2話 勇者の物語はいつの間にか始まっていた
「勇者日常譚」とは。
王都サンディーに滞在する勇者たちがちょっとした事件を解決したり、ゆるい日常風景を淡々と流す、至って普遍的なファンタジー小説。
とはいっても、別に書籍化されて大々的に人気が出ているような作品ではない。あくまでも、小説投稿サイトの片隅にポツンと掲載されているだけの存在である。PVだって半年間書いてようやく100を超えた程度だ。たまにいいねを押してくれる物好きが神様に見えてくる。
けど、それでいい。これはあくまで、僕にとって平穏すぎる日常を非凡へと昇華するための自己満足なのだから。
作者は、僕。村人栄。これは勿論ペンネームであり、本名は村野忠人だ。
私立“井海星高校”の三年D組に所属する生徒。
成績も大体中間を維持しているだけ、部活も帰宅部。自分で言うのもなんだけど、本当に地味で目立たない存在。別にそれに対して不平不満を垂れ流すつもりもないけど。
そんなうちのクラスには、学校内外にも知れ渡っている四人のカリスマ生徒がいる。最早名物みたいな存在と言っても過言ではない。
僕が彼らをモデルにファンタジー小説を書いているということは先ほど話した通りだ。というか、何ならこのクラス全体を小説の舞台にしてしまっている。その結果生み出されたのが勇者日常譚だ。
で、その物語に登場する四人の勇者パーティというのが、
「あーあ、俺らもう三年だぜ。そろそろ彼女とか欲しーなー」
そう恥ずかしげもなく大声を張り上げるのは、前守剣くん。
背も高く、筋肉質な彼はアメフト部のクォーターバックとして活躍している。彼のおかげでうちの学校はいくつもの試合を勝ち進んでいる、根っからのスポーツマンだ。ま、反面勉強のほうは僕よりも順位が下なんだけど、そこでマウントを取るのは止めておこう。
そんな彼は、勇者日常譚において剣士の「ルギー」として勝手にモデルにさせてもらっている。
性格は彼と同じくおおらか。だが、魔物との戦闘になれば真っ先に前に出て圧倒的な力で敵を倒す、まさに“前衛”として活躍する男。いつも「彼女欲しい」とボヤく様も全く同じように描かせてもらっている。
「前守くんはもっと静かにしていたらモテますよぉ。まぁ、黙っていればの話ですけどぉ」
柔らかな声で軽い毒舌を放つのは、宗田涼香さん。
所謂ゆるふわ系なウェーブの掛かった髪と、ほんわかした雰囲気の彼女。性格は天然気質でクラスの癒やし系的な存在だが、時折毒舌も放つ。手芸部であり、保健委員でもある彼女は学校一の「お母さんにしたい女子ナンバー1」だ。
そんな彼女を、僕は勝手に勇者日常譚の僧侶「ロッカ」のモデルにさせてもらっている。
癒やし系な彼女にふさわしく、回復魔法に長けている。それだけでなく、精神的に作用する魔法攻撃などもこなす。まさに僧侶という職業がピッタリだ。普段から人助けが趣味な彼女の行いのおかげでストーリーが進みやすくてこちらとしても助かっている。
「宗田さん、甘やかさないの! 全く……これだから男ってのは……」
対照的に厳しめな口調で言い放つのは、須磨法子さん。
学年一の秀才であり、弁論大会、小論文コンクールと文才においても秀でている彼女。見た目も生真面目そうな眼鏡を掛けていて、髪も染めた気配のない黒色。文芸部所属と聞いているけど、部活内では実際どんなことをしているのかは僕は知らない。
そんな彼女は、勇者日常譚の中で魔法使いの「リコ」のモデルにさせてもらっている。
国の中でも随一の魔法使いであり、魔法学園のトップ。当然攻撃魔法が得意であり、また様々な魔導書を集めたり、時には自分自身で書き上げることもある。国が誇るエリートとはまさに彼女のことだと言っても過言ではない。
「ははは、いいじゃないか。僕も剣の気持ちは分かるよ」
「うっせぇッ! お前、こないだも女子から告白されてんだろッ!」
「あぁ、あれは……断った。よく知らない子だったし」
「えっ……それって本当なの!?」
「うん、本当」
とんでもなくけしからんことをあっけらかんと言い放つのは、このクラスが誇るカリスマ生徒。
そして、勇者「ディオ」のモデルとなっている人物――
夕島英雄くんである。
中性的な整った顔立ち、朗らかな性格。前守くんには劣るもののスポーツも万能、須磨さんの次の次くらいには順位が高い成績。その上クラス委員。非の打ち所がないとは彼のことを言うのだろう。当然女子からもモテる。
彼がいなければ勇者日常譚などという話は生まれなかった。
というのも、彼の行動をなんとなく見ていたら、なんとなく思いついてしまい、気がついたら話を書き始めていたというのがそもそものスタートだ。
そんな流れで生まれた物語の主人公、勇者ディオ。夕島英雄くんと全く同じく、高いステータスを誇る、世界を救う勇者。まだ魔王は倒していないが、どういうわけか長いこと王都サンディーに留まっている。
勇者日常譚というのは、そんな彼らがこの国で織りなす物語だ。
一年の頃から何故かつるんでいる四人。分野はバラバラだけど、カリスマ性の高い四人は本当に仲が良い。見ていても飽きない。だからこそ、僕はこの話を書き始めた。
ちなみにサンディーという地名は勿論、三年D組から取っている。書き始めたのは二年の頃だけど、この学校はよほどのことがなければ三年間クラス替えも先生が替わることもないからこの名前にした。語呂も良いし、いずれは三年になるからこれでいいや、と適当に決めてしまった。
彼らだけではなく、このクラスの生徒たちをモデルにしたキャラはちょくちょく出てきている。今のところはほとんど脇役なんだけどね。
「そろそろ時間よ。席に着きなさい」
須磨さんが諭すと、「えー」と前守くんが苦い顔をしながら席から離れた。
いつになく皆が行儀良く着席すると、ガラガラと教室の戸が開いた。
「お、随分と礼儀正しく座っているな。感心、感心。新学期から幸先良いな」
凜とした声で教卓に現れたのは、妃真理亜先生。
シワのないスーツを着こなして、長い髪をたなびかせている女性。つり上げた目は厳格な雰囲気を思わせるけど、誰よりも優しいところがあることを皆理解している。
三年間、僕たちの担任として教鞭を振るってきてくれた、恩師というべき存在だ。
もう分かっていると思うけど、勇者日常譚に出てきた女王「マリア」のモデルでもある。
「起立、礼、着席」
夕島くんが号令を掛けて、僕たちは言われるがままに立ち上がって一礼して、また着席した。もう彼がそういう役目を担っているということは、僕たちの中で違和感なく刻み込まれている。
「久しぶりだな、みんな。春休みは楽しかったか? 今日からお前らは三年生になる。いいか、今年は泣いても笑っても、高校生活最後の年だ。しかも受験やらなんやらが控えている。思い残すことのないように、精一杯過ごしていくんだぞ!」
流石先生。力強い言葉だ。
これも勇者日常譚の台詞に生かせられないものか、と僕はメモを取ることにした。
「つっても、今更うちのクラスでやり残したことってないよなぁ」
「だよなぁ、メンバーも変わっていないし、ほとんど去年とやること一緒なんじゃねぇの?」
「ほほう」先生は腕を組んで鼻を鳴らし、「どうやら刺激が足りんようだな」
「あ、いえ。そういう話では……」
クラス中にどっと笑いが沸き起こる。
けど、確かにそうかも知れない。三年間クラス替えがないというのは、思った以上に退屈なものだ。勢い余って書き始めた勇者日常譚だけど、ネタがなさすぎると話が詰まってしまう。現に今こうして更新が止まっている状況だし。
何か面白そうなネタがあればいいけど――
「安心しろ。そんなお前たちに、ちょいと刺激を与えてやろう。勿論、いい意味でな」
「刺激? というと……」
「このクラスに、もう一人新しいメンバーが加わることになった。つまりは転入生、ってことだ」
一斉にクラス中にどよめきが沸き起こった。
「おおおおおおおおおッ!」
「そいつは楽しみだぜ!」
「男子ですか? 女子ですか?」
「女子だ。とりあえず入ってこい」
妃先生が外へ呼びかけると、教室の戸が静かに音を立てて開いた。
「失礼します」
礼儀正しく改まった口調で、端正な歩き方で教壇の前まで進んでいく少女。
だけど、顔を挙げた途端、彼女の明るい笑顔がクラス中を照らした。
「転校生の姫川聖羅だ。転校生なんてうちの学校じゃ滅多にないんだが、ちょっとワケあってな。今年だけうちのクラスの一員になることになった。みんな、仲良くしてやってくれ」
「姫川聖羅です。皆さん、よろしくお願いします」
深々と会釈をする彼女を見るや否や、クラスの皆が
「よっしゃあああああああああああああああああああああああああッ!」
「メッチャかわええええええええええええええええッ!」
主に男子が大声を挙げて歓喜した。
確かに可愛いとは思う。桃色のふわりとした髪色に、茶色いカチューシャ。礼儀正しそうな佇まいが育ちの良さを漂わせている。今までうちの学校にはここまでの子はなかなかいなかったんじゃないか? ぐらいには思ってしまう。
とはいえ、僕がここから考えることは他のクラスメイトたちとは全く違う方向になる。
――彼女をどうやって勇者日常譚に出そうか?
折角の転校生だし、それなりに特別な存在として出したいところではあるが、そこから勇者パーティとどう絡ませるべきか。悩みどころは多い。
さて、どうしたもんか……
「あれ? 君は今朝の……」
「あっ、貴方は……」
――ん?
なんだか学園ものであまりにもベタすぎる台詞が聞こえてきたぞ。っていうか、この流れって……
「おや、なんだ? 夕島と知り合いなのか?」
「あ、はい。今朝ちょっと……」
「私の自転車のチェーンが外れていたところを、彼に助けてもらったんです」
「そうかそうか。良いことするじゃないか、夕島」
「いえいえ、そんな……」
なんだか夕島くんと姫川さんだけの世界になってしまった。あとそこに先生が加わっているぐらいで。
これは、何て言うか……
――この後の展開、決まってしまったな。




