第9話 精霊王は推しと同級生である
―― 月日は流れて。
人間に擬態したメディフェルアの眼前にそびえるは学園の門。
小説の舞台となっていた全寮制、王立ソリューズ魔法学園だ。
その名の通り主に魔法に関して学ぶ学園のため、一定以上の魔力を有する平民も入学対象になる。
金がない平民でも一定以上の魔力があり、申請が通れば国から奨学金が支給されるといったサポートがあり、国がいかにして “魔法” という存在を重視しているのかが分かるだろう。
逆を言えば、一定のラインに届かない魔力持ちはそこまでサポートされない……という部分もあったりするのだが、割愛する。
「メディ? どうしたの?」
真顔で門を眺めていたメディフェルアに、アイボリーブラックの髪色を持つ美少年が声をかけた。
サラサラとした長い髪は後ろに綺麗に三つ編みでまとめられている。紫紺のややタレ目、白い肌。スッと通った鼻筋。
この学園の制服は ―― 日本人が書いた原作の世界観に似ているせいか ―― 高校生のようなデザインの白地のブレザーにズボンだ。襟や裾には、この学園創設者の得意魔法であった風のようなデザインが施されている。
スラっとした体躯のリオルにはよく似合っている。
「リオルんやっぱ美人〜〜〜か〜わいい〜〜〜!」
デレッと唐突に表情を崩して、特注サイズの制服を着ていたメディフェルアは両手で頬を抑える。上着は男子生徒と同じブレザー。この世界の倫理観からか、スカートはふくらはぎぐらいまであるロングスカートだ。
そんないつものメディフェルアに美少年 ―― リオルは「相変わらずだなぁ」と笑った。
メディフェルア風に言えば、リオルは余計な苦難を負わずに成長した。
小説ではその苦難のせいて「自分より下位の立場の生徒には高圧的な態度で当たり散らす性格」になるが、教会の介入によりその傾向は一切ない。
苦労はしたので「純真無垢」とは言い切れないが、優しく周囲を思いやれる男性へと成長してきたのだ。
「美人と可愛いって両立しないんじゃない?」
「するよ! 少なくとも私の目では両立してる!」
グッと拳を握り込んで鼻息荒く宣言したメディフェルアに「ありがとう」とリオルは微笑んだ。
教会に保護されたとしても、属性差別がなくなるわけではない。
神から直接「昨今の属性差別はいかがなものか」と神託を受けた協会側も、なるべくは平等に見るようにと周知を進めているが、染み付いた長年の価値観というものはなかなか変わらないものだ。
そんな中、リオルが引き取られた教会支部にひょっこり現れたのがメディフェルア ―― メディアである。
現在のメディアは、ヴォルカニックサンドと呼ばれる青紫みがかった暗いチャコールグレーの髪色だ。
本来の彼女は鴉羽色、または濡羽色と呼ばれるリオルよりも黒く、美しい髪であるのだが「リオルと仲良くなるため」と多少髪色を明るくしたらしい。
瞳の色は、神から「黒はやめといた方がいいなぁ。この世界の人間にはない色だよ」とのことだったので、今の彼女の瞳は茶色である。
メディアの面立ちは顔に丸みがあるゆえに愛嬌があるように見えるが、いまはリオルにデレデレとしているのであまり可愛いとは言い難いのが現状。
こんな彼女に対してリオルはどうしているのかというと、もういつものことなのでスルースキルが高くなっていったのである。
「これから楽しみだなぁ、メディと一緒に勉強できるの」
「私もだよ~~、がんばって神官試験に合格しようね!」
なお ―― リオルはメディアが精霊王だということを知らない。
幼い頃から一緒に教会で育った幼馴染で精霊の “メディア” だと思っている。
精霊王がいるということは一般的に知られているが、 それが “メディフェルア” という名前の女王であることはごく一部の者にしか知られていない。
精霊と契約すれば分かるのでは? と思われるかもしれないが、よく人間と交流することがある下級から中級の精霊たちは王の名を扱うことを許されていない。
精霊たちの中でも上級ランクに該当する精霊のみが、彼女から許されたときだけその名を口にすることが許されているのだ。
この制約は初代精霊王が作ったようで、メディフェルアは「不便じゃないし面倒だから」という理由で変えることはなく、その制約は今も続いている。
「あ」
不意に、近くの馬車止めエリアに馬車が入ってきたのにリオルが目を留めた。
リオルとメディアがいた場所は歩行者専用エリアになっているから、馬車がここまで来ることはない。
(【今日は入学式。これからきっと、面白いことがあるんだと期待に胸を膨らませながら、兄の手を借りて馬車から降りた。そのとき、ふと門前にいた人と目が合う】)
メディアが小説の内容を頭に思い浮かべていると、キャビンからひとり、この学園の男子生徒が降りてきた。
男子生徒はキャビンに備え付けられていたステップを踏んで軽やかに地面に降りると、身を翻してキャビンの開かれたドアに手を差し伸べる。するとそこから、スッと細い腕が伸びて彼の手を軽く掴んだ。
ゆっくりとキャビンの中から現れたのは、それはそれは美しい女子生徒であった。
太陽に反射して光り輝く金髪、長い同色のまつ毛。パッチリとした二重の薄茶色の瞳。ほんのりと頬に赤みがさしているのは、緊張からか。
(【黒い人、というのが第一印象だった。その人は僕と目が合うなり僕を睨みつけ、嫌そうな顔をしてさっさと門をくぐって行ってしまった。どうして睨まれたのか僕には分からなかったけれど、兄様が「闇のやつなんか気にするな」と笑ってくれた】)
ステップをゆっくりと降りて、地面に足がつく。
ふんわりと彼女の長いスカートの裾が少しだけ広がった。
ゆっくりと、彼女の視線が上がる。
「―― リオル、もういこ」
「え? ああ、そうだね」
彼女と目が合う前に、メディアはリオルの手を引いてさっさと門をくぐった。
(冗談じゃね~~~っての!)
メディアは苦虫を噛み潰した表情で内心叫ぶ。
(ここは似たような世界であって、あの小説の世界じゃないんだから! まあ、今のリオルだったらあいつと目が合ったとしても睨んだりしないだろうけど)
少しでも同じ轍を踏みたくない、というのがメディアの心情だ。
別に小説と同じことをしてやる義理は彼女にもリオルにもないのだから。
(それよりも、リオルの制服姿ちょ~~~似合ってる~~~! 小説の挿絵だと意図的にか小さく描かれてたけど、やっぱリアル最高~~~!!)
彼の学園生活を守るためならば、とメディアは鼻息を荒くした。
―― リオル本人から「困ったら僕から伝えるから。ね?」と宥められて頬をまあるく膨らませて拗ねるメディアが目撃されるのは、入学してから数日後のことである。




