18話 サキュバスは真実を話した
「で、これ、どういうこと?」
咲場さんが肘をテーブルに突きながら、じっと僕らを冷ややかに見ている。
僕たちは尾行がバレた後、建物の中に招き入れられた。中はカウンター席が七席ほどと、四人がけのテーブルが一つ。大して広くはない。
昨日、咲場さんの姿を見失っあたりにあった、小さなビルの一室。おそらく昨日もここに入っていったのだろう。看板も出ていないし、僕たちが気付かないのも道理だ。
「あはは、ちょっと……」
笑って誤魔化そうとする夕島くんだけど、咲場さんは表情を変えない。
そりゃそうだろう。こんなあからさまに怪しい格好をして、ずっと咲場さんの後を付けてきたのだから。
お店の中では、テーブルに前守くんと夕島くん、そして対面に咲場さんが座っている。カウンターには僕と須磨さん、宗田さん、姫川さんそして後ろに見知らぬ小学生くらいの男の子が座った。
「はぁ、まったく……なんとなく想像ついたけどさぁ。どうせ、ウチがなにやっているか気になったんでしょ」
「……すみません」
「なに? 大滝っちの差し金? それとも、マリちゃん?」
「あ、いや、その……」
「俺たちの興味本位だよな! なっ!!」
前守くんが取り繕おうとしているが、咲場さんからはひたすらため息しか出てこない。
「別にいいけど。ウチは悪いことしているわけじゃないし。それにしても、みんなそんなカッコして、ウケる~」
ようやく咲場さんが笑い出した。
僕たちも釣られて苦笑いしてしまう。
「そういう咲場さんだって、その格好……」
「あぁ、これ?」
咲場さんは黄色いエプロンに、青い三角巾という格好をしている。普段の派手な咲場さんからは全く想像もつかないような姿だ。
「そういえば、いつもの派手な爪も……」
「あれは付けネイル。ご飯を作るのに爪伸ばしちゃダメっしょ」
「ご飯を作るって……一体この店は……?」
僕たちが不思議そうにしていると、店の奥から誰かがやってきた。
「すみれ! 誰か来ているの?」
「あ、お母さん!」
お母さんと呼ばれたのは、見た目若い女性だった。落ち着いた淡い茶髪だが、メイクは薄い。咲場さんの印象とは対照的なふんわりとした雰囲気だ。
「あら、お友達……よね?」
「あ、はい。お邪魔してます」
「ウチのクラスメイトだから気にしなくていーよ。あ、変なカッコしてるけど、無視しといて~。普段はみんなごくフツーだから」
「あらあら、そうなの。いつもすみれがお世話になっています」
深々と頭を下げる母親。本当に咲場さんとはイメージが違うな。
「お姉ちゃん、お腹すいたぁ」
カウンターに座っていた男の子が、しびれを切らしたかのように声を漏らした。
「あぁ、ごめんね。お店の時間まではまだ早いからさ」
「タクマくん、良かったら奥にもらい物のお菓子があるの。おやつでも食べる?」
「食べる!」
そう言って、男の子は奥へと引っ込んでいった。
「それじゃあ、皆さんごゆっくり。あなたたちにも後でお菓子を持ってくるからね」
「いえ、お構いなく」
「うふふ、遠慮しなくていいのよ」
すみれさんの母親は優しく微笑みかけながら、また店の奥に向かっていった。
「優しそうなお母さんだね」
「まぁね。どうせウチと似てないって思ったでしょ?」
ギクッ!
「そ、そそそそそそそんなことはないよ!」
僕は全力で首を振って、取り繕おうとした。
「いいよ、別に。みんなに言われるし」
「あのさ、咲場さん」夕島くんが口を開いた。「ここまで来たら単刀直入に聞くけどさ、咲場さんって一体何してるの? それに、このお店って……」
「ま、ちゃんと話しとくか」
咲場さんは険しかった顔を綻ばせた。
「もしかして……ここって、もしかして子ども食堂、かしら?」
「そっ、須磨っち正解!」
――子ども食堂だったのか!
詳しくは知らないけど、名前だけは聞いたことがある。
子どもたちが無料や安価でご飯を食べることができたり、地域のふれあいの場として開放しているお店だったっけ。
「咲場さん、子ども食堂のお手伝いをしていたんだ……」
「なに、その意外そうな顔? 悪い?」
「ご、ごめん……」
僕は慌てて取り繕った。
「お店はお母さんがやっているの?」
「そゆこと。この辺りってさ、繁華街じゃん。夜のお仕事をしている親が多くてさ。さっきの男の子も、お母さんがバーで働いているんだ」
――なるほど。
「凄いね、咲場さんのお母さん。なかなかできることじゃないよ」
「そうですよぉ。それに、お手伝いしているすみれさんも凄いですぅ」
「別に……たいしたことはしていないよ」咲場さんは少しだけ目を逸らして、「ウチも昔はそうだったからさ……」
「えっ……?」
物憂げな表情を浮かべる咲場さんに、僕たちは少し違和感を覚えた。
「ウチもさ、早くに両親が離婚して、お母さんがずっと一人でウチのことを育ててくれたんだよね。それで、ずっと水商売で稼いでくれててさ……」
「そうだったのか……」
これも意外だった。咲場さんのお母さんをさっき見たときはおっとりした雰囲気で、全然水商売をしているイメージはなかった。
「お母さん、お酒飲めない癖に無理に飲んでて、毎日本当に辛そうだった。ウチはウチで、一人でずっと夜ご飯を食べていたっけ」
「寂しくなかったの?」
「もちろん、寂しかったよ。でも、お母さんが頑張っているって、自分に言い聞かせて。自分で料理や家事を覚えるようになったのはその頃だっけ」
――そっか。
「いわゆるヤングケアラーってやつか」
「へぇ、前守もそんな言葉知ってるんだ」
「馬鹿にすんなよ! そんぐらい知ってる!」
なんか須磨さんと前守くんが口喧嘩を始めたけど、放っておこう。
「でも、今は……」
「それからさ、実はお母さん、再婚したんだよね。つまり、ウチに新しいパパができたってワケ」
明るく、白い歯を見せながら笑う咲場さん。
「お父さんって、いい人?」
「うん、すっごく! しかも銀行のエリートなんだよ。接待でお母さんのお店に行ったときに一目惚れしたらしくて、こっそり会っていたみたい。最初は怪しいと思っていたけど、実際に会ってみたらメッチャイケメンで、マジメで、優しくて! ほら、この画像!」
嬉しそうに咲場さんがスマホの画像を見せてきた。
三人でファミレスで食事をしている風景のようだ。咲場さんの隣にお母さん、その対面に真面目そうに眼鏡を掛けたサラリーマン風の男が座っている。この人がお父さんなのだろう。
「ホントだ、いい人そう」
「でしょ! んで、それからお母さんは夜のお仕事を辞めて、三人で新しい生活を始めたってワケ。でも、なんだろうね。やっぱりウチに寂しい思いをさせていたのが心残りだったのかな? 働いていたお店にはさ、他にもたくさん子どもに寂しい思いをさせている同僚とかいたらしくて。その話を聞いていたからほとんど勢いで子ども食堂始めちゃったってコト」
――そうだったのか。
そんな理由があったことに、僕は声も出ないほどに驚いてしまった。
「優しいんですね、咲場さんって」
姫川さんが思わず呟いた。
「あはは、そんなことないよ。お母さんが一人で突っ走っちゃってたからさ、すっごい心配になって手伝ってただけだよ。お母さん、ホントは料理とか全然できないんだから。ウチが一から教えてるぐらい」
僕たちは揃って、明るく笑い合った。
――なんだ。
僕たちの心配って、なんでもなかったんだ。
咲場さんは、僕たちが思っていたような危ないことなんて何ひとつやっていなかった。ただ、お母さんのことが大好きで、誰かのことを助けてあげたい、優しい女の子だったんだ。
「……僕たち、最低じゃない?」
「うん」
須磨さんが即答した。
「ちょっと待って、須磨さん!?」
「だって、勝手に尾行して、勝手に誤解して、勝手に危ない奴だと思い込んでたんだから」
「……はい」
ぐうの音も出なかった。
僕は心の中で反省すると同時に、またクラスメイトの意外な一面が見られたことになんだか嬉しく思えた。
そんなことを考えていると、店の奥から何か香ばしい匂いが漂ってきた。
思わず僕たちのお腹の虫がぐぅ~っと鳴ってしまう。
「お腹、空いたね」
「ったく、安心したらこれだぜ」
「良かったらさ、ちょっと試食頼んでもいいかな?」
咲場さんが席を立ち上がった。
「え、いいの? そんな……」
「いいって。ウチで出すメニューなんだけど、上手く出来ているか不安だからさ。どうせならみんなで味の感想を言い合おうよ、ねっ!」




