二百九十六話 此処で燃え尽きようとも
幾度目かの交わる刃。
血飛沫と火花が舞い、衝撃が周囲の地面を割る。
しかし、火花と共に押し込まれたのは、サティアタが握る剣であった。
「おおおおおぉぉぉぉぉ!!」
「⋯⋯ッ!」
絶叫にも近い声を上げながら、力任せに振り回したコウタの剣が肉体ごと敵の剣を弾き返す。
しかし、サティアタもその程度では動じることもなく、後方で宙返りをしながら着地をして構え直す。
「⋯⋯厄介だね。素の実力差を物量で強引に埋めてくるとは。」
同じ呪剣、モノは違えどレベル差を考えれば実力はサティアタが上回るはず。
しかしながらそれでもなおコウタが力で勝るのは、純粋に力の源泉である呪剣の数によるものだった。
「ブラッディ・シルフィ」
そして構えた先に蔦が絡まり合い、棘の塊が生み出されると、その塊はコウタの剣の動きに従ってサティアタへ迫る。
「⋯⋯っ、シャドウブラッド」
サティアタは咄嗟に空いた手を突き出して闇の魔法で対抗するが、衝突と同時にその魔法はかき消される。
そして闇の魔法すら飲み込んだ棘の塊を、サティアタは後方に飛び退いて回避する。
「⋯⋯流石の力だね。なら⋯⋯。」
そんな言葉すら言い切らせる前にコウタはさらに地面に剣を突き立てる。
「アストラル・ソーン!」
同時、突き立てた刃の先から無数の蔦がサティアタへと延びていき、回避不能の棘を突き立てる。
それでもなお、サティアタは動じない。
「——ファントム・ゴルド」
直後そんな言葉と共に薙いだ剣の動きに合わせて、まるで光を感じない暗い熱が蔦を焼き尽くして周囲の雪ごと消し去る。
「⋯⋯黒い炎、それが⋯⋯。」
黒く輝く刃と、それに照らされるサティアタの顔を眺めながら、コウタはそれが何かを理解する。
「ああ、これが僕の呪剣、〝龍鱗の呪剣〟だ。当然こっちも使わせてもらうよ。」
この炎こそが、サティアタの持つ呪剣の力。
そして、戦場のギアがもう一段階上がる合図に他ならなかった。
呪いの力を纏う二人の視線が交わる。
「ブラッディ・シルフィ」
「オール・サン」
そして同時に放たれた、棘の塊と黒い太陽を思わせる爆炎。
二つの衝突は、黒炎が蔦を飲み込んでコウタへ迫る。
「⋯⋯くそっ。」
その炎をコウタは強引に切り飛ばして後方へと弾く。
「蔦と炎じゃ相性悪いんじゃないの?」
両断された黒い火球が後方の断崖を吹き飛ばす中、再び優位に立ったサティアタがそう笑って問いかける。
「オール・サン」
再び飛来する黒色の火球、対するコウタは右手の剣を突き立てる。
「——黒塒」
その言葉と共に現れた複数匹の蛇がコウタの周囲に漂ってその炎を防ぐ。
「⋯⋯だったらこっちを使えばいい。」
「加速!」
そして間髪入れずに地面を蹴ると、蛇の隙間を抜けて距離を詰め、今度は両方の剣を斜めに切り上げるように突き出す。
「「⋯⋯ッ!」」
衝突し、動きを止める二つの刃が激しく震え出す。
しかし、コウタは両手に力を込めるとさらに強く腕を振り切る。
「⋯⋯ご、の、おぁぁああ!!」
「⋯⋯っ!?」
力任せに振り上げられた剣が、サティアタの身体を強引に宙へと浮かせる。
「禍炎大蛇!!」
そして無防備になった敵へと照準を構えると、先ほど身を守った黒い蛇たちの口から真っ赤な炎が吐き出される。
そして直後に、サティアタの身体は炎に包まれて後方の壁へと叩きつけられる。
「⋯⋯ぜっ、ぜっ。」
舞い上がる土煙と黒煙から視線を切ることなく、コウタの身体はゆっくりと崩れ落ちる。
(呼吸が、できない⋯⋯。)
片膝を突いて胸に手を当てるが、加速していく動悸と空気が薄くなる感覚は収まる気配を見せない。
それでもなお、煙の奥にある気配はさらに大きく膨れ上がる。
「——それが二つの呪剣の力か。」
言葉と同時、現れたサティアタの姿は、先ほどまでとは明らかに異形の、翼に尾を携えた魔物のような姿に変化していた。
その変化をコウタは知っていた。
「⋯⋯覚醒、か。」
頬から落ちる冷や汗を拭いながら、更なる敵の進化に嫌気が差し始める。
しかし、それでもコウタの心は折れない。
その目は、戦うことも勝利することも諦めてはいない目をしていた。
「⋯⋯っ!」
そして再び飛び出そうとした瞬間、死にかけの肉体を、地面から伸びた蔦が包み込み力強く締め上げる。
「⋯⋯そろそろキツイんじゃないの?」
サティアタの言葉通り、延びてまとわりつく蔦と棘がコウタの手を締め上げると同時に、容赦なく肉を貫いて食い込んでいく。
「⋯⋯オオオオオオォォォォォォォォォォォォ⋯⋯⋯⋯。」
そして二振りの剣からは、女性の悲鳴のような甲高い音が響き渡る。
「⋯⋯っ!」
その剣同士を、コウタは強引に叩き合わせると、一時的にその音は消える。
「従わないなら、黙らせればいい。」
「⋯⋯なるほど、イカれきってるんだね。」
引き攣った笑みで答えるコウタに、サティアタも思わず気圧されてしまう。
「そっちこそ、覚悟が足りてないんじゃないですか。」
満身創痍の肉体を引き摺りながら、コウタは歪んだ笑みで挑発を返す。
「ならば、超えてみせるといい。その覚悟とやらで!!」
「最初からそのつもりだ!!」
言葉と同時、二人の剣から闇の力が溢れ出す。
「⋯⋯加速!!」
そして今度はありったけの力を込めたコウタの一撃がサティアタの攻撃と交わる。
紫の閃光が迸り、周囲に積もった雪が蒸発していく。
「⋯⋯⋯⋯。」
そんな衝突の結末は、サティアタ自身も予想外のものだった。
「⋯⋯はぁ、はぁ。」
コウタの放った一撃は、敵の攻撃すらも飲み込んで、剣を振り下ろしたサティアタの真横を掠めて背後の岩壁を消し飛ばしていた。
「⋯⋯まさか、競り負けるとはね。」
振り切った姿勢のまま構えるコウタの視界の先でサティアタは静かに視線を返す。
「⋯⋯けど——」
しかし呆れたように乾いた笑みを浮かべたサティアタは、何かを悟るように続ける。
同時に、コウタの身体から力が抜ける。
「——がはっ。」
崩れ落ちるように膝を突くと、全身に広がる不快感がより強烈に深さを増していく。
「⋯⋯もう限界だろう?」
「⋯⋯⋯⋯う、ああ、⋯⋯っ!!」
そんな言葉の直後、全身の筋肉が貫かれるような激痛が奔り、体の自由が効かなくなる。
肺は強制的に空気を吐き出し、胸の奥から迫り上がってくるものに鉄の味を感じる。
「正直危なかった。このまま続けていれば、ただでは済まなかった。」
そう呟くサティアタの顔には、もはや油断や侮りは欠片も残ってはいなかった。
「⋯⋯それほどまでに、その力は危険だった。」
そんな言葉と共に、サティアタは中空に光の弓矢を番える。
目の前の強者を必中の矢、必殺の一撃で確実に仕留めるために。
引き絞られた矢が放たれた瞬間、崩れ落ちたコウタの身体は地面から弾かれるように跳ね上がる。
「⋯⋯っ!!」
そうして強引にその攻撃を弾くと、サティアタは呆れたように鼻を鳴らす。
「驚いた、まだ動けるのか。」
「⋯⋯そりゃあ、まだぶん殴れて無いですから。」
残り滓のような意識を繋ぎ止めながら、呪いと怒りに呑まれて消えかけていた目的を思い出し、気力を湧き上がらせる。
「⋯⋯君は一体、あの海で何を超えてきた?何を手に入れた?」
その姿を前に、サティアタは、自分達の監視が届かなかった少年達の旅路に想いを馳せる。
問いかけに対するコウタの答えは決まっていた。
武器を手に入れた、技術を手に入れた、知識を手に入れた。
しかし、それ以上に、大きくて絶対的なものを手に入れた。
「⋯⋯信念。」
それが、それこそが、仲間を守るための究極の願い。
正義を失い、信念も捨てて、それでも「キドコウタらしくあれ」と背中を押してくれた仲間達から貰ったもの。
それが少年の目には宿っていた。
「⋯⋯だから、もう迷わない。」
自分のするべき事、仲間を無事にラフカまで送り届ける。
「⋯⋯勝てないのなんて最初から分かってる。けど、それは逃げていい理由にはならない。」
「ならばどうする。」
その問いに、コウタは頬を吊り上げて笑って見せる。
「⋯⋯こうする。」
二振りの剣を打ち合わせると同時に、溢れ出すのは無数の蛇と世界を覆わんとするほどの紫の蔦。
「⋯⋯っ!?」
サティアタは咄嗟に後方に引き下がるが、コウタは動かない。
ただ必死に目の前にある呪いの力を一撃に押し込めるために混ぜ合わせていく。
棘を食い込ませながら右腕に巻きついて、鈍器のように膨れ上がる蔦と、その周りを漂う黒色の蛇。
「——集え」
その号令の直後、無数の蛇は火炎の息を吹きつけて、蔦は悍ましい色の炎をあげる。
(足りないならば掛け合わせろ、届かぬならば血の一滴まで殺意に変えろ!)
「⋯⋯加速!!」
精神までも消え去りそうなほどの激痛の中で、コウタは駆け引きすらも捨てた特攻に出る。
「⋯⋯っ!」
(黒い龍?)
もはや呪いそのものと化したコウタの一撃は、サティアタの目にそんな幻影を映し出す。
「紅蓮火之迦供槌!!」
ただ殴るためだけの、怒りと呪いを叩き込むだけの一撃。
それは呪いの力を纏いし怨嗟の炎。
(たとえこの戦いでこの肉体が朽ち果てようとも、コイツだけは、絶対に先には行かせない!)
(勝てないなら、せめて道連れにしてやる。)
負けてもいい、取り返しがつかなくてもいい。けれど、それでも——
「——お前を、先には行かせない!!」
「⋯⋯っ、君は本当に、最高で、最悪だ!!」
迫る破滅の呪いに、サティアタは引き攣った笑みで迎え撃つ。
「「⋯⋯⋯⋯ッ!!」」
直後、互いの攻撃は交わる。
「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
絶叫と共に放たれた一撃は、強烈な衝撃と余波を生み出し、周囲の断崖ごと消し飛ばす。




