第13話 精霊王は悪ノリする
隣に座っていたリオルがテーブルに両手をついて勢いよく立ち上がった。その拍子に、リオルが座っていた椅子がガタン! と音を立てて後ろに倒れる。
メディアはギョッとしてリオルを見上げた。だって、彼がこんな行動を取るとは思わなかったのだ。
当然、周囲の視線は立ち上がって俯いたままのリオルに集中する。それはジャックたちも、ミラージュも同じであった。
テーブルについた手をぎゅうと握り込んだリオルは、パッと顔を上げてメディアを見た。
「メディ、ど、どうしよう! 次の授業に使う魔石を寮に置いてきちゃったよ!」
「……え〜っ! 次の授業ってあと15分ぐらいじゃない!」
リオルの棒な演技に、メディアは大げさなぐらいに乗った。両手で丸い頬を包んで、驚愕の声をあげる。
あと15分、というメディアの声に反応した生徒たちが、思い出したかのように慌てて動き出す。たしかにテラス中央にある時計で時間を確認すれば、昼休みがあと15分ほどで終わると分かるだろう。
ノブレスもコモンも関係なく、このカフェテリアから遠い教室で授業を受ける予定の者たちは雑談しながらさっさと片付けて去っていく。
椅子から立ち上がらず、静かに食事の続きを始めたノブレスの生徒は次の授業の単位が取れているのだろう。
ジャックは舌打ちすると、踵を返してアリスたちとともにその場から去っていった。
ミラージュはじっと彼らの背を見送ったあと ―― はぁ、とため息を吐いて、歩き出す。
その先は、先ほど大騒ぎしていたにも関わらずのんびり倒れた椅子を戻したりゴミをまとめているリオルとメディアのテーブルだった。
さすがに、こちらに向かってくる彼女に気づかない振りはできない。
ふたりは手を止めて、近づいてきたミラージュを見つめた。
(は〜〜。こっちもまた美人に育ったなぁ)
「もし」
「は、はい」
リオルの背すじがピンと伸びた。
メディアはというと、数年前に見かけた幼子がここまで大きくなるとは……と感慨深くなり、微笑ましく感じていて慈母の笑みすら浮かべている。
まあ、ミラージュとしてはメディアに会ったことがないので、どうしてそのような表情を向けられるのか分からず首を傾げていたが。
こほん、と軽く咳払いをしたミラージュは、ブレザーのポケットから小さな巾着を取り出して、それをリオルに差し出した。
「授業に使う魔石がないのでしょう? お使いになって」
「えっ」
「今から寮に戻ったら間に合わないわ」
それはそう。それはそうなのだが、とリオルは助けを求めるようにメディアへと視線を向けた。
―― 魔石がない云々は、リオルの嘘だ。
メディアはそれが嘘と分かった上で、一緒に大騒ぎしたのである。だって、次の授業に使う魔石はリオルのブレザーのポケットにちゃんと入っているのをメディアは知っていたから。
助けを求められたメディアだが、にっこりと笑みを浮かべて「受け取っちゃえば?」と答える。
「だって、リオルのあれが嘘だって知ってて渡しに来たんでしょう?」
「そうね。だから受け取ってもらってくれないと、ちょっと困るわ」
実際、あの場にいたほとんどの生徒は嘘だと気づいていただろう。
それだけリオルの演技は棒だったし、メディアも大げさに反応していた。
つまり、あの騒ぎはリオルがミラージュに助け舟を出そうと起こした行動だったのだ。
これ以上やり取りしようにも、次の時間が迫っている。もし続きをしようというのであれば、日を改めることになるだろうという打算だった。
まさか本人にも嘘だとバレていたとは、とリオルは苦笑いを浮かべた。
「あの人にもバレましたかね」
「どうかしら。あの人、鈍いから」
「僕、闇属性なんですがいいんですか?」
ノブレスの生徒たちは闇属性を毛嫌いする者たちが多い、とコモンの生徒の間でも有名だった。
だが、目の前のミラージュから向けられる眼差しにはそういった感情は露ほども感じられない。それはメディアも少し、疑問に思っていたことだったのでミラージュを見つめる。
ミラージュは何度か目を瞬かせると、首を傾げてさらりと長い青髪を揺らした。
「あなたたち、コモンでもAクラスに所属していて成績も上位でしょう? ……もちろん、中には勉学が不得手な人もいるでしょうけれど、努力を怠らない人は誰であれ認められるべきだわ」
「わ~。あの人に爪の垢飲ませたぁい」
「死んでも嫌よ。そもそもあの人に触れたくないぐらいなんだから。……で、受け取ってくれるわよね?」
ずい、と小さな巾着を出されて、リオルはミラージュとその巾着を交互に見た。
それからゆっくりと手を上げて巾着を受け取り「ありがたく使わせていただきます」とリオルは頭を下げた。
その様子に満足げに頷いたミラージュは微笑む。
「わたし、昼食はこのカフェテリアに必ず来るわ。そのときにその袋を返しにきてちょうだい。色々、この子のことについても聞きたいから。ふたりともよ」
―― リオルがミラージュについていた魚の精霊と時々目が合っていたことは、バレていたらしい。
言わんこっちゃないとメディアは内心ため息を吐いた。
昔からリオルには「精霊が見えても、余計なことに巻き込まれるから見えないフリをするように」と口酸っぱく伝えていたのだが、今回は好奇心が抑えられなかったようだ。
魚の精霊が嬉しそうにくるりとその場で回ってみせたので、メディアももう諦めて軽く手を振る。
その後、そろそろ時間だということでこの場は解散。
ミラージュは優雅に、リオルとメディアは慌ただしく、授業を受ける教室へと移動していった。




