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ティン王国のデッカとリザベル The Happy Lovers  作者: 霜月立冬


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第三十四話 そのような目で余の妻を見るなっ

 アゲパン大陸東端に位置する島国は、他国から「ジポング」と呼ばれている。

 しかしながら、それは飽くまで他称。ジポング国民は、自国を「帆本(ホポン)」と呼称している。

 何か、こう、火山噴火と同時に「ひょっこり」しそうな名前である。これもまた、島国故の感性か。

 そもそも、ジポング――帆本は島国故、他国からの影響が少ない。帆本内では「帆風(ホフウ)」という独自の文化が発展している。

 王都「江都(エト)」の構造も、その内の一つ。


 江都を上から見ると、川と見紛う大きな堀が「右巻きの渦状」になっている。江都城の城下町は、その間に挟まるように展開していた。


 渦の中心に将軍の居城「江都城」。その御膝下に「武家街」。更に外側を「町人街」――と、いう順番だ。江都城には、真っ直ぐ辿り着けない構造となっている。

 一応、城下町にはメインストリートが有る。しかし、それらは途中で建物、壁、なんやかんやの障害物にバッサリ遮られている。支道も袋小路ばかり。初見で江都城まで辿り着くことは難しいだろう。それ以前に、迷子になること間違いなし。


 そんな「迷宮」のような場所で「祭」が開催されている。それも、全宇宙に名を轟かせている奇祭、「褌祭(ふんどしまつり)」だ。

 褌祭を見学しようと、外宇宙から異星人までもがやって来るとか来ないとか。

 まあ、仮に「やってきた」としても、現地民は無視する。発祥の地である地球の人々であろうとも、江都の都民達であろうとも、全力で無視する。

 何しろ、褌祭の開催期間中は何かと忙しいのだ。それこそ人の心を亡くすほど。「今、正に開催中」となれば尚更だ。

 些事に構っていられるほど、皆は暇ではない。例え異星人を見付けたとしても、「祭」以外に興味関心を覚えられる状態ではなかった。


 今、江都城下町人街のメインストリートには、江都中の都民達が大勢詰め掛けている。それなりの広さが有る大道が、黒山の人だかりで埋め尽くされている。宛ら「満員電車の鮨詰め状態」と言ったところ。蟻の這い出る隙間もない。そのはずだった。

 ところが、蟻より遥かに大きな物体が「ぬっ」と湧いて出た。


 人海のど真ん中に、「屋根付きの箱」が覗いている。それを押し上げているものは、「半裸の男達」だった。


 男達が担いでいる箱は、ジポングの「神輿」という。

 男達の格好は「(さら)(ふんどし)」という。彼らこそ、この褌祭の主人公達だった。


 神輿は、一箇所に止まらず、人海を掻き分けながら突き進んでいた。人だかりの荒波に翻弄されながら、一歩ずつ前へ。その際、自分達を鼓舞すべく、大きな掛け声を上げていた。


「「「「「『ほっちゃん』、ほっちゃん、ほっちゃん、ほっちゃん」」」」」


 ほっちゃん。一応、それなりの意味が有る言葉だ。

 最初の「ほ」は、国名に付いている「帆」のこと。

 最後の「ちゃん」は、「ちゃんとしようね」という訓戒。

 要約すると、「帆本を真面な国にしよう」となる。「国民全員が一致団結して国を興していこう」という意気込みを表している。その掛け声は、神輿の進路を遮る人海からも上がっていた。


 皆、帆本を良い国にしようと頑張ってるんやな。


 外宇宙から来た異星人達は、江都の都民の心意気に涙した。しかし、そんなことはどうでもいい。今は祭だ。ほっちゃん、ほっちゃん。


 ほっちゃんの掛け声は、主に神輿の周りから湧き上がっている。しかし、それは「一箇所」だけではなかった。

 神輿の後ろから、別の神輿がやってきていた。その後ろには、別の神輿が控えていた。後から後から――全部で二十台。

 神輿の構造自体は、どれも同じだ。しかし、それぞれ「別物」と物と錯覚するほど、特異な意匠が凝らされていた。

 担がれている箱が、ドラゴン(ハリボテ)であったり、歌舞伎役者であったり、お城であったり――多種多様。それらの担ぎ手も、多種多様だった。


 男性ばかりであったり、女性ばかりであったり、子どもばかりであったり。


 老若男女――神輿の担ぎ手達は皆、鬼の形相をしながら「ほっちゃん、ほっちゃん」と強行軍を続けている。その中に「本物の鬼」が紛れていたとしても、誰も気付かない。気付いたとしても、誰も気にしない。気にする余裕が無かった。

 果たして鬼は――いた。それも、素顔のまま。

 鬼は晒し褌姿で、エト民と思しき晒し褌姿の男達と一緒に、大きなハリボテの神輿を担いでいた。


 鬼は、中年の男性のように見える。その額か伸びる一本角は、「大人の手」と形容できるほど大きい。


 その鬼の名は「ムケイ・ティン」。


 ティン王国の国王だ。今は「使者」として、晒し褌姿で神輿を担いでいた。ティン国の国民が見れば、「何で?」と首を傾げただろう。


 ムケイは、自国民が理解不能な奇行を存分に披露していた。

 その最中、隣にいる神輿の担ぎ手(中年と思しき男性)に向かって声を上げた。


「『ラッキー』殿。これで、これで宜しいのですかな?」


 ラッキー。それは、相手の男性の愛称だ。


 その男の名は「徳下良月(トクシタ・ラツキ)」。


 帆本の王、「将軍」だ。その将軍様が、晒し褌姿で、神輿を担いで「ほっちゃん」している。帆本の国民が見れば、「何で?」と首を傾げるだろう。

 しかし、実際のところは誰も首を傾げていなかった。何故なのか? それもまた、帆本ならではの事情が有った。


 帆本の殆どの国民は将軍の顔を見たことが無い。

 そもそも、将軍が「一般人の前に顔を出す機会」は皆無。将軍の拝顔が許される者は、為政者達の中でも上位にいる者ばかり。

 その為、一般人の前に素顔を晒しても、誰も気付かないのだ。この事実を題材にした現代劇も存在している(第三十一話参照)。


 今の将軍良月は「遊び人のラッキーさん」だった。因みに、ムケイにも愛称が付けられていた。


「『ムッキー』殿。それで良い、それで良い。その調子、その調子――それ、ほっちゃん、ほっちゃん」


 ムッキー。明らかに本名(ムケイ)から捩っている。しかし、当のムケイ本人は「正体バレ」を全力で無視して、その愛称を受け入れた。


 ラッキー&ムッキー。中々格好良いのでないか?


 ムケイは気に入ってしまった。今のティン王国国王は「遊び鬼のムッキーさん」だった。


 鬼と人間が、一緒になって神輿を担いでいる。この場に「桃太郎」がいたならば、全力で黍団子を投げ付けているだろう。しかしながら、それを「ひょい」と拾って「ぱくっ」と食べる余裕は、ラッキーさんにも、ムッキーさんにも無かった。


 ラッキーさんも、ムッキーさんも、神輿を担いで「ほっちゃん」するので手一杯だった。そのはずだった。ところが、ここで二人の意識を惹き付けて止まない異常事態が発生した。

 二人が担ぐ神輿に、黄色い声援が上がった。


「きゃーっ、ラッキーさん素敵っ、格好良い。帆本一(ホポンいち)っ!!!」


 女性の声だった。それに、ラッキーさんが反応した。


「あの声は――」


 ラッキーさんは、声がした方を見た。

 すると、そこに艶っぽい熟女が立っていた。その姿を見た瞬間、ラッキーさんの顔に満面の笑みが浮かんだ。


「『ニコ』ちゃんっ」


 ニコ。それは、愛称ではあるが、まんま本名でもあった。


 その女の名は「日光丹瑚(ニッコウ・ニコ)」。


 丹瑚は将軍家の傍流、名門「日光家」の令嬢にして、今は御台所(将軍の正室)である。因みに、帆本では夫婦別姓なのだ。


「きゃーっ、ラッキーさあああんっ」


 丹瑚は、何度も黄色い声援を上げ続けた。その美貌には、明るく眩しい「にっこにこ」の笑顔が浮かんでいた。その眩しさは、ラッキーさんの視界だけでなく、隣のムッキーさんの視界までも明るく照らしていた。


 何と、眩しい笑顔なのか。


 ムッキーさんの目が眩んだ。いや、眩み掛けた。しかし、耐えた。彼の心には、丹瑚に負けずとも劣らぬ「個性的な女性」が住んでいた。


 余の嫁は――今、何処(いずこ)


 ムッキーさんは、ティンポウ全開で「嫁」の姿を探した。すると、それは存外近くにいた。


 ラッキー&ムッキーが担いでいる神輿の後ろに、別の神輿が迫っていた。それは「牛」のハリボテを乗せた神輿だった。

 牛を支えているのは子どもばかり。幼き故に、男女混合になっている。皆、晒し褌姿で神輿を担いで、一生懸命「ほっちゃん」している。


 子ども達の殆どは、江都民と思しき人類種だ。しかし、唯一人だけ「別種族」が混じっていた。

 蟀谷の上から「大人の手ほどの角」を生やした子どもの鬼。性別は――女性。


 鬼少女は、晒し褌に法被をまとって、ハリボテの背中に跨っていた。その両手に、巨大な団扇を握って、


「ほっちゃん、ほっちゃん」


 牛の背から、下々に向けて風を送っていた。その様子は、江都民達の視界にバッチリ映り込んでいた。


 あの子、頑張り屋さんだなあ。


 最年少と思しき少女が、どの子よりも元気一杯に頑張っている。その姿を見る江都民質の目も、皆優しげだった。


「「「「「えらいぞぅ」」」」」

「「「「「よっ、千両役者っ」」」」」


 皆、鬼少女の頑張る姿に感動して、拍手した。しかし、彼らは皆騙されていた。現実は、予想以上に残酷だ。

 その鬼少女は、実は二児の母。しかも、王妃なのだ。


 その鬼少女――いや、鬼女の名は「マルコ・ティン」。


 妙齢の女性が、あられもない姿で衆目を集めている。その事実を知る者にとって、現況は「成人指定ギリギリ」だった。人によっては「アウト」だった。「彼女の夫」となれば、現況は耐え難い拷問だった。


 そのような目で余の妻を見るなっ!!!


 ムケイは、心の中で叫んだ。しかしながら、彼が思う「そのような」と、江都民の「そのような」では、全く別物だった。


 誰も、マルコを「大人」として見ていなかった。

 

 残酷な現実を、誰も気付いていないという事実。

 このとき、ムケイは冷静ではなかった。最後まで江都民の心を見抜けなかった。その為、終始やきもきしていた。そんな夫とは対照的に、マルコは――


「「「「「ほっちゃん、ほっちゃん、ほっちゃん、ほっちゃん」」」」」


 子ども達と一緒に、全力で褌祭を満喫していたのだった。目出度し、目出度し。

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