第19話 精霊王は縁をつなぐ
翌日。
午前の授業が終わり「おっひる〜♪」と丸い体を揺らしながらメディアがリオルと一緒にカフェテラスに顔を出したときだった。
思わず足を止めたリオルにメディアもならう。そうして、身を屈めてこっそりとメディアの耳に囁いた。
「(なんかテラスの様子が変じゃない?)」
「(……あ~)」
普段であれば、ノブレス、コモンでなんとなくエリアが分かれているとはいえ和気あいあいとした空間であったカフェテラス。
しかし、今日は様子が異なっていた。みな静まり返り、話し声があったとしても小声なのである。
この静寂の原因は、ノブレス、コモンそれぞれなんとなく固まっているエリアの間。
昨日メディアとリオルが座っていたその席だった。
その席には昨日と同じく、青の髪が美しいミラージュが静かにティーカップに口をつけていた。
しかし、昨日と異なり彼女の右側 ―― 長方形のテーブルの短辺、いわゆるお誕生日席 ―― には、ひとりの男子生徒が座っている。
浅黒い肌に短髪のグレーの髪。小さなスイングピアスをつけた、体格の良い男子生徒。
「(……メディ)」
「(あい)」
「(何したの?)」
「(うーん。まずはあの人の話を聞いてほしいかな)」
メディアは考えなしに、リオルに相談せずに行動したわけではない。決して。
ほんの少し困ったような表情でそう答えたメディアを見て、リオルは瞳を閉じて静かに息を吐いた。
こういうときのメディアは嘘をつかないことを知っている。というよりも、精霊は嘘が嫌いだ。
精霊であるメディアが嘘をつくとは思えない、というのがリオルの見解である。
つまり、この状況を招いたのがメディアであるということも理解できたということだ。
「あとでお説教だよ」
「ガビーン」
「行こうか」
口で大げさに表現するのは、メディアのよくあることだ。
実際は毛ほどもショックを受けていないのだろうが。
止めていた足を前に進める。リオルにならってメディアも歩き始めた。
リオルとメディアが進むごとに、テラスの中のざわめきが大きくなる。なぜなら、彼らが向かっているのが例のテーブルだから。
リオルたちが近づいてきたことに気づいたのは、こちらに正面を向いていたミラージュであった。
「あら。いらしたようですわ」
ミラージュの声掛けに、男子生徒がゆっくりと振り向く。その行動でスイングピアスがゆらゆらと小さく揺れた。
「やあ、こんにちは。君たちがリオル君とメディア嬢?」
にこりと微笑んだ男子生徒 ―― ユリウスにリオルも笑みを返しながら、少し離れた位置で立ち止まった。
彼は有名だ。だから、コモンのリオルでも彼が誰なのか分かる。
「はい。ツェルト第四皇子殿下」
「君たちに話があってね。グランパス嬢に無理言って、同席させてもらったんだ。座ってくれないか」
「はい」
リオルはやや緊張気味にそう答えて、ミラージュの向かい、ユリウスの隣に座った。メディアは当然リオルの隣、ミラージュの斜向かいである。
この国の貴族のご令嬢と他国の王族が同じテーブルについていたという時点でかなり好奇の眼差しが向けられていたのだろう。テーブルの上にあったふたりの食事はほとんど減っていなかった。
ふたりが座って落ち着いたのを見てから、ユリウスは両肘をテーブルについて、組んだ手の甲に軽く顎を乗せながら話し始める。
「君たちに話というのは、闇の精霊のことなんだ」
「闇の?」
「……気を悪くする話になるが、幼い闇の精霊が捕らえられてしまってね。私の精一杯の権限でその子を引き取ったんだが、その子を閉じ込めている鳥かごが呪いのせいで開けられないんだ」
リオル自身の膝の上に置かれていた手がグッと強く握り込まれた。
闇の精霊は、リオルが闇属性だからこそ懐いてくる子たちが多かった。交流も多かったのだ。
《特別だよ》と、精霊の夫婦に幼子を見せてもらったことがある。大変可愛らしい仔猫であったのを、リオルは覚えていた。
そんな、あんな弱々しい子を?
そう思ったのだろう。人には見えぬリオルの体内にある魔力の循環が速くなったのを見て、メディアはテーブルの下で、握り込まれたリオルの手にそっと手を添えた。
震えるほど握り込まれていた手は、ゆるゆると力が抜ける。
「幼い精霊は、魔力がエサだと聞いた。恥を忍んで頼みたい。その幼い精霊に魔力を与えてくれないだろうか」
「え」
「私は魔力譲渡が非常に苦手でね。とある高位の精霊から、君たちなら協力してくれると教えてもらったんだ」
リオルが思わず、といった風にメディアへと振り返る。
メディアは小さく頷いてみせた。先ほど、リオルが「何をした」と聞いた問いはこの件なのだと。
メディアは知っている。
リオルは優しい子だ。だからこそ、困っている子は見捨てない。最後まで助けようと努力する。
それが同じ闇属性ならば、なおのこと。
考え込むように目を閉じたリオルだったが、テーブルの下にあった手は先ほどとは逆に、メディアの手を握り込んでいた。それでもう彼がどういう答えを出すのか、メディアは知っている。




