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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第三章
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二百八十九話 束の間の平穏


 穏やかな波が打ち返す港街。


 そこに辿り着いたのは、長い船旅を超えて大海原を越えた、一隻の中型船であった。



「ついた!」



 停泊した直後に響き渡る、跳ねるような明るい声。


 少し遅れて、その船から一つの影が飛び出す。




「うわーい、陸だー!」



 そう言って駆け出すのは、月詠団のアイリスであった。



「アイリス、はしゃぎ過ぎない。」



 少し遅れて、コウタ達の後ろから下船したテレサが呆れたように呟く。



「はーい。⋯⋯コウタくん、案内してあげよっか!?」



 まるで聞いていないような空返事と共に視線を切ると、アイリスは昂ったテンションのままそんな問いをコウタに投げかける。



「⋯⋯はは、その前にちょっと休ませてください。」



 災宵禍との戦いの疲れが抜けきっていないコウタは、その姿に気圧されながら乾いた笑いを返す。



「そっか、じゃあ先行ってるね!」



 そんな様子など気にすることもなく、アイリスは嵐のように去っていく。



「私も、先に報告に行って参ります。では、お疲れ様でした。」



 それに少し遅れるように、テレサが控えめに頭を下げて踵を返す。



「⋯⋯んんっ、きもちい。」



 それから少し遅れて、船の奥からは大きく伸びをするマリーが顔を出す。



「⋯⋯上陸は何度かしたが、旅に一区切りつくとやはり心が休まるな。」



 無事旅を終えた仲間達の様子に安堵しながら、アデルは少しばかり穏やかな笑みを浮かべる。



「まあ本番はここから、とも言えますが。」



 そんな言葉に横槍を入れたセリアは、ふと周囲の違和感に気がつく。



「⋯⋯あら?シリウスさんは?」



 先程まで確かに甲板にいたはずの彼の姿がない。


 不思議そうに周囲を見渡すセリアへ、コウタは呆れたようなため息をついて答える。



「ご飯食べに行きましたよ。」



「こういう時は本当に早いな。」



「私たちも行きましょうか。」


 二人とは対照的に、さほど気にした様子も見せないセリアは、笑顔で提案する。



「⋯⋯⋯⋯。」



「⋯⋯いいよ、行っておいで。」



 そんな様子を黙って眺めていたエイルへ、シリスはそんな声を掛ける。



「シリスさん。」



 この先のことを考えると、仲間達と楽しく食事をしていていいものか。


 などという彼女の考えなど見通すように、シリスはいつも通りの表情で続ける。



「気を張りっぱなしにしてたら身体もたないよ?ちゃんと切り替えしないと。」



 無意識のうちに眉が寄っていた彼女の額にそっと触れると、それを軽く弾いて小突いてそう言い放つ。



「⋯⋯わ、わ。」



「宿は中立派の施設があるし、船の荷下ろしは急がなくていい。気にすんな。」



 それに続くように、船の上から帆を畳むモエが声を張り上げる。



「すいません、何から何まで。」



 気を遣われてる。そして、仲間と居たいことを見抜かれている。


 そんな事実に、エイルは少しばかりの照れ臭さを感じながら礼を言う。



「⋯⋯ほら、行きな。」



 珍しく素直な彼女の姿を目にしたシリスは、少しばかり穏やかな顔をみせる。


 そして、彼女の肩を掴んでくるりと身体を反転させ、そのまま背中を押して仲間たちのもとへ送り出す。



「⋯⋯あ、ありがとうございます。」



「⋯⋯⋯⋯。」



 仲間達と雑踏の中へと消えていくその後ろ姿を眺めながら、シリスはいつも通りの表情で息を吐き出す。



「さ、副団長、こっちは仕事だよ。」



 しかしそんな間すらも与えず、背後からモエの声が響く。



「⋯⋯お嬢、そっちお願いしゃーす。」



 そして一瞬遅れて、ブラシで甲板を磨くレウスの声も届く。



「私もやんなきゃダメ?」



 どこかどんよりとした雰囲気を纏った問いかけに対して、二人から冷たい視線が降り注ぐ。



「あんたが送り出したんだからその分あんたが働くんだよ。」



「オレはいつも通り二人分働くんで、お嬢は送り出した六人分働いて下せえ。」



「⋯⋯⋯⋯。」



 二人から投げかけられた言葉に、シリスは口を横一文字に結んで不満を示す。



「⋯⋯約一名は勝手に飛び出したんだけど。」



 そんな愚痴を吐きながら、シリスは腕まくりをしながら船へと戻っていく。








 その後、アイリスと合流したコウタたち五人は、彼女の紹介で街の奥の飲食店へと足を運んでいた。



「ご飯はここがおすすめだよ。」



「⋯⋯綺麗な店だな。」



 アイリスに誘われるがまま中へと入るアデルは、その店内の清潔さに驚きながら足を進める。



「中立派が経営してる店だから、私たちの好みに合わせてくれてるんだ。」



 説明を交えながらアイリスは率先して全員が座れるテーブルを探して腰掛ける。



「シリウスさんいますか?」



 一方でコウタとセリアは店内をぐるりと見渡して先に行ったはずのシリウスの姿を探す。



「⋯⋯見えませんわ。」



「もう食べちゃったんじゃないですか?それよりほら、頼みましょ。」



 それを軽く受け流しながらマリーは食欲に従ってメニュー表を手渡す。





「——あら、アイリスちゃん、いらっしゃい。」



 少しして女性の従業員が近くを通ると、アイリスの顔を見て手を振って反応する。


「女将さん久しぶり!いつもので。」


 それに反応しながら、アイリスはスムーズな流れで注文を行う。



「あいよ。アイリスセットね。」



「名前をつけられるほど通ってるのですか?」



 そのやりとりを見て、彼女がかなりの常連であることを見抜いたセリアが不思議そうに首を傾げる。



「まあ、そうですね。梅干しとミネストローネと麺のセットです。」



「なんですか、その混沌の塊みたいなセット。」



 一方でコウタはそれとは別のところで驚愕の言葉を呟く。



「⋯⋯うーん。」



「純白ブリのムニエル一つ。」



 その傍らで、唸り声をあげてメニューと睨めっこをするマリーの横で、淡々と注文を済ませたセリアが視線を向けてくる。



「⋯⋯あ、僕フレッシュバーガーセット一つ。」



「私は堅パン一つ。」



 視線を向けられたコウタとアデルはメニューに目を通すことすらなく、手早く注文を済ませる。



「もう、また堅パンばかり食べて⋯⋯。」



 するとそれを聞いたマリーが呆れたような視線をアデルへ向ける。



「い、いいだろ!好き好んで食べているのだから。」



「本当、貧乏くさいわね。」



 慌てて取り繕うアデルに、エイルがさらに言葉を重ねる。



「でも栄養満点なんですよね?」



 そんな会話の中で、コウタはふと、初めてアデルと食事を共にした時のことを思い出す。



「確か、堅パンはいくつかの穀物をミックスしてつくられていて、見た目や味はともかく、栄養面はかなり優秀な筈ですわよ?」



 そしてどこかで聞いた覚えのある説明を、セリアが付け加えるように口にする。



「よく噛むから消化も安定しますし、血糖値も安定しますからね。」



 そしてその知識に、コウタは前の世界での知識を重ねる。



「けっとう⋯⋯?」



「ざっくり言うと太りにくくて老けにくくなります。」



 不思議そうな顔で首を傾げるマリーに、コウタはこちらの人間にも伝わるように噛み砕いて説明をし直す。



「⋯⋯アデルって確かにめっちゃスタイルいいわよね。」



 瞬間、エイルの顔色が真剣なものに変化する。



「お肌もめっちゃ綺麗です。」



 それに続くようにマリーもアデルの顔を覗き込む。



「⋯⋯っ、近いんだが。」



 まじまじと視線を向けられたアデルは少しばかり恥ずかしそうに視線を逸らす。



「ならアレが原因だったりして。」


「⋯⋯マリー。」


「ええ。」


 瞬間、二人は目を合わせて首を縦に振る。


「「堅パン追加で!」」







 そして約一時間後。


 食堂を出た一同の最後尾では、二つの影がフラフラと覚束ない足取りで街を進んでいた。



「⋯⋯あ、顎が。」



「いたぁい。」



 堅パンの硬度にノックアウトされたマリーとエイルは、顎を抑えながら疲労感を滲ませていた。


「思ったより時間がかかりましたね。」


 一方で普通の食事を楽しんだセリアは、満足そうにしながら彼女らに視線を向ける。



「あれ慣れないと食べるのしんどいんですよね。」


 アデルとの二人時代に散々それを口にしてきたコウタは、どこか懐かしそうに苦笑いを浮かべる。



「⋯⋯美人は一日にしてならず、だね。」


 その惨状を前に、やや気圧されながら、アイリスはそんな感想を口にする。



「でもご飯は美味しかったですよ。流石はアイリスさんのおすすめですね。」



「でしょー?大好きなんだ。」




「まだもっと見せたい所が——ん?」



 そんな言葉を口にした瞬間、アイリスの言葉がぴたりと止まる。




「アイリスさん?」


 動きを止めて視線を向けた先、少し高い建物が並ぶ中で、そのうちの一つから赤い光を放つ塔が視界に入る。



「⋯⋯コウタ君、ちょっと話したいことがあるみたい。あのおっきい建物に集まれる?」



 そしてハッと我に返ったアイリスが、その塔の横に聳える一際大きい建物を指差す。



「⋯⋯話したいこと?」



 真剣な顔を見せる彼女の姿に、只事ではない雰囲気を感じ取りながら、コウタは問いかける。



「うん、多分、ラフカの事だと思う。」



「⋯⋯っ。」



 瞬間、緩まっていた雰囲気が一気に引き締まり、最後尾で歩いていたエイルの目が大きく見開かれる。



「シリウスさんを呼んできます。皆さん先に行ってください。」



「⋯⋯分かった。」



 アデルの返事を聞くと同時に、コウタは加速のスキルで一気に飛び上がって近くの屋根の上に上がる。



 そして屋根の上を飛び移りながら、上空からシリウスの姿を探し始める。



「⋯⋯どこ行ったんだ。」



 大通りを〝観測〟のスキルを交えながら一気に見通す。


 しかし、彼の目立つ銀髪も、その強靭なステータスも見つけることができず、コウタは一度路地裏の方へと視線を移す。


 すると、視界の端に僅かに映る銀髪に、コウタは動きを止める。



「⋯⋯っ、そこか。」



 そして、スキルを解いて、細い路地へと舞い降りると、見慣れた背中へと声を掛ける。



「⋯⋯シリウスさん、今から作戦会議⋯⋯⋯⋯ん?」



 見慣れた背中、見慣れた髪色、そして間違いなく自身の仲間であることが確信できていたのにも関わらず、その背中に、コウタは妙な違和感を覚える。


 言葉にならない、致命的な何かが、一瞬、コウタの動きを止める。


 しかし、コウタは静かに口を開く。




「⋯⋯シリウスさん?」



「⋯⋯⋯⋯。」



 問いかけに対して、返事はない。


 少し遅れて、振り返った顔は、どこか悲しみが滲んでいるように見えた。



「⋯⋯コウタ⋯⋯⋯⋯悪りぃ。」



 泣きそうに笑う彼の表情は、理由もわからずコウタの胸を締め付ける。








 同時刻。


 大海原の中心では、彼らを追って海を進む、〝魔王軍四天王〟サティアタ・リルフェンの乗る船が、その先にある大地を見据えていた。



「⋯⋯おやおや、ようやく見えて来たね。」



 彼の視線が捉えるのは、北の大陸の港町。



「思いのほか遅くなってしまった。やはり慣れることはするべきじゃないね。」



 どこか乾いた表情で笑う男は、乾いた血が赤黒く染め上げる甲板の上で、足を組みながら優雅に座って呟く。



「そう考えると、君達を拾えたのは僥倖と言えるのかな?」



 そう呟く彼の視線の先には、怯え切った表情で舵輪に手をかける人間達の姿があった。



「⋯⋯⋯⋯。」



 しかし、彼の言葉に、反応を示す人間は誰一人としていなかった。



「全く、つまらない子達だ。」



 吐き捨てるように呟くと、サティアタはゆっくりとその場から立ち上がって、〝勇者候補〟キドコウタが待ち構える港町を眺める。



「まあいい、楽しみはここから始まるんだからね。」



 紅に輝く眼光が激しく瞬くと、サティアタは狂気的な笑みを浮かべて小さく呟く。



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