第10話 精霊王は約束を確認する
門をくぐったリオルとメディアは、入学式の会場とされる大講堂へと向かう。
メディアが事前入手した学園の地図は、彼女が前世読んでいた小説で語られていた内容とほぼ同じであった。
かなり読み込んだので、自作で地図を作ったこともある。記憶の中にあるそれとほぼ同じだったとき、メディアの感動はいかに。
メディアの案内で大講堂へと進む道すがら、ふたりにやたらと視線が纏わりついてきた。
その眼差しは決して好意的ではない。むしろ「なぜここに」という害獣を見るかのような眼差しである。
それとなく周囲を見渡せば、同じ新入生であろうカラフルな髪色 ―― 様々な属性の生徒たちが歩く中、黒っぽい色である闇属性を持って堂々と歩いているのはリオルとメディアだけだ。
グレーの髪を持つ生徒や、それよりもやや黒っぽい髪を持つ生徒も見かけるが、まるで何かに急き立てられるように急ぎ足で大講堂に向かっている。
(ふ〜〜ん)
メディアも人間の子として、16年近くこの国で暮らした身ではある。
だから闇属性の子たちが、この国でどのような扱いを受けているのかは理解していた。理解していたが。
(仮にもこの国の見本たる貴族出身の人間が、こんなことしちゃうんだぁ〜〜)
闇属性はその言葉もそうだが、精神系の効果を持つ魔法が多い。
だからこそ「怖い」という感情が生まれるのもメディアは理解できている。
だが、メディアから言わせれば「どの属性も似たりよったりじゃん」なのだ。
火属性は、その火で人間を燃やすことができる。一帯を焦土にすることもできよう。
水属性は、その水で人間の呼吸を奪うことができる。洪水や津波を起こして一帯を押し流すこともできよう。
風属性は、その風で人間を天高く持ち上げることができる。一帯の何もかもを天高く巻き上げ、地に叩き落とすことができよう。
地属性は、その地を揺らしてあらゆるものを崩すことができる。人間が多く集まる建造物を揺り動かし、彼らが逃げる間もなく崩すことができよう。
光属性は、その光であらゆるものを照らし、癒すことができる。その光を見た人間の目を焼き、過剰に癒すことで人間を壊すこともできよう。
(どう扱うかは使い手次第なのに、闇が一番ヤバいです〜、怖いです〜って? ふざけんなよ)
平民は、学ぶ機会が少ないから極端に怖れるということをメディアは理解していた。
だが、この学園に通う貴族子息子女はどうだ。学ぶ機会など、生まれてから16年の間にたくさんあったはずである。
それがないということは。
(頭から腐ってるんだなぁ。どうしようかなぁ)
―― 過去に一度、ここではない国ではあるが、メディフェルアは精霊王としてその力を大いに行使したことがある。
それで人間たちは懲りたのだと思っていたが、どうもそうではないらしい。
さて、どうすべきか。
そう、歩きながら考え始めたメディアだったが、肩を叩かれて反射的に振り返った瞬間、頬をプニッと優しくつつかれた。
頬を指でつついてきたのはリオルだ。苦笑いを浮かべている。
思わず、メディアは足を止めた。
「メーディ。ぶすくれてると可愛くないよ」
じっと無感情にリオルを見つめたメディアだったが、それも一瞬でぶぅっと丸い頬を更に膨らませた。
「どうせぷにぽちゃだも〜〜ん」
「僕は好きだけどなぁ、柔らかいの」
「二の腕もにもにしないでくれる?」
いつの間にかリオルがメディアの二の腕を優しく揉み始めていた。
もちもちふわふわな感覚は、癒される部分があるのだろう。リオルと暮らすために幼い人間に擬態したメディアだったが、よくリオルから揉まれていた。
メディアの実力であれば、人間に擬態するときに理想の体型に変身することも可能ではあった。
だが彼女はあえてそうしなかった。実態とかけ離れた容姿を維持すると魔力の消費が激しくなるし、何らかの拍子に変身が解けたら元の体型になる。
前世を引きずったのか、メディアは精霊として生まれた頃からこのぷにぽちゃ体型である。前世よりはやや成長した感じにはなっているが。
不満がないわけではない。
だが、リオルがこうやって触れてくれるというアドバンテージを考えた上でメディアは「別にいっか」と人間に擬態したときもふくよかなままだ。
「それはそうとメディ。ウォレス様との約束は覚えてる?」
「もちろん」
ウォレスとはすなわち神のこと。
神は時折、ウォレスとなって「様子見」と称してリオルとメディアの前に神官として何度か現れた。神としての業務が他にもあるため頻繁ではなかったが、ある程度交流をもっていたといえよう。
それは神として「リオルに肩入れしているのではないか」とどこからともなくツッコミがありそうだが、神いわく「メディフェルアの監視」である。
彼女はある程度理性を保ち、人間的な思考を持つが “根源” は精霊だ。ちょっとしたきっかけで、人間としての理性は吹っ飛んで精霊として動いてしまう可能性がある。
実際、それで一度事件を起こし、ウォレスが神官としてなんとかしたのだが、まあその話は割愛しよう。
そのウォレス(神)とリオルを交えて、メディアはいくつか約束をしていた。
「なにかあったら報連相するのと勉強する!」
「だれに報連相するの?」
「リオルとウォレス様!」
「よろしい」
うん、と頷いて笑ったリオルはメディアの頭を撫でる。
ウェへへとだらしない表情を浮かべるメディア。果たしてどちらが年上なのか。
(あともうひとつ、ふたつか)
人目ではあるここでは言わなかったが、もうふたつ。メディアはふたりと約束している。
(私が精霊であることは、リオル以外には知られてはならない。精霊王であることはリオルにも知られてはならない)
リオルは前述の事件がきっかけで、メディアが闇の精霊であることは知っている。だが、彼女が精霊王であることは知らない。
もちろん、メディアから精霊王であることを明かすつもりはない。神からも止められている。
「重ねて言うけど、僕を含めた闇属性の生徒は迫害対象になってる可能性が高い。メディが怒るのもわかるけど、行動を起こす前に必ず相談してね」
「なんかイラッとしたら相談する」
「よし」
もはやメディアに対する扱いは幼子そのものだが、メディアは気にしない。
なんせ、推しの子が元気で健やかに生きているので。
再び歩き出し、大講堂へと足を踏み入れたふたり。ざわめきが起こったのは気のせいではないだろう。
指定された席へと移動する間も、周囲がひそひそと声を落として話している様子が見て取れた。
イラッとした表情を見せたメディアにリオルは「メディ」と優しく声をかけて、彼女の手を引いて歩く。
ふたりが指定されていた席は、闇属性の生徒たちが集まる区画であった。
周囲より濃いふたりの髪色に驚く様子を見せる者もいれば、声をかけたそうにソワソワとしている者たちもいる。
(……あ。いた)
区画の先頭付近は、さすがに高身分の者たちが集められているらしい。
その中にメディアは、小説の挿絵そっくりの青年を見つけた。
浅黒い肌に短髪のグレーの髪。小さなスイングピアスをつけた、遠目から見てもガッチリとした体格で背の高い男子生徒。
小説内の当て馬キャラのひとり。ツェルト皇国からの留学生、第四皇子ユリウス・ツェルンガその人であった。




