第5話 精霊王は推しに名を呼ばれて悶える
「リオルが巻き込まれる可能性を教えていただき、ありがとうございます。……リオルが理不尽なことに巻き込まれないように私の方でも何かできないか、調べようかと。夫はまだ戻れませんし……」
「そういうときの教会ですよ、エリーさん」
にこり、とウォレスはエリーを安心させるように微笑んだ。
「提案なのですが、ご家族で我が教会の庇護下に入りませんか?」
「え?」
「そうですね。避難といった方が正しいでしょうか。あなた方からご子息を取り上げようとする輩から逃げるために。15歳になればご子息の意思によって自らの未来を決めても問題ないでしょう。我が教会はご存知のとおり、王侯貴族からは不干渉を是としています。例え、ご子息を狙う輩が貴族であろうが誰であろうが、本人の意志なく神の御下に保護された者を引き渡すことはありません」
―― この避難、もとい保護制度は先日作り上げられ、全世界の神殿に告知されたばかりのものである。
元々、ウォレスのところにはこの手の相談が来ていた。
貴族や富裕層たちの思惑で平民の子どもたちが親から取り上げられると。中には渡される報酬に目が眩んで渡す親もいるが、多くは子を取り上げられることに怒り、泣きながら抵抗した末に、金銭を投げつけられて取り上げられる。
平民から貴族を訴えることはできない。平民に対して何かをした貴族に対して、貴族を処罰する法律を整えている国は、世界にある100近い国々の中でも両手で数えても余るほど。
(子盗りが特定の地域だけで起きているのであれば「そこでなんとかせい」って言えたんだが、世界中で起きていることが最近分かったからなぁ。儂が動かぬわけにもいかん)
神とて全知全能ではない。メディフェルアがかつて言っていた「創作上だけど、前世には過去現在未来全てが記録されているアカシックレコードっていう概念はあったよ」なんて便利なものもない。
基本、地界のことにはあまり関与しないのだが、今回ばかりは影響が大きすぎた。
後手になっているが「やらないよりはいいっしょ」と冥界の管理を任せている魔王から言われたこともある。
制度のことを聞いたエリーは「そんな制度が」と心底驚いた様子だ。
「つい先日公布された制度ですので、ご存知ないのも無理はないかと」
「あの、知り合いにこの制度について伝えしても?」
「もちろん。ただし、教会の庇護下に際して『子どもの意思を尊重する』とご両親が神二王の御前で明言する必要があります」
「はい、理解しております」
「恐縮です」
地には地の理がある。
神、精霊王、魔王 ―― 神二王と呼ばれる、この世界のトップに君臨する彼らの力をもってすれば、すべての子を救うことなど容易い。
だがそうしてしまうと均衡が崩れてしまう。
何かあればすぐ神二王に頼れば良い。そうなってしまっては困るのだ。
となると、地界でできる範囲というのは限られている。
教会で保護しなければいけない家族とそうでない家族に線が引かれることになってしまうが、そうでない家族には別な支援をすることにした。
その詳細はここで語る必要はないだろう。いま必要なのはリオルの保護だ。
「それでは、保護をお願いできますか。この子は属性ゆえに苦労するでしょうけれど……少しでも、この子に多くの道が選択できるように」
「承知いたしました。それでは、本日中に手配をしましょう。明日か明後日には神殿側から迎えが来るはずです。詳細については迎えの者がご説明しますので遠慮なくお聞きください。それと、もしよろしければご夫君へは、教会経由で騎士団に連絡しましょうか」
「まあ。では、お願いいたします ―― あら」
ふと、視界の端で捉えた光景にエリーが微笑んだ。
ウォレスが振り返ると、上体を起こしておすわりをしているリオルがいた。ふらふらと頭が少し揺れていてやや不安定さはあるものの、背中が支えられているため問題なさそうだ。
なお、その背中を支えているのはべしょべしょに泣いているメディフェルアである。
《おすわりした……おすわり……私の手なんていくらでも使っていいよぉ……》
「精霊様に手伝っていただいたの? 上手におすわりできたわねぇ」
「まんま! めぇ!」
「めぇ?」
こてりと首を傾げるエリーに、リオルはメディフェルアを見上げて「めぇ!」と言った。
重い頭を後ろにやったからかそのままころりと後ろに転がったが、メディフェルアが背中と頭を支えてゆっくりと転がしたから問題はない。
だからだろう、エリーが急ぐ様子もなかった。
エリーはリオルに歩み寄り、寝返りしてまたずり這いしようとしていたリオルを抱き上げる。リオルは「きゃー」と嬉しそうに笑い声を上げた。
そんなふたりの様子を見ながら、両手で口を覆いながら絶句してるメディフェルア。
「めぇ、めぇ!」
「まあ。精霊様は “めぇ” というお名前なのかしら」
まあつまりは、メディフェルアの名の一部をリオルから呼ばれているということだ。
その感激で言葉が出ないらしい。もう泣いている。
ウォレスはその様子に苦笑いを浮かべながら、さらに追い打ちをかけてやることにした。
だって彼女にはこれからも働いてもらわなければいけないので。先払いの褒美だ。
「私も精霊が見えるのですが、この精霊の名は “メディア” と言うようです」
《エッッ》
「まあ。いつもリオルの様子を見てくださっているのはメディア様というのですね。いつもありがとうございます」
《ああああ、リオルのお母さんのエリーさんも眩しいッ》
きらきらとしたエリーの無垢な笑顔にメディフェルアがノックアウトされた。
まあ、リオルの母親だものな……とウォレスは思いながら、エリーの腕に抱かれているリオルを見る。
(まあ、メディフェルアが入れ込むのも分からんでもないな)
総じて、赤子の魂は美しい。
年を経るごとにその美しさは減っていくが、リオルの魂は、神が今まで見てきた中でも一等美しかった。
強い、強い闇属性の力を持つ子。
母であるエリーも若干ながら闇属性の力を持つ。それゆえに、いくらか苦労をしてきただろう。
ノックアウトから戻ってきたメディフェルアは、グッと拳を握って天に向かって突き上げる。
《よーっし! リオルとご家族を幸せにするぞ! おー!》
「おー?」
なんのことだか理解できていないリオルも、メディフェルアを真似するように腕を伸ばす。
(―― お前さん自身の幸せはどうするつもりだ、メディフェルア)
精霊たちだって愛だの恋だの、その一生を謳歌しているというのに。
神ことウォレスは、そっと目を閉じた。




