第20話 精霊王はドン引きする
ゆっくりと目を開けたリオルは、しっかりとユリウスを見つめた。
「分かりました」
「ああ……ありがとう」
安堵の表情を浮かべたユリウスに、静かに様子を見ていたミラージュも笑みを浮かべた。
この場をセッティングしたミラージュとしても、うまくまとまって良かったと安堵しているのだろう。
「ところで、その子はどこに……?」
「それについては放課後案内しよう」
「別に、教えてくれれば行くけど?」
「メディ」
メディアとしてはもう場所を知っている。
ミラージュの庇護を得ているからこそ、余計なノブレスとの接触は増やしたくないという考えからそう述べたのだが、リオルからは慌てて制されてしまった。ミラージュからも「マジかこいつ」といった非難の眼差しを向けられたので、何か失敗したらしい。
だが、とうのユリウスは驚いたように瞬きしただけで、特にメディアへの注意は出てこなかった。
「……ああ、いや。グランパス嬢の許可証があればたしかにそうなんだが、今回ばかりは相手が悪いんだ」
(あ、そっか。鳥かごにあの呪いかけたのって)
「ユリウス様!!」
ソプラノの声が響いて、メディアの思考が中断される。
そのテーブルについていた全員、というかこのテラスにいた全員が注目したといっても過言ではないだろう。
昼時である。メディアたちが座る席より2メートルほど離れた場所に声をあげた人物がいた。
頭上から差し込む日差しを受けて、彼女の頭には “天使の輪” と呼ばれる光が浮かび、その金色の髪をより美しく見せていた。
不安そうにギュッと胸の前で両手を握り込み、大きな瞳を潤ませるその様子に誰しも庇護欲をそそられるだろう。
ハの字に眉尻を下げて、長いまつ毛を瞬かせる彼女の様子にメディアは内心「うへぇ」と声を上げた。
「何のご用かしら、アリス様」
全く温度を感じない冷え切った声に、恐る恐る振り返ったのはメディアだけではない。リオルもだ。
目の前にいるミラージュが、声同様に温度を感じさせない眼差しで声の主 ―― アリス・ヤディールへと問いかけたのだから。
一方、アリスはというとその声にやや怯えたような様子を見せたものの、ひとつ深呼吸をしてからキッとミラージュを睨みつけた。
「ミラージュ様ではありません。ユリウス様に用があるんです!」
(度胸あるなぁ)
主人公たるゆえか。それとも、ただの無知か。
メディアはゆっくりとテーブルに頬杖をついてこの騒動を見守ることにした。
「他国の王族に声をかけるときは、まず近くにいる自分よりも高位の貴族に取り次ぎを願うのが常識だと習ったはずでは?」
「そんな煩わしいことは無視していいってフィリップ様が仰っていたわ! それに、ユリウス様もそんなことは気になさらないってフィリップ様が仰っていたもの!」
すごい。
ミラージュは僅かに頬を引きつらせたし、ユリウスが浮かべていた笑みも消えた。
そんな風にふたりの様子を観察しながら、メディアはアリスへと視線を向ける。彼女は相変わらず胸元でまるで祈るように両手を握り込んでおり、目元も潤んでいる。
健気な娘が権力に立ち向かっている、という風にも見えよう。
(でも、アリスが言ってることは平民でも「無茶苦茶な」って思うよ)
メディアは貴族の常識を知らない。この国の平民の常識は、リオルと一緒にリオルの両親から教わったから知っているつもりである。
その常識と照らし合わせてもアリスの言動はおかしい。
いくら第三王子が「大丈夫」と言ったとしても、本人から許可をもらっていない状態だ。
(前世では身分差はなかったけど、上下関係はあったよなぁ。それに当てはめてもおかしくない? あれか? 元々、彼女が大学サークルの姫とかそんな感じでおだてられてたとか?)
しかし、現世の常識とはかけ離れている。メディアですらドン引きするレベルだ。メディアがドン引きするということは、リオルも他の平民ももっとドン引きしてるということで。
こっそりと周囲を見渡す。珍獣を見るかのような眼差しをアリスに向けているコモンの生徒たちの多さといったら。
ちなみにノブレスの生徒たちも侮蔑の眼差しをアリスに向けている。貴族出身の生徒全員がこれと同じと思われるのは大変不愉快だろうとは、メディアにも分かるほどだ。




