第3話 精霊王は自慢する
眉間に皺を寄せ、睨みつけてくるメディフェルアに神は苦笑いを浮かべた。
まるで獣のように唸りながら、メディフェルアはぽつりと呟く。
《騙した》
「騙しとらん」
《騙した!! リオルの幼馴染になれるって言ったァ!!》
地団駄 ―― 実際には彼女は宙に浮いているのでその足は地面を踏めていないのだが、まるで地団駄を踏むかのように彼女は足をバタつかせた。
齢一千年の婆ではあるが、見た目は若い、本人に言わせれば “ぽっちゃり” の女性である。子どもではない。
そんなメディフェルアの様子に「騙しとらん。まだ時期ではないということじゃ」と呆れた神が言えば、メディフェルアは丸い頬をぶぅとさらに膨らませた。
拗ねたのか、神に背を向け、その場でふわりと浮いたまま膝を抱えて丸くなっている。
神はひとつため息を吐きながら、長い口ひげを撫でた。
「お前さんの出番はもう少し後。リオル一家が『教会に保護された』後じゃ」
《……リオルたちが保護されたら、私も人間の孤児として、教会に保護されればいいんですよね》
「そうじゃ。なんじゃ、理解しとるではないか」
《私としてはすぐにでもリオルの傍で守りたいんですぅ。今はそれを我慢してるだけ》
「……だからお前さんが王として選ばれたんじゃろうなぁ」
《え?》
「なんでもないよ。ところでメディよ」
《はい?》
「あそこにおる赤子がリオルじゃな?」
神が指さした先はとあるアパートメントだった。
ちょうどそのアパートメントの階段を、買い出しの荷物を持って上がっている灰色髪の女性がいた。その女性の背にはおんぶ紐があり、女性の背でフリル付きの可愛らしい帽子を被った赤子がすやすやと眠っている。
メディフェルアは目を瞬かせながら「うん」と頷いた。
《そうですね》
そもそも、この世界が異世界で出版された物語の舞台とは思っていない神ではあるが、一応メディフェルアの言うことならばと信じていた部分もあった。
フフン、と我がことのように胸を張ったメディフェルアは自慢げに告げる。
《かわいいでしょう? 綺麗でしょう?》
「それはそうじゃが……本当にその小説の ”令息” と同じ人物だと思っているのか?」
《いいえ?》
「いいえ!?」
《実際にこの子見て『守りたい……この命……!』って推しと同じパッション感じたのは否定しませんけど。家庭環境やら膨大な魔力量やら闇属性やら、似てるところはあるっちゃありますがこの子はこの子です。ま~、主人公が男じゃなくて女になってたのにはびっくりしましたけど》
あっけらかんと告げられた内容に神は目をひん剥いた。
いや、聞いていた。たしかに神はメディフェルアから小説の内容を軽く聞いていた。
だがリオル(分厚い)とその他登場人物(超薄い)の紹介の差が激しすぎて、頭に入ってこなかった、というのが正しいかもしれない。
もっぱら聞かされていたのはリオルへの愛である。そういえば、リオルの婚約者とされた相手も令息だったような。
「メインキャラは王子やら貴族の息子やら商人の息子やらって言ってなかったか? 儂、そもそも主人公は女だと思っとったぞ」
《あれ、言ってませんでしたっけ。男ですよ》
「言っとらんわ」
神のツッコミに一度目を閉じたメディフェルアが、静かに答える。
《そこら辺、あんま重要じゃないんですよね。あの小説の世界観って異性愛、同性愛なんでもござれとちょっと異色だったんで。現実世界の価値観に落とし込んだら『まあ主人公女の子にしないといけないよね!』って感じでしかないですけど》
「なんじゃその読者に叱られそうなごちゃまぜ具合は」
《私は雑食だったのでイケたしハマりましたけど、メインはBLですよ、あれ》
がっくりと神は肩を落とした。
だがすぐに「まあいいか」と思い直す。
彼女が “小説世界” と “現実世界” の差をしっかりと理解してるのは僥倖である。ここでメディフェルアが「リオルがリオルじゃない」と言い出すと、今までの準備がパァになるのだから。
それにしても、リオルという少年への熱愛は凄いが。
なお、神がNLやらBLやらGLやらを知ってるのは、メディフェルアが影響している。
彼女の推しキャラを理解するには上記の用語は必須だったので。どうしても理解しなければいけなかったというか。
そこでほんの少し、神の何かの扉が開きかけたのは置いておく。
さて。
ここまで、神とメディフェルアはアパートメントが見える位置でこっそり窺いながら話している。
人通りが少なく、近くの建物には真っ昼間だからか、誰もいないのは幸いした。
なんせ、傍から見ればややダボついた神官の格好をした、少し腰の曲がったてっぺんハゲの爺ひとりが喋っているようなものだから。なお、月桂冠はない。
誰かの目に入れば「変な神官様がひとりで喋ってる=偽物なのでは!?」と疑われても仕方がない。実際、偽物の神官が出る事例はいくらかあるので。
しかし驚くべきことに、神が手のひらから淡い光を出し、自身の足元から頭までその光を浴びせると、淡い光が全身を覆ってぐんとその容姿が変わった。
輝く、サラサラと風になびく白髪。
美しい白の睫毛は長く、ゆっくりと開いたその瞳の色は太陽を思わせるかのような琥珀色。口元のヒゲは一切なくなり、すっきりとした顎が見える。
老人の細かった体躯は、程よい筋肉がついた体躯に変わり、ダブついていた神官服はぴったりとその身に添う。
曲がっていた腰などなかったかのごとく、ピンと背筋は伸びていた。
《お〜〜……相変わらず詐欺だぁ》
「詐欺じゃないよ。これも私だ。さて、そろそろ行こうか」
声も若くなった神は、神官に配られているフラットキャップと呼ばれる大きな四角っぽいベレー帽を被った。斜めになったベレー帽の左、神の左耳側には神殿所属を表すワッペンがある。
神殿とは、この神と精霊王を崇める組織である。そのため、ワッペンには神が持つとされる光り輝く儀仗と月桂冠、聖霊王が持つとされるハープと赤い宝石が特徴のティアラが描かれていた。
神は颯爽と建物の影から歩み出た。
目的はそう。リオル家である。




