第23話 精霊王は書き換える
放課後。
ユリウスに言われたとおり、リオルとメディアはカフェテラスへ向かっていた。
ふたりのブレザーの襟には、ミラージュから受け取ったバッジがつけられている。
このあとユリウスに連れられて向かう先がノブレス校舎の敷地内だ。これがないと、コモンのふたりは向こうの校舎に入ることができない。
「メディ、昨日は何をしたの?」
「ん~。散歩してたら偶然、鳥かごの子を見つけたのよ。そこにユリウス殿下がいたって感じ」
「なるほどね。殿下が僕らに協力を仰いだのは、メディの発案か」
「さすがリオル。よく分かってるぅ」
「でもだからといって、黙っていたことには変わりないよ。次からは、事後でもいいからちゃんと僕に話してね」
「リオルもね」
そう返されるとは思っていなかったのか、リオルは何度か目を瞬かせた。
しかし思い至ったのだろう。「ああ」と呟いて、それから眉尻を下げながら「ごめんね」と返した。
リオルが何人かのノブレスに絡まれていたのをメディアは知らなかったし、リオルも告げていなかった。
彼自身は「大したことではない」と考えていた。だが、メディアにとっては話してもらいたかった内容だった。
それはメディアも同じだ。メディア自身は「大したことではない」と考えたが、リオルはそうではなかった。ただそれだけのこと。
「ちなみに、どんな人に声をかけられたの?」
「うん? どんな……まあ、1回限りの人が多かったからあんまり覚えてないけど、ひとりだけ変なこと言いながら来た人がいたよ」
「変なこと?」
「うん。『あなた、本当は私がヤディール家に引き取られたように、グランツ家に引き取られるはずだったでしょ? なのになんで平民のままなの?』とか」
メディアの足が自然と止まった。
隣を歩いていたリオルもすぐ気づいて、足を止める。
「メディ?」
「それって昼間のアリスって人?」
「ああ、そうだね」
「他になんか言われた?」
「そうだなぁ。しばらくしてから『あなたが来ないから話にあったイベントがなかった』とか『リオルは悪役令息なんだから、ちゃんと役割をこなして』とか、変なことばっかり言ってきてたよ。訳がわからないから『はぁ』で全部返したけど。最近は来てないよ」
(う~~ん。有罪)
あの日記から薄々感じていたことだが、どうやらアリスはこの世界を現実として受け入れてないようだ。
どうにかしてこの世界は現実だと理解してもらうこともメディアは考えたが ―― すぐにやめた。
だって、彼女を手助けしてやる義理がない。
ユリウスはあの仔猫繋がり、ミラージュはミスト繋がりで手助けをしてやらんこともないと思うが、どう考えたってアリスにはないのだ。
唯一の繋がりといえば転生者同士ということもあるが、この世界に対する考え方が根本的に違いすぎる。そんな相手に手を差し伸べてやるほど、メディアは善い精霊ではない。
まあ、ひとまずは。
「仔猫のこと、どうにかしなくちゃねぇ」
言いながら、メディアはリオルとともにカフェテラスに向かって再び歩き出した。
◇◇
カフェテラスにはユリウスとミラージュが待っていた。
なぜミラージュが同席しているのかとメディアが首を傾げれば、察したのだろう。ミラージュはため息をついた。
「わたしのバッジを渡しているのよ。あなたが殿下に何か失礼なことをしないか、見ておかなくては」
「私はあまり気にしないよ」
「リオル殿だけでは不安なのです」
「にゃにおう」
「メディ」
ミラージュからは「それ見たことか」呆れた眼差しを向けられ、リオルから「めっ」とされたメディアは丸い頬をさらに膨らませた。
そんなメディアの様子にユリウスはくすくすと笑う。気が抜けたような、見た目の年齢よりも幼い笑みを浮かべた彼にメディアは瞬きをした。
(……とりあえず、まあ。笑えるなら大丈夫かな)
少々心配ではあったのだ。
彼の立場を考えると、昼間の騒動はユリウスの方が正しかったとはいえ不利な状況だったのは確かだった。
それぞれの校舎に戻ってからは様子を伺うことはできなかったので、彼があの後、理不尽な扱いを受けていないかだけ気になっていたのだ。相手がこの国の王子ということもある。
(あれ、そういえば第一王子はどうしたんだろう)
そもそも昼間の騒動は小説になかった事態だが、基本的にはテオドール第一王子も主人公と一緒に行動していたはずだ。
だが、アリスの傍にはフィリップ第三王子とジャックしかいなかった。
先日盗み見た彼女の日記にも「テオドール様から素敵な贈り物もらっちゃった! やったぁ!」なんて書いてあったから、接触はあるはずなのだが。
「メディ、行くよ」
「はーい」
まあいまは考えても仕方ない、とメディアは割り切った。
調べればいいのだ。時間はたっぷりあるのだから。
そうして、案内された迷路庭園にて。
東屋に繋がる生け垣の通路の前に、ふたりの男女がいた ―― 正確には、倒れ込んでいる男子生徒を必死に支えている女子生徒。
珍しくギョッとした表情を浮かべたミラージュが、慌ててふたりへと駆け寄る。
「ジェーン様、第一王子殿下!」
ミラージュの声にハッと顔を上げた女子生徒 ―― ジェーンの顔は真っ青だった。
ユリウスもミラージュからほんの少し遅れて駆け寄り、男子生徒 ―― テオドール第一王子の肩を支える。リオルとメディアも遅れて、ふたりのもとへ急いだ。
メディアはジェーン、テオドールと見ていって、表情を曇らせる。
リオルは胸に手をあて、ユリウスに声をかけた。
「何かお手伝いできることはありますか」
「そうだな、東屋に彼を運ぼう。だがその前にその通路を開けないといけないんだが、手順が複雑で」
「はい、開けた」
メディアの声とパチンという指を弾く音とともに、背の高い生け垣がゆっくりと開かれる。
唖然とする面々に対し、メディアは珍しく眉間にしわを寄せて複雑な表情を見せていた。
「お説教は後で受けるよ、リオル。でもその人、急いで処置しないとヤバい」
「っ! 開けてくれてありがとう、メディ。殿下、グランパス様」
「あ、ああ。急ごう」
リオルとユリウスがテオドールの両腕をそれぞれの肩にまわして担ぎ、急ぎ足で現れた通路に入る。
ミラージュとジェーンも困惑していたものの、リオルとユリウスに続いて通路に入った。
メディアは通路に入ってすぐに振り返り、もう一度指を弾く。背の高い生け垣がゆっくりと閉じて、あたかも通路などなかったかのように塞がれる。
閉じたのを確認したメディアは、生け垣に向かって指をスイスイと動かし、何かを描く。
キンッと一瞬だけ甲高い音が響いたかと思うと、パタパタと生け垣の向こう側で誰かが駆けてくる音が聞こえた。
その足音は、メディアの目の前にある生け垣の前で止まる。
「あっれー、おかしいな〜。テオドールこっちに来てたはずなのに……あ、もしかしてここかな? 小説の中でもテオドールのイベントがこの東屋であったもんね〜」
語尾に音符をつけたかのように、語るその人物はこの生け垣の通路を開けようとしているようだった。
だが、メディアは慌てる様子がない。むしろニヤァ、と悪どい笑みを浮かべてから踵を返した。
背後で、誰かが叫ぶ。
「なんでッ!? なんでこの手順で開かないの!? 小説ではこの手順だったのに!!」
その声に内心ケラケラと笑いながら、メディアは奥へと静かに駆けていった。




