第25話 精霊王は力を貸す
目の前のメディアが精霊であるという事実に呆気にとられていたミラージュとジェーンであったが、先に正気に戻ったのはジェーンであった。
「人の姿をとれるということは、人間に協力することは滅多にないという上級の……」
そう呟いたジェーンは一歩、前に出る。
丸い頬を両手で挟み込んで「どうしようどうしよう」と青ざめながら呟いていたメディアはその動きに気づいたのかピタリと呟くのを止め、手を下ろし真顔でじっとジェーンを見つめた。
両手を胸の前で祈るように組み、真っ直ぐな眼差しでジェーンはメディアを見つめる。
「精霊メディア様、お願いです。どうかテオドール様をお助けください。わたくしにできることであれば、なんでもいたします」
「なんでも? なんでもって言った?」
「え、ええ」
「メディ」
反射的に返した言葉にリオルから叱られてしまった。
そのことにメディアは口を尖らせながらも、両腕を組んで視線を空に向ける。
正直な話、ジェーンの話に乗る理由がない。
だが、彼女がテオドールを助ける対価として「なんでもする」と言ってくれたのだ。乗らない理由もない。
リオルを見れば、彼は強い眼差しをメディアに向けている。それは長年の付き合いからどういったものかメディアには分かっている。キュッとメディアは口を閉じた。
(も〜〜〜、リオルってばお人好し! でもそんなところも推せる!)
やっぱり、リオルは優しいのだ。
メディアはそこまで考えた後、腕を下ろしてジェーンへと向き直った。
「いいよ」
「本当ですか!?」
「ほんとほんと。んー、じゃあ3つだけ叶えてもらおうかな。まあでも、ジェーン様にとって理不尽なことはお願いしないようにするよ。リオルのチェックがあればきっと大丈夫!」
「そうとは限りませんわ」
「え」
先ほどよりは落ち着いた様子のミラージュの言葉に、メディアは目を瞬かせる。
ミラージュは少し迷った様子を見せながら、リオルに話を振った。
「リオルさんはわたしたち貴族の慣習に詳しくて?」
「え? いえ、あまり……」
「たとえリオルさんが “良い” と判断したことでも、わたしたちの身分では “ならぬ” ことがあります。ですから、リオルさんやメディア様にはかんたんに叶えられるような願いでも、わたしやジェーン様にとっては難しい願いの可能性もあるのです」
「そっかぁ。じゃあ、ミラージュ様に確認すればいいね!」
にこーっと笑ってそう言ってのけたメディアに、ミラージュは頭を抱えたい衝動を抑えた仕草を見せながらも、最終的には「……はい」と答えた。
リオルのチェックで不十分ならば、貴族の誰かにも確認してもらえば良い。
幸い、メディアたちにバッジを与えたのはミラージュだ。それならば、ミラージュに確認してもらえれば問題ないだろう。
(ミラージュとジェーンも交流があるみたいだし。まあ、きっと大丈夫でしょ)
「あ、あと今までどおりメディアでいいよ。様づけはいらないし、かしこまったのもあんまり好きじゃないんだよね。普段からそういう喋り方してるなら仕方ないな〜とは思うけど、気軽に接してくれて構わないよ。いまは」
精霊王としての立場であればそうはいかないが、いまのメディアは闇の上級精霊である。
リオルと楽しく学園生活をするのであれば、メディアが精霊であることは極力伏せておいた方が良い。もともと彼女が堅苦しいのは好まないというのもあるだろう。
瞳を細めて笑うメディアにミラージュはとうとう眉間にしわを寄せたまま空を見上げた。
やがて小さくため息をついて視線をメディアに戻すと、「分かったわ」といままで通りの言葉遣いで了承の意を見せる。
その様子にメディアはにこりと笑った。素直な子は精霊に好まれやすい傾向があるが、それはメディアにとっても例外ではない。
精霊召喚によって契約を結ぶ者が多い中、ミラージュは珍しくミスト ―― 精霊側から契約を持ちかけられた側だ。精霊に好まれる人間なら、よっぽどのことがない限りメディアにとっても好ましい人間であることには変わりはない。
それは小説の登場人物だから云々のレベルではなく、精霊の本質である。
「じゃあちゃっちゃとテオドール殿下の負担を下げますか〜。リオル、手伝って」
「うん、何をすればいい?」
「たぶん暴れるからとりあえず【眠りへの誘い】をかけてあげて。ユリウス殿下は、腕力に自信ある?」
「ああ、それなりに鍛えているつもりだ」
「テオドール殿下自身がこの魔法……もはや呪いだね、呪いに抵抗できてること自体、魔法に耐性がある可能性がある。光とは対極の魔法だから効く可能性の方が高いはずだけど、万が一、リオルの魔法が効かなかったらリオルと一緒に抑え込んで。リオルもいい?」
「承知した」
「分かったよ」
頷いたユリウスが、ベンチで横になっているテオドールの足元へ。リオルは頭の方へ。メディアは胴体の前に陣取った。
恰幅のよい体で腰に手を当てたところで「そうだ」と思い出したようにミラージュとジェーンふたりに振り返る。
「解呪中は音避けの結界を張ってもらえる? ここの入口を開ける手順を書き換えたから、彼女が教師に訴えてこっちに来る可能性も否定できないんだよね」
「それなら、わたくしが」
「いえ、ジェーン様はテオドール殿下のおそばに。わたしが結界を維持します」
ミスト、とミラージュが声をかけると普段は不可視の精霊が可視化された。
空中を水のようにとらえ、ミラージュの周りをゆうゆうと泳ぐ魚の精霊 ―― ミストが『まかせて!』と答えた。
ミラージュの呪文を唱える言葉とともに、ミストが水を生み出しながらミラージュの頭上をくるくると回る。すると、その水が薄く広がっていく。
やがて、東屋を中心に半径3メートルぐらいの薄い水の膜が出来上がった。
太陽に反射すればそこに何かあるとは分かるが、いまの時刻は夕刻。
ノブレスの校舎に遮られて周囲が薄暗くなり始めている頃だ。これならすぐにはバレないだろう。
ジェーンはなるべくテオドールに近づきながらもメディアたちの邪魔にならない位置で立ち止まり、腹の前で両手を握りしめた。
「じゃ、はじめよう」




