく美味しいよ!」
「うんうん、ウチの指導が上手いから!」
――うまくいった!
僕たちは互いに顔を見合わせて微笑んだ。
「俺、唐揚げってモモ肉派だったんだけど、胸肉も悪くないもんだな」
「そうそう。モモだとガツガツ食べるのにさぁ、胸肉になると途端に食べなくなるんだよね、あの子ら。だからここまで食べやすくするのに苦労したよ」
僕はふと、須磨さんたちの班の様子を眺める。
あちらも揚げ物。ちょうど何かを油からすくい上げていた。
「キスの天ぷら、うまくいきましたぁ!」
「美味しそう!」
ふわっと衣をまとった天ぷらが、次々とバットの上に乗っかっていく。
あちらも上手くいったみたいだ。
――あのとき。
『あのさぁ、ムネはしっかりと揉まなきゃダメだって言ったっしょ!』
『こないだのキスは失敗したっしょ。そっちはまたリベンジね』
『あ、そうそう。ちゃんと皮剥いといてね! 子ども相手だからこそちゃんとやんなきゃダメだかんね!』
僕たちが咲場さんのことを探っていたときに聞いた、電話の会話。
――あれは全部、料理の話だったんだな。
とんだ勘違いをしてしまった。どういう意味に捉えたのかはみなさんのご想像にお任せします。
「ごめん、咲場さん」
僕はその場で平謝りをした。
「どうったの? 村のん」
「あ、その……咲場さんのこと、取っつきにくい人だってずっと思っていたからさ」
僕は口ごもりながら言うと、咲場さんはクスッと笑い、
「いいよ。ウチって誤解されやすいみたいだし。それよりも、子ども食堂のこと、大滝っちに話を通してくれてありがとね! ウチ、どうしてもあの人になんか苦手意識あったからさ」
咲場さんは油を切った唐揚げを、一個一個皿の上に盛り付けていく。形を崩さないように見栄え良く盛る様もまた慣れた手つきだ。
「咲場さん、本当に料理上手なんだね」
「今度私たちにも教えてよ!」
次々と他の生徒たちが彼女に話しかけていく。
今まであまり見えなかった彼女の優しい姿がそこにあった。
クラスメイトの、意外な一面――
いや、それは僕たちが今まで見ようともしなかっただけで、本人にとっては至って「フツー」の姿だったのかもしれない。
僕が描いている”王都サンディー“に、また素敵なキャラクターが生まれた。
「ひとついただきますねぇ」
「私も貰うわね」
別の班からこっそり、先生に見られないように須磨さんと宗田さんが唐揚げを頬張った。
「あっつ……でも……」
「美味しいですぅ! やっぱ咲場さん天才です!」
「でっしょ! だから言ったじゃん」
咲場さんは顎に手を当てて、得意げな顔をした。
「ウチ、アゲるのは得意だって!」




