第12話 精霊王は傍観する
なんでミラージュとジャックが対立しているのか。
思わず首を傾げたメディアの耳に、争いの声が届く。
「人としての常識を学び直しなさったら? 約束を無断で何度も破っておいて、のうのうとわたしの前に出てくるなんて。王都や領地で暮らす民たちの方がよっぽどまともでしてよ」
「アリス嬢を虐げるお前の約束など、守る価値もない!」
「まあ! たかが『節度を守りなさい』といった内容の注意を虐めだと? そんなかんたんな注意の内容すら理解できなんて、今まで何を学んでいらしたの?」
わぁ、とメディアの口から小さな声がこぼれた。
それは居合わせた他の生徒たちも同様で、静かなざわめきが起きている。
リオルもポカンと口を開けて呆然とその光景を見ている様子だった。
それは、そう。
人との約束を守らず、しかもキャンセルの連絡もなしに放置したとあれば ―― 身内に不幸があっただとか、商売でトラブルがあっただとかの特別な理由がない限り ―― 約束相手の怒りを買うのは普通である。
しかも、聞いている限りでは注意内容もほぼ常識的な範囲だ。
男子生徒にぴったりと寄り添って怯えたようにミラージュの方を見るアリスは庇護欲をかき立てられるものの、普通はそこまで体をくっつけない。平民だってそうなのだから、貞淑を求められる貴族はもっとそうだろう。
ジャックは一瞬気圧された様子を見せたが、すぐにキッとミラージュを睨みつける。
「節度? アリス嬢はお前に注意されるほど、自由奔放に過ごしているわけではない。それに俺は、アリス嬢の兄君であるディラン殿にアリス嬢を頼まれている。第一、お前の方は口煩すぎる。いくらお前がアリス嬢より上位である伯爵家の娘だとて、お前がアリス嬢に注意する権限はない!」
「何を仰っているのか理解できかねます」
「お前こそ頭が悪いのではないか? アリス嬢はすでに、テオドール第一王子殿下とフィリップ第三王子殿下に友人として認められている。つまりお前は、殿下方の友人であるアリス嬢に口を出す権限がないのだ!」
ミラージュに向かって人差し指を突き出し、声高らかに宣言するジャック。
目を瞬かせたリオルはこっそりと体をメディアに近づけて、耳元で囁いた。
「(なんかあの人が言っていることがよく分からないんだけど、メディ分かる?)」
「(耳元で推しの声するとか最高なんだが??)」
「え?」
「(リオルの声が素敵だねって話。……ちなみに、あの人が言ってる内容は私も変だと思うよ)」
アリスの友人が王族だからなんだ。
アリスの兄に頼まれているからなんだ。
「(ミラージュが)」
「(メディ、敬称はつけて)」
「(……ミラージュ様が、伯爵家の人なんでしょう? それで彼女の方が『上位だ』ってあの人が言ったんだから、あの男子生徒たちに囲まれてるお姫サマな人のご実家は子爵家、もしくは男爵家なわけだ。いくら王族の人たちが友人だって言っても、注意しない理由にはならないと思うんだなぁ。友人だからこそ注意しなきゃいけないんじゃない?)」
むしろ、余計に人から見られる立場になるはずだ。
下位貴族出身であるにも関わらず、王族と懇意にしている。しかも友人という立場にいるという。
ならばなおさら、王族の恥とならぬために自分を律しなければならないはず。
だが、ミラージュはアリスがそれに相応しい振る舞いをしていないから注意したのだろう。
自分より上の立場と仲良くする、というのはそういうことだ。
メディアと同じ見解を持つ者がいるのだろう。
ノブレス側のエリアでも、怪訝な表情を浮かべたり、何やら口元を扇子で隠して話している生徒たちがいる。
ふと、その中にメディアは見覚えのある人物がいるのに気づいた。
(あ、ジェーンだ)
数人の女子生徒グループの中に、彼女がいた。
深緑のウェーブがかった髪に、細いツリ目。口元は扇子に隠されて見えないが、鼻筋はスッと通っており、誰から見ても美人だと分かる。
カリスタ公爵家息女、ジェーン。
先ほど、ジャックの口から出た「テオドール第一王子」の婚約者である……とは、小説の設定だが。現実は果たして。
彼女は動く気配がない。
アリスの傍にかの第一王子がいないからか、ただ物事を静観しているようだ。
反論されたミラージュはというと、メディアたちには背を向けて立っている状況なので、彼女がどんな表情を浮かべているのかは窺い知れない。
絶句しているのか。呆気にとられているのか。
ただ、彼女の傍にいる魚の精霊が今にも食って掛かりそうなほど魔力を溜めているのがメディアには分かった。
(あ〜、これは)
マズいかも。
そう、メディアが思った瞬間だった。




