第6話 精霊王は忍び込む (1)
ウォレス(神)が手配した神官2名が、翌日にはエリーとリオルの部屋へと訪問した。
その様子を遠巻きに見ていた男が慌てたように駆け出す。
メディフェルアはじっとその様子を眺め、スゥッと駆け出した男の後を追った。
多少身なりの良い男は待たせていた馬車に乗り込むと、御者に急がせる。
するりとキャビンに入り込んで、男の向かいに座る。面白がってか、野良の水精霊と風精霊の2体もついてきた。
上級精霊ともなると人型になれるが、中級以下は属性に応じた姿形をしている。
水であれば、魚。風であれば、鳥。
メディフェルアについてきた2体の野良精霊たちは中級だったので、それぞれ魚と鳥の姿である。
しかし、メディフェルアたちは人間に姿を見せる意思がないので、男には見えない。
だからか男はメディフェルアに気づくことなく、頭を抱えていた。
「なんて……なんて説明をすれば……」
そんな男の様子を見て、メディフェルアはニマァっと嘲笑を浮かべる。
《んふふ。ふふふっ》
《楽しそう》
《楽しそうね、女王さま》
爆笑したってこの男や御者は気づかない。
けれどメディフェルアは今じゃないと声を上げて笑うのを我慢した。
馬車はガタゴトと、知らぬ間にメディフェルアと精霊たちも乗せてとある場所へと向かう ――。
日も沈みかける、橙と藍の空が混じり合う頃。
馬が足を止めたのは、立派な門構えを持つ屋敷だった。ただし、止まったのは正門ではなく裏門である。
真っ青な顔の男がキャビンから降りて、裏門の脇にあるドアノックを叩いた。
カタンとドアの覗き窓が開いて男を確認すると、裏門がガチャリと開く。
「どうしたんだジョッシュ。真っ青だぞ」
「……大変なことが起きた。旦那様に、知らせなければ……」
震える声と顔色で門番は何かあったと察したらしい。
気の毒そうな眼差しを向けた門番は「いい酒が手に入ったから、あとで呑もう」とジョッシュと呼んだ男を誘った。
男は弱々しい笑みを浮かべて小さく頷くと、開かれた門の中へと足を踏み入れる。
ガシャンと門は固く閉じられたが、メディフェルアにとってはどうってことはない。
さらには精霊避けのまじないが施されていたが、そんなもの無効化するのはメディフェルアにとっては息を吸うことと同じぐらい簡単なことだ。
《一緒に行く?》
《いくー!》
《行きたーい!》
《ほんじゃま~、チョチョイのちょい!》
まるで何かを絡め取るかのように、人差し指を立ててくるくると回したメディフェルアは、ポンと見えない何かを放り投げる仕草をすると2体の野良精霊たちとともにメディフェルアは屋敷へとスッと入り込んだ。
鼻歌を歌いながらスイスイと屋敷内を探索していたメディフェルアの耳に「そんな馬鹿な話があるか!」と怒声が届いた。
声のした方に飛んでいけば、暗がりの廊下に3歳ぐらいの幼子がひとり、大きなうさぎのぬいぐるみを抱えて立ち尽くしている。
幼子の顔には縦方向に光の帯が映っており、少し開いているドアの隙間から室内の明かりが幼子の顔をほんの少し照らしているのが分かった。
《やっぱこの子は女の子か》
なるほど、と頷くメディフェルアだったが、すぐにまた聞こえてきた「なんとしても連れ出せ!!」という怒声に意識が引き寄せられた。
ドアの隙間から覗き込めば、醜悪な表情を浮かべた男が、先ほどメディフェルアが追いかけてきた男に向かって怒鳴りつけている。
「あの年頃にしてあれほどの濃い髪色ということは、相当な魔力量を保有しているということだ!! 闇であろうが我が家に富をもたらしてくれる福音のようなものなのだから逃す手はないだろう!!」
「でっ、できません! あの子どもの引き取り先が教会なんです!」
「……教会、だと?」
「先日、教会から発表された神託をご存知でしょう? 『魔力量が多く、15の齢に満たぬ者を持つ家族は教会で庇護を願える』と!」
「ぐっ……!」
中途半端な魔力量の者はいらない。原則、王侯貴族が欲するのは多量の魔力であり、これは慈善活動ですらない。
《自分の子どもすらまともに育てられない奴が、他の子を求めるんじゃないよこの間抜けが》
吐き捨てるようにメディフェルアは呟く。
稀に、良識ある貴族がいてたまたま貧困に喘ぐ魔力量が多い子の家族を保護し、その一家を家族同然に育成させるケースもある。だが、本当に稀である。
大抵は貧困だろうが裕福だろうが「平民でその魔力量の多さは宝の持ち腐れであり、国家の損失である」として強制的に親元から引き離し、家族を壊すケースがほとんどだ。
そして室内で悔しそうに歯ぎしりをしているこの男 ―― グランパス伯爵は小説内でも登場しており、当然、リオルの引き取り方も育て方も貴族らしかった。
小説内でもできていなかったからというのもあるが、現実でも「我が子同然」に育てることはできないだろうというのはメディフェルアでもすぐに分かった。
なんてったって、先ほどから廊下に立っている我が子の気持ちすら察することができないのだから。
メディフェルアは視線を幼子へと向けた。
青色の髪を持つ幼い少女は、父親の言葉を理解したのかぎゅっと唇を噛んで震えている。
それでも泣かないのは、少女のちっぽけなプライドからだろうか。
(小説でもそうだったけど、この伯爵家の嫡子として難しいお勉強を始めたばっかりだっていうのに、肝心の当主である父親が「あっちの方が優秀だ!」って他の子探したら歪むわなぁ)
小説の中では “ミラージュ” と呼ばれていた少女は、リオルがグランパス伯爵家に引き取られた辺りから素直だった性格が歪んでいったとされていた。
自分よりリオルは魔力量が多い。
自分よりリオルが父親の関心を得ている。
そして何より、リオルがあの “闇属性” であること自体が許せなかった ―― とは、小説内の “ミラージュ” が後に語る言葉だ。
「ああ、あの発表さえなければ、あの子どもを養子にして我が家の地位も向上できたのかもしれないのに!」
グランパス伯爵の発言に、とうとう幼子の目から涙が溢れた。
幼子でもはっきりと分かる自分以外を求める父親の姿に、泣かずにいられようか。歪まずにいられようか。




