第21話 精霊王は様子見する
黙り込んだふたりが自分の言い分に納得したとでも思ったのか。
アリスは涙を浮かべ、大きな声で叫ぶ。
「ユリウス様、どうか鳥かごを返してください! あれはジャック様からいただいた大切なものなんです!」
メディアの手が一瞬動いたのを、リオルがテーブルの下で押さえつける。
リオルとメディアの目が合った。瞳孔が開いているメディアに、リオルは苦虫を噛み潰したような表情で小さく頭を横に振る。
同席しているコモンふたりの行動は、幸いにもアリスの目には止まらなかったようだ。
ユリウスは小さく ―― まるでこのままでは怒鳴りつけてしまいそうになるのを逃がすかのように ――ため息を吐いて、静かに答えた。
「あの鳥かごは、私が正式な手順を踏んで譲り受けたものだ。そもそも、君の所有物じゃなかったと記憶しているが?」
「まだ手続きの途中だったんです! 本来であれば私に贈られるものでした!」
「そうか。つまり君は、私が贈り物を横から掻っ攫ったと言いたいのか」
「そうです! だから返してほしいとお伝えしにきました!」
度胸あるんじゃねぇ。馬鹿だコイツ。
おそらく、メディアを含めたこの場にいる全員がそう思ったことだろう。
「(ねえ、メディ)」
「(ん?)」
「(普通、手続きしてる途中なら、殿下が手続きしようとした段階で殿下に伝わるよね?)」
「(そうだねぇ)」
貴族のルール云々をよく知らないコモンの生徒だって、物の譲渡に関する基本的なルールについては知っている。
すでに譲渡の手続きが始まっているのであれば、新たに手続きしようと来た者に対して「手続き中だ」と断るはずだ。
「(担当者がユリウス……殿下の権力に忖度した可能性はあるけど、どうだかね)」
暗にユリウスの属性のことを指しながらそう答えれば、リオルは悲しげな表情を浮かべた。
メディアが ”メディフェルア” として聞いた話を考えれば、他国の王族であるユリウスですら軽く見られている節があるから、メディアとしては手続き途中なら「無理」と担当者は理由も言わずにシャットアウトするだろうと思っている。
ところで、メディアがユリウスの名前を口にしたときに言い淀んだのは、呼び捨てにしようとしたところをリオルにニッコリと笑みを浮かべられたからだ。
言われずとも咄嗟に敬称をつけたメディアはだいぶ成長しているかもしれない。
アリスの物言いにさすがに呆気に取られていたのだろう。
ユリウスはしばらく黙り込んでいたが、やがて眉間にしわを寄せて、はっきりと告げた。
「断る」
「でも!」
「そもそもあの鳥かごを自分の物だと主張するなら、君は【精霊の幼子を閉じ込める】ことを許容するんだな」
ユリウスの問いは当然のものだった。
あの仔猫が入った鳥かごが「本来であれば自分の物だった」と主張するのであれば、あの鳥かごの中も承知しているはずだ。
本来、精霊とは自分たちを手助けしてくれる存在だからこそ、ぞんざいに扱って良い存在ではないと教え込まれるはずだ。
だが、ユリウスに問われたアリスはきょとんと目を瞬かせ、それから不思議そうに首を傾げた。
「だって、あれは闇属性の精霊の子でしょう? 他の属性ならまだしも、闇じゃないですか。何されるか分かったもんじゃないでしょう? 捕まえる直前も散々暴れたし、鳥かごに閉じ込めて当然ですよ」
ぎゅう、と痛いぐらいにメディアの手が握られた。
アリスを見るリオルがこれでもかというぐらいに目を見開いている。メディアの位置からは見えないが、おそらく先ほどメディアがそうであったように、瞳孔が開いているのかもしれない。
一方、メディアはというとそこまで怒りを感じなかった。いや、一瞬憤慨した。けれどリオルがあまりにも強く手を握るので、落ち着いたのだ。
(リオルが怒ってくれるなら、まあ。さーて、面倒になってきたぞ~)
相手は転生者。
まず、神や魔王に関係がないか確認しなければ。
メディアがそう考えていると、バンッと強くテーブルを叩く音とともに椅子が倒れる音が響いた。
思わずビクリと体を震わせたメディアとリオル、そして驚いた様子のユリウスが音の方に振り向く。
テーブルに手を突き、立ち上がっていたのは今まで黙っていたミラージュだった。
口元を真一文字に結び、まなじりを決している。さすがのメディアも「ビャッ」と小さく悲鳴を上げたほどだった。
ではその彼女の眼差しを受けたアリスはというと、大きく体を震わせるとみるみるうちに顔から血の気が引いていった。ガタガタと体を震わせている。
「精霊を、鳥かごに閉じ込めて当然 ?」
怒りを含んだ声色にメディアは思い出す。
あ、これ神様がガチギレしたときと同じだ、と。
「あなたは精霊をなんだと思っているのかしら。あなたは精霊を動く物だとでも思っているのかしら。属性が何であろうが、精霊を、ましてや幼子を捕らえるなんて悪行を宣言するなんてご自分の身分を分かって仰ってるのかしら」
「あ、え、あの」
「ヤディール家の教育を疑うわ。平民ですら学ぶ必要最低限のことすら教えなかったのね」
「なッ、私の両親をバカにしないで!!」
「至極当然のことじゃない。精霊がなんたるか、どんな存在なのか、幼い頃から教わってきたはずでしょう。それすら忘れているのならば、あなたは何を覚えているの?」
メディアは空いている片手で口元を抑えた。
わあ、ミラージュの火力高すぎ。さながら前世で有名だったあのミームの気持ちである。
それはそうと、精霊の件についてはミラージュが正論であった。
平民では寝物語で、貴族は本から精霊について学ぶ。
そのいずれもが、精霊とは何か、どんな存在なのかを自然に学ぶためのもの。
―― 精霊王をはじめとする精霊たちは、人間に力を貸してくれる心優しい存在。
―― けれど忘れてはいけないよ。精霊たちは恩も仇もきちんと返すから。精霊たちは人間の鏡なんだよ。
要約するとそんな感じの話なのだが、その話を知らなかったメディアもリオルの両親から聞かされて過ごしてきたほどだ。
平民であれば誰でも知っている。貴族であれば、もっと詳細を知っている。
王族であれば、もっと。
そんなことすら知らなかったのか、それとも聞き流していたのか。
アリスはミラージュからの指摘に言い返せず、ついにはボロボロと涙を零し始めた。
静かに、長くミラージュが息を吐く。アリスのその行動は逃避行動に他ならないと気づいているのだろう。
続けて何かを言おうとミラージュが口を開いたそのときだった。
書き溜めていた分が終了しました。
少し間隔は空きますが、引き続き投稿しますのでどうぞよろしくお願いします。




