第26話 精霊王は説明する
―― 結果から述べるならば、解呪は一部成功した。
やはりメディアが懸念していた通りリオルの魔法も効きが悪く、意識がないまま悲鳴をあげ、のたうち回るテオドールをリオルとユリウスが必死に抑え込んだ。
途中、自分の舌を噛みそうになったテオドールの口に腕を突っ込んだのはなんとジェーンである。
加減なく噛まれ続けるのは激しい痛みだろうに、ジェーンは目に涙を浮かばせながらも決してテオドールの口から腕をどかさなかった。
結界維持のため、多少離れたところにいたミラージュでさえ青ざめるほどの暴れようであった。
周囲はすでに暗くなっており、東屋に取り付けられていた灯りの魔道具が点いていた。
ミラージュの結界は解除され、空に星がちらほらと現れ始める。
「テオドール殿下に巻き付いていたのは “魔力の糸” のようなものなんだよね」
ミラージュが水属性特有の治癒魔法を使い、ジェーンの腕に残っていた血がにじむほどの痛々しい噛み跡が綺麗に消えた頃、メディアはポツリと呟いた。
その言葉にぐったりとしていたリオルもユリウスも、治療を終えたばかりのミラージュとジェーンもメディアへ視線を向ける。
メディアの隣で昏々と眠り続けるテオドールの顔色はさきほどよりは血色が増しているようで、苦しそうな様子もいまのところはないようだ。
くるくると、メディアは両腕を組んだまま右手の人差し指を回す。
「で、この “糸” なんだけど。基本的には絡まれた側の魔力ではねのける、もしくは絡まれてもすぐほどけるはずなのよ」
「だが、テオドール殿はそうではなかった」
「そう。たぶん、”糸” を絡めてきたあの人の魔力とかがテオドール殿下よりも強かったのね。ちゃんと視るとね、テオドール殿下本人が視えないぐらいに絡まってんのよ。ねえ、リオル?」
「うん。目に魔力を通してテオドール殿下を視ると、糸だらけで……まるで人型の繭のようだった」
メディアの前世風に言い表すのであれば、エジプトのミイラが近いかもしれない。
包帯が糸に変わったとはいえ、とんでもない量の糸で頭から足のつま先まで全身覆われていたので異様そのもの。それを視たリオルは顔を引きつらせたし、メディアは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたのだから。
現在は繭人間のような状態から若干改善し、頭部は目元のみ、腕は手から手首までが露わになっている。
だが全体から見ればまだまだだ。
「これを全部、一気に取っ払うこともできるよ。でも一気にやるとテオドール殿下にものすごく負荷がかかるから、耐えられなかった場合は最悪死んじゃうね」
「っ、そんな……!」
「殿下の命を守るなら時間をかけて解呪していくしかない、ということね。いまはどのぐらい解けたの?」
「んー……10分の1ぐらいかなぁ。解きやすいところから進めてるんだよね。解きにくいところが絶対あるはずだから、完全に取っ払うにはもっと時間かかるし、またかけられたら今日の苦労がオジャンになるよ」
つまり、こうなった元凶であるアリスをテオドールに近づけさせないようにしつつ、解呪を地道に進めていくしかない。
できるかどうかではない。ここまできたらもう、あとはやるしかない状況ではある。
でもなぁ、と思いながらメディアはミラージュとジェーンへと視線を向けた。ふたりとも難しい顔をして顔を見合わせている。
たとえメディアがアリスの日記を見つけていなかったとしても、昼間の彼女の行動を見ただけで分かるだろう。
あの娘は盲目的で、自分の欲望に忠実だ。元からある慣習など無視する。
だからこそ身分差のあるテオドールやフィリップに近づいたのだし、婚約者がいるジャックのそばにいるのだろう。まあ、近寄られて突き放さない男側にも問題はあるが。
しばし、考えていたジェーンが顔を上げた。
「王家に報告すべき事案です。でも、メディアさん。あなたやリオルさんが視ているその “糸” は、闇属性の方以外には視えないのでしょうか。たとえば、同属性の方とか……」
「ん〜〜〜。なんていうかね、対極属性の魔力に反射して視える感じなのよ。反発し合うからこそ反応するというか。逆に闇属性が “糸” や “壁” みたいなのを作ったら、光属性しか分からないよ」
「そうですか……だとすると、王家にテオドール殿下の不調の原因を説明するのは難しいですね」
(まぁねえ。それはそう)
この国の闇属性への偏見はそれなりに強い。
ユリウスが留学してこれるレベルではあるが、民間人の間でも相当嫌な思いをすることが多いのに、貴族界隈となればどうなることか。
特に、闇属性の人間が王城内で働くのは難しいだろう。良くて地方の役人だ。
精霊としてのメディアが王家へ説明するのが合理的だろうが、闇属性の人間に偏見があるということは闇の精霊への見方も同じこと。
ただ、メディアにとって意外だったのはジェーンである。
あの父親の教育の賜物か、ミラージュは闇属性に偏見はほぼないのは理解できた。
しかしジェーンは公爵家の娘で、王家に近い家系である。
わりと闇属性に忌避感を持っていそうなイメージだったが、テオドールを救うためにメディアに助けを求めたり、メディアの話をきちんと聞いている辺りそこまで偏見は持っていなさそうだ。
まあ、社交界は腹芸とも言われている。彼女がただ、表に出さずに最善の一手を求めているだけかもしれない。
それはそれで王子妃候補としてご立派だということだろう、とメディアは勝手にまとめた。
「……父に相談します。父であれば、何かしら良い案が出るかもしれません」
少し考え込んでいたジェーンは、顔をあげて提案した。
ジェーンの父はカリスタ公爵という、国の中枢にいる大臣のひとりだ。
娘である彼女が闇属性に対して理解があるのであれば、もしかしたら彼もそうなのかもしれない。いまはそう願うばかりである。




