第16話 精霊王は教える
闇の下級精霊を捕まえて、閉じ込めたのはジャックではなかったか。
ならばなぜ、ここに彼がいるのか。
疑問に思いながらもメディフェルアは、キョロキョロとしているユリウスの横をゆっくりと通って鳥かごの前に移動した。
メディフェルアの姿を見た黒の仔猫は「みゃあ」と鳴き声をあげながら鳥かごに体をこすりつける。
(ああ……)
まだ言葉すら操れぬ幼子に対して、この仕打ちか。
やはりこの国はダメだ、とメディフェルアは思う。卒業後はリオルを国から出さねばと考えながらも、後ろを振り返った。
「……その子の母だろうか、父だろうか。そこにいるのだろうか」
ユリウスとは目が合わない。ユリウスはメディフェルアが見えていない。
「どうか、人間がしたことを許してほしい。必ずやこのかごから、その子を解き放ってみせるから」
《……どうやって?》
はっ、とユリウスがメディフェルアに視線を向けた。
勘が良いのか、魔力の感知能力が高いのか。メディフェルアが声が聞こえる程度の認知度へ上げただけで、そこに彼女がいることに気づいたらしい。
《この鳥かごには呪いがかけられている。ただがむしゃらに解こうとすれば、解く者にも中の幼子にも痛みを与える、反吐が出るほどの厄介な呪いなんだけど。それをお前が解けるの?》
「すぐに解けるとは言えない。あなたが言う通り、この呪いは厄介な代物だ。……術者に解くよう説得を重ねているところだが、並行してどうにかこの子が痛みを感じないように解呪できる方法がないか探している」
《……仮にそのような方法があったとして。お前に強烈な痛みや後遺症を与える方法だったらどうするの》
「当然、私がやる」
ほぼ間を置かずに答えたユリウスに、メディフェルアは《はあ?》と声を上げた。
《お前はツェルトの者でしょう。この国で起こったことは関係ないはず》
そう。ユリウスはツェルト皇国出身で、この学園を卒業したら国に戻る予定のはずだ。
その辺りは小説と変わらないことをメディフェルアは野良精霊たちに確認させていたから、確かなはず。
遅くとも来年にはこの国を出ていくし、何よりユリウスはツェルトの皇子である。
メディフェルアにとっては関係のないことではあるが、彼の身になにかあれば大きな問題になるだろう。
リオルと暮らしていく上でも、問題が出てくるかもしれない。
メディフェルアの指摘に、ユリウスは笑みを浮かべた。
慈愛にも、諦観にも似た複雑な笑みにメディフェルアはポカンと口を開ける。なんという表情を浮かべるのか、と。
「たしかに関係ないけれど、放って置けない。変な話だが、この子は私のように思えるんだ。私は、私自身で現状を変えることはできないから ―― せめてこの子だけでも、救いたい」
鳥かごから「みゃおん」と声が上がった。
メディフェルアの視線が下がる。鳥かごの仔猫は何かを訴えるかのように、みゃあ、みゃあと鳴いていた。
この子は言葉をまだ操れない。けれど、メディフェルアは腐っても精霊王であるから、このぐらいの子が何を訴えたいのかはなんとなく理解できていた。できてしまった、とも言える。
周囲に響くほど、メディフェルアは盛大なため息を吐いた。
びくりと体を震わせたユリウスに苦笑いを浮かべながら、鳥かごの丸い天井部分に手をつく。
《この子のエサは魔力だよ》
「えっ」
ユリウスの手にあったのは、スポイトとミルクが入った小瓶。
まあ、外見からして勘違いするのも無理からぬことであろう。
幼い精霊は魔力だけで生きて、成長すれば人間と同じものを食べることができるようになる。ある意味、人間の赤子と同じようなものであることを大抵の人間は知らない。
なぜならば、人間と精霊が接触するのは基本的に精霊が人語を話せるようになる頃だし、精霊たちも自分に力がなかった頃の話はしないので。
(だからこそ、この子が捕まったのが意外なんだよなぁ)
普通、この仔猫ほどの幼い精霊は人気が無いところで過ごしている。
こんな街中まで出てくることは滅多にないのに、なぜ捕まることになったのか。
《ここで習ってるんでしょう? 魔力譲渡》
「そう、だったのか。いや、しかし、そうなると……私は、できない」
《は?》
「恥ずかしい話だが、魔力譲渡は苦手なんだ。魔力操作自体が苦手で、うまく調整ができなくて……」
困ったように微笑んだユリウスに、メディフェルアは首を傾げた。
小説では器用な様子を見せた青年だったような。まあ、主人公が違うからユリウスも違うんだろうとメディフェルアはすぐ納得した。
魔力譲渡は、同じ属性同士であれば行える。
そしてその魔力譲渡には繊細な魔力操作が必要だ。なぜなら、相手に与えすぎると ―― 比較的柔らかく言い換えるのであれば、ボンッとなるので。
リオルはこの魔力操作が得意だ。
それは努力の積み重ねの結果ではあるのだが、だからといってユリウスが努力していないということでもないだろう。
「ノブレスにいる闇属性の生徒は、基本子爵や男爵家の子たちばかりだし、魔力差もあって練習できないというのもあるんだが……いや、それは言い訳だな」
《そうね。別にひとりでも練習はできるもの》
ひとりで魔力操作の練習をするには魔道具を使用する。
魔道具は魔力を流せば動作するものだが、多すぎても少なすぎてもいけない。それは人間のときと同じだ。
「試みてはみているんだが、毎回壊してしまうんだ」
《あら》
「さすがに学園の備品をそう頻繁に壊してしまうのはいけないし、かといって自腹で購入しようにも手元の資金は限られているから」
《にっちもさっちもいかないって感じかぁ。そりゃ厳しいね》
「ああ。まあ、だから他の練習方法を探しているところなんだ」
まだ見つからないけれど、と苦笑いを浮かべるユリウスにメディフェルアはうーんと腕を組む。
もはや、メディフェルアの彼に向ける眼差しは「近所のできの悪い子への憐れみ」だ。彼が小説に登場していたキャラクターだとか、もはやそんなことはすっ飛んでいる。
不意に、ユリウスが「ありがとう」と呟いた。
ぱちくりと瞬くメディフェルアの様子は見えていないはずだが、ユリウスは反応が分かっている様子であった。
ふふ、と年相応の笑みを浮かべたユリウスが続ける。
「話を聞いてくれてありがとう。こんなこと、他の人には言えないからね」
《この国の王子とかに相談しないの?》
「君がこの国に来たのは最近かな? ……私の国ほどではないけれど、この国も優しくはないんだよ」
すぅ、とメディフェルアは息を吸って、止めた。空を見上げる。
(やっぱこの国潰したァァい!! ユリウスの国も潰したァァい!!)
プッチンしていいですか。
ダメに決まってるじゃろが。
脳内によくツッコミ役でいる神とそんなやり取りをしてから、メディフェルアは溜め込んでいた息を盛大に吐いた。
その音に驚いた様子を見せたユリウスに、メディフェルアは覚悟を決めた。
メディフェルアは闇の精霊を経て精霊王となっている。
精霊王となってからは平等に見ているが、心情的には闇へと傾倒しやすい。
神に言わせれば「よく天秤が揺らがぬな」と他人事ながらも称賛を受けていたのだ。
メディフェルアは覚悟を決めた。
リオルと同じぐらいの熱量は与えられないが、少しだけ。ほんの少しだけ、ユリウスにも与えてやろうと。
与えるからには、しばらくは付き合ってやろうと。
《ミラージュ・グランパスって子、知ってる?》
「ああ。同じクラスだ」
《明日の放課後、その子に「コモンのリオルとメディアに連絡を取りたい」って言ってみて。その子たちなら協力してくれるから》
「え」
戸惑うユリウスを余所に、鳥かごの中に指を差し入れる。
すりすりとすり寄ってきた仔猫に、メディフェルアはゆっくりと魔力を与えた。コロコロと仔猫の喉が鳴る。
「彼女は彼らと交流が?」
《たぶんね〜。明日の放課後じゃないとダメだよ》
「放課後だな、分かった」
《じゃ、私帰る》
「ああ。ありがとう、精霊殿。必ず、この子を解放してみせる」
メディフェルアはその言葉に反応せず、仔猫の頭を指でひと無でしてからこの場を飛び去った。




