第15話 精霊王は出会う
本日の夜は快晴。
新月のため夜空には満天の星が輝き、稀に光の尾を帯びた星がスゥッと空を駆けていく。
人間からの認識度を限界まで引き下げたメディフェルアは、同じ女子寮の貴族子女向けの階層へと外から上がる。
別に中から向かってもいいが、リオルのように精霊を視認しやすい人間がいる可能性もなくはない。それならば、誰にも会うことがない外を通った方が安全だ。
(一般庶民は地に這いつくばってろってか。まあ、防犯面のことも考えて上層階にしてあるんだろうけど)
人間の命というものは身分の差で決まっているようなものだ。
メディフェルアたち精霊からすればどうでもいいものだが。
さて、とメディフェルアはひとつの部屋を見つけると、壁抜けをして入り込んだ。
自在に壁抜けできるのは、上級精霊以上だけである。精霊王ならどこでも入れるようなものだ。
入り込んだ先では、ひとりの少女が眠っていた。
枕に広がるサラサラとした金髪の少女 ―― アリス・ヤディール。
メディフェルアの前世の記憶では「アルス」という男子であった主人公だ。
万が一でも起きてこないよう、メディフェルアは闇属性の魔法のひとつである “眠りの茨” という魔法をアリスにかけた。
黒い、実態のない茨がアリスの体にまとわりつく。これで意識が浮上してメディフェルアの姿が仮に見えたとしても、朧な夢の中の出来事として起きた途端忘れることだろう。
本来ならば、この魔法は他人に向けて使うにはかけられる本人の同意が必要な魔法のひとつなのだが、メディフェルアにとっては関係のないこと。
(さて、と)
部屋の中を見渡す。
貴族階級の子女の部屋とあって、一人部屋であった。
メディフェルアがドアに頭を突っ込んで隣の部屋をひょいと覗き込めば、そこは廊下ではなかった。小さいものの、応接室であることが分かる。
(ふぅん。この辺は、男子寮と変わらないのかな。まあ男子寮が小説の中に書かれてた間取りと同じであれば、の話だけど)
頭を引っ込めたメディフェルアは次に、机の前へと移動した。
その机上にあった本が目について、表紙に書かれた "Diary" という表記ににんまりと口角を上げる。
右の人差し指をひょいと下から上へ動かすと、日記がふわりと浮いた。
そのままメディフェルアの目線の高さまで持ち上げられた日記が、彼女の指の動きひとつで静かに開く。
内容はその日起こった出来事を書いているようだった。この日記は、この学園に入学してから新調したもののようである。
その、1日目の記録でメディフェルアは眉根を寄せた。
書かれていた言語が、久しく見ていなかった “日本語” だったのだ。
そして内容も彼女が見過ごせるものではない。
【悪役令息のリオル・グランパスがいなかった! グランパス伯爵家にはあのミラージュしかいないんだって。ミラージュに直接聞いたら「グランパス家の子は私ひとりですが」ってすっごく冷めた目で言われた! 入学式前のリオルとの話もなかったし、大丈夫かなぁ。まあ、それ以外は小説通り進んでるっぽいから大丈夫そうだけど。正直不安だったけど、女主人公でも問題なさそうで良かった〜】
メディフェルアの視線が、深く眠るアリスへと向けられる。
(こいつ……私と同じ世界からの転生者か)
長年、メディフェルアと同じ存在は現れなかった。だからこそ彼女は「自分しかいないのかな」と自分以外の転生者の可能性を排除していたのだが、実在していたらしい。
メディフェルアはしばしアリスを見つめていたが、やがて視線を日記に戻す。
それからパラパラと静かに捲っていけば、転生者らしくこの学園を満喫しているらしい内容が書かれていた。
カフェテラスで遭遇したときからメディフェルアは薄々感づいていたが、あのジャック以外にも小説に登場していたメインキャラクターたちを次々と籠絡していったらしい。
「誰それが一緒にいてくれるようになった!」と嬉々として書かれている内容に辟易しながら、メディフェルアは次のページを捲った。
ピタリ、と彼女の目線がある単語に止まり、思わず口からこぼれた。
《……仔猫》
【ジャック様が闇の下級精霊の中でも珍しいタイプを見つけた、と見せてくれた。黒の仔猫! かわいい! と思って触ろうとしたら、威嚇されたし爪で引っかかれちゃった。小説読んでからずっと思ってたけど、闇属性って怖い魔法ばっかりじゃない。この仔猫も大きくなったらきっとそうなるんでしょう? やだなぁ、怖いなぁって思わず言ったら、ジャック様が「それなら」と鳥かごに閉じ込めてくれた! かんたんには出てこれないようにしてくれたから、これで少しは安心ね!】
精霊を閉じ込めた。
自由奔放な彼らを。ちょっとメディフェルアの頭や胃を痛くすることもするが、基本的には可愛い彼らを。
(どうしてやろうかねぇ)
いま、この場でこの小娘の頭を潰しても良いが。
(……この子を助けるのが先か)
苦しい思いをしている子を先に助けねばと、メディフェルアは日記を閉じて元の場所へ戻した。
まだ読んでいない部分はあるが、気になることがあればまた今夜のように忍び込めばいい話だ。たとえ精霊避けがあったとしても、彼女には何の意味も成さないのだから。
メディフェルアはアリスにかけていた魔法を解除すると、来たときと同じように壁をすり抜けて外へと出た。
―― 結論から述べるならば、メディフェルアはその捕らえられた子を見つけた。
野良精霊たちに聞けば、大抵のことは分かる。
話を聞いたメディフェルアは急いでその場所へと向かった。
ノブレスの校舎敷地内にある、迷路庭園。通称 “ラビュリントス”。
本来であれば、とある手順を踏まないと入れない位置にある東屋のテーブルの上に、大きめの鳥かごが置かれていた。
やや縦長の丸形のタイプで、上部に持ち運びのためか取っ手がついている。よく西洋ファンタジーなんかで出てくるタイプのおしゃれなものだ。
中に闇の下級精霊がいるのが見える。闇の精霊は、総じて黒い猫。
まだ生まれて間もないのか、かごの中にいる子は仔猫であった。まだ体が小さいから、窮屈ではなさそうなのが幸いだと、メディフェルアは安堵する。
そしてそのそばには。
「……? 誰かいるのか?」
(んん? ユリウスがなんでここに??)
手に何かを持ったユリウス・ツェルンガが、キョトンとした表情で周囲を見渡していた。




