二百九十七話 甘美な代償
暗闇に包まれた戦場の中心で、コウタは一人崩れた大地に視線を送る。
音は消え、静寂の中にわずかに自分の心音が響く。
「⋯⋯ぜぇ、ぜぇ⋯⋯。」
肺から不規則に漏れ出す空気が白く輝く。
視界は霞み、指先からは温度が消えていく。
そんな彼の意識を、両手に残る二振りの剣が呼び覚ます。
「⋯⋯ォォォォォォォォォォォォ!!」
命か、正気か、あるいはそれ以外のものか。何かを求めるように甲高い音を放つその剣に、コウタは静かに笑みを返す。
「⋯⋯そんな簡単には、くれてやれないな。」
同時に二振りの剣は虹色の光を放って消えていく。
命を賭け、気力を搾り尽くし、肉体は限界を迎えていた。
そんな中で、遠くの方で土砂が崩れる音にコウタは視線を移す。
「——がはっ。」
積み重なった大岩を弾き飛ばして現れたのは、半身を焼き焦がしたサティアタの姿であった。
「⋯⋯まだ生きてたのか。」
そんな彼に、コウタは忌々しそうに呟きながら苦笑いを浮かべる。
「⋯⋯覚醒をしていなければ死んでいた、ゴホッ、やってくれたな、勇者候補!」
「⋯⋯っ。」
戦いを通して初めて見せた激昂。
死に体のコウタも思わず警戒を強める。
「それが君の、呪剣の使い方だというのなら、私もお見せしようじゃないか。」
「呪いの力の、本質をね!」
言葉と共に彼が持つ剣からは黒いエネルギーが噴火する火山のように湧き上がる。
「——なに?もっと見せてくれるの?」
しかしその直後、二人の耳に響く声に反応してサティアタの動きが止まる。
「⋯⋯っ、君は。」
見上げた先、断崖の上から見下ろすのは、杖を片手にこちらを見下ろす紫色のローブを纏った少女。
「⋯⋯初めまして、魔王軍四天王、サティアタ・リルフェン。」
「中立派副団長殿、これはこれは、どうしたんだい?まさか⋯⋯邪魔しにきたわけじゃないだろう?」
中立派組織副団長、シリス。氷のように冷たい視線を向ける彼女に、サティアタは皮肉混じりの言葉をぶつける。
「まさか、私達は中立派。魔王軍と冒険者の争いに手出しなんかしないよ。」
「私はただ、そこの彼と約束をしただけ。だから此処で待ち合わせしてたの。」
「⋯⋯どんな約束だい?」
杖でコウタを指し示す彼女の言葉に、サティアタは貼り付けたような笑みで問いかける。
「人の恋路にそんなに興味ある?四天王サマ。」
「私はただ待ってるだけ。用があるなら、早く済ませて。」
どこか挑発的ながら、それでいて突き放すような言葉はサティアタに違和感を持たせるのには十分であった。
「その用で、キドコウタが死んでも構わない、と?」
「私達の手出しは許されてないからね。ただ——」
「覚醒、オリジナルスキル、戦闘スタイル、その上で呪剣の力を見せてくれるというのなら、是非見てみたいかも。」
情報のアドバンテージは戦力に直結する。
もしも中立派トップの彼女が、魔王軍最高戦力のその切り札の実態まで把握できたのなら、それは生半可な強者よりも遥かに大きな価値となる。
彼女の発言は、それよく理解しているもののそれであった。
「⋯⋯なるほど。」
そう言うと、サティアタは合点が言ったかのように鋭い視線をコウタへ向ける。
「これが君の策か、キドコウタ。」
「⋯⋯なんのことやら。僕はただ彼女にデートのお誘いをしただけです。なのにあなたが襲撃してきたから対処に追われた。」
視線を受けたコウタは、鼻で笑いながら答える。
「僕と彼女の個人的な逢瀬に、貴方が割り込んできた。」
「中立派は関係ない。貴方が全部悪い。」
無理がある理論ではあったが、それでもコウタは低い声で、冷徹に有無を言わさぬ程に言葉を重ねていく。
「大層な詭弁だね。」
「腹が立つなら論理的に反論してみては?」
無理のある理論を盾にしながら、それでも一切引く事なく強気に言葉を返す。
それを聞いて、サティアタは深いため息を吐き出す。
「⋯⋯結局、最初からここまで計算していたということか。」
「見事だキドコウタ。この勝負、君の勝ちだ。」
最後にそう言って背を向けると、胸元から取り出した赤い宝石を空に掲げる。
「次は本気で、殺し合おう。」
そしてそれを砕くと、彼の身体は溢れ出す光に包まれる。
消えゆくその背中にコウタは息を整えて、真っ直ぐに視線を向ける。
「お前を殺すのは僕じゃない。覚えておけ、お前を殺すのは、アデル・フォルモンドだ。」
二つの視線が交わり、最後にサティアタの不敵な笑みが見えたと同時に、視界いっぱいに紫色の光が溢れる。
そうして敵の姿が消えると、コウタはそのまま大の字になって地面に横たわる。
「⋯⋯っ、ぷはっ。」
震えた身体をゆっくりと動かして、溜め込んだ空気を肺から吐き出す。
(腕⋯⋯まあそうなるよな。)
そして、棘が食い込んでズタズタに引き裂かれた右腕が、今この瞬間、完全に死んだことを理解し、コウタは悲しげに笑う。
「⋯⋯ああ、死ぬかと思った。」
「——お疲れ、コウタ。」
満天の月を眺めて呟くコウタの頭上から、その月を覆い隠すようにシリスの頭が現れる。
「⋯⋯ああ、シリスさん、ありがとうございました。」
「うん、まあいいよ。それじゃ、デート行こうか。」
作戦の協力に感謝するコウタの言葉に、シリスは淡々とした言葉で答える。
「あはは、それも良さそうですね。」
「うん、良さそう。じゃなくて、今から行くよ。」
冗談っぽく笑ってみせるコウタの言葉にシリスは、それでも無機質な表情を変えずに言葉を紡ぐ。
そこまで会話していくうちに、妙な違和感を覚えたコウタは、改めて彼女の顔に視線を返す。
「⋯⋯今から仲間を追いかけたいな、なんて。」
「でも約束はしたよね?」
コウタの発言に、即答でシリスは逃げ道を塞ぐ。
「⋯⋯えっ、と、やっぱまたの機会に⋯⋯とか。」
「ダメ。」
「⋯⋯⋯⋯。」
明確な拒絶の意思を示されたコウタは、苦笑いを返すことしかできなかった。
「⋯⋯デートだの冗談だのはいいとして、個人的な戦いに中立派を使ったんだ、落とし前はきっちりつけてもらうよ。」
冗談でも建前でもない、いつも通りの無表情。しかしその奥には、いつもと違う、底知れない威圧感を秘めていた。
「⋯⋯ですよね。」
彼女の言葉に、コウタはそう言って従うことしかできなかった。




