第8話 精霊王は忍び込む (3)
さて、とメディフェルアはグランパス家の屋敷から出た。もう1軒、見て回りたい屋敷があるのだ。
空はすっかり星たちが空を彩る時間帯。
闇夜に紛れてメディフェルアは、ひとりとある屋敷へと飛んで向かった。風の子は、グランパス伯爵へ何のイタズラをしようか魚の子と会議をするらしく、今は誰もいなかった。
やがて辿り着いたのはグランパス家の屋敷よりもだいぶ小さめな屋敷。下手すれば、大手の商家よりも小さいかもしれない。
精霊避けが施されていないのでメディフェルアはかんたんに入り込めた。
換気のために開けられていた窓からするりと入り込んで、話し声がする部屋へと向かう。
(お、いた)
ドアは開けっ放しになっていた。
メディフェルアがそっと覗き込むと、そこには幸せそうな家族が笑って団らんしているようだった。
両親はソファに座り、ラグに座り込んだ少年が両手を広げている。
迎えようとしているのは、リオルと同い年ぐらいの赤子であった。パヤパヤの頭の毛は金色である。
両手を使って、ずりずりとずり這いしながら、時々片手を少年に向かって伸ばしている。
やや時間をかけて少年にたどり着くと、少年に抱っこされて赤子は嬉しそうに声を上げた。
そんな、子どもたちの様子を両親は微笑ましく見つめている。
(……やっぱどっからどう見ても女の子だなぁ)
メディフェアが読んでいた小説の主人公は男であった。
先日彼女が神に告げていたとおり、この小説はジャンルがごちゃまぜにはなっていたものの、メインがBLであるから当然のことであろう。
あの世界観としてもBLはある条件を満たしていれば結婚も許可されており、至極一般的な恋愛観だったとも言える。
だが、この世界はそうではない。
(今まであちこちの国を見て周ってきたけど、異性愛がメインなんだよなぁ。同性愛はマイナーだし、交際までは黙認されていても結婚が許可されていたところはなかった)
どちらかと言えば、そういったマジョリティな恋愛観はメディフェルアの前世で生きていた世界に近いと言えよう。
リオルは小説通り男の子として生まれてきた。
義姉だったミラージュも小説通り女の子として生まれてきた。
しかし、主人公は女の子として生まれてきた。
他の出てきたキャラはどうだったっけ、とメディフェルアが思い返していると、ふと部屋から気になる話が耳に入り、メディフェルアは思考を中断した。
「そんなことはないわ、あなた」
「もう少し、教会の告知が早ければ……アリスにより良い選択を与えられたのにな。うちが引き取ったことで選択肢が狭まってしまった」
(アリス? ああ、主人公のことか……たしか孤児だったんだっけ)
両親が流行り病で亡くなってしまい、ひとり残されたアレンを不憫に思って近所の人が代わる代わる育てていた ―― と、小説内の回想にあったのを思い返す。
そこへ通りかかったこの夫婦、ヤディール男爵夫妻が哀れに思って引き取ったのだ。
(まあ、主人公が魔力をかなり持っていたっていうのもあるんだろうけど)
だからか、メディフェルアは部屋に入るなんてことはせずに廊下から様子を伺っている。
主人公 ―― アリスの魔力量はリオルより下回るものの、多い部類に入る。精霊が見える可能性があるのだ。
別に人間からの認識度を下げればいい話ではあるが、メディフェルアは基本面倒なことはやりたくないのでこうやって原始的な対応をしている。
「教会の告知前だったんだもの、仕方ないわ。あのときは、アリスを引き取る以外にあの子を守る方法がなかったのよ」
「……そう、そうだな」
「子どもたちの幸せのために、がんばりましょう?」
「ああ」
仲良く遊ぶ兄弟をあらためて見つめる夫妻。
それを見たメディフェルアは、ゆっくりと瞳を閉じた。
(小説の中の “リオル” にも、こういう存在がいてくれたなら。あの子もあんなに苦しまなくて済んだんじゃないだろうか)
だが、ここは現実である。
しかも神やメディフェルアが介入したことにより、リオルの道は小説から外れた。
少なくとも、小説の回想にあったリオルの苦難はもう起きないと言っても良いだろう。
(いまのリオルが苦しまないなら、いいや)
部屋の中から引き続き話し声は聞こえていたが、メディフェルアはそっとその場から離れ、屋敷を出た。
主人公がどうなろうが、メディフェルアは興味がない。
少なくとも小説通りでないのなら、リオルと主人公の接点はほとんどないだろう ―― というのが彼女の考えだった。
まさか強制的に関わる羽目になるとは、このときメディフェルアは予想だにしていなかったのである。




