第三十三話 今、城下で褌祭が催されているのですが
武士の国ジポングの首都(王都)を「江都」という。他国の王都同様、王(ジポングで言うところの『将軍』)の居城を中心に、城下町が広がっている。
王城――江都城の周りには堀が有ったり、城壁が有ったりする。しかし、城下町には何の防衛機構も無い。「平和だね?」と、いう訳ではない。
実は、城下町自体が江都城の防衛機構なのだ。城下に暮らす領民は、ちょっとだけ涙目になっても良い。
尤も、そこは武士の、武士に因る、武士なりの考え。元より籠城戦となれば、領民を城に押し込めるつもりなのだ。城内には領民を匿う設備や、備蓄がタンマリ有った。まあ、それはそれとして。
現在、江都城内、他国でいうところの「謁見の魔」に、奇妙な「男女」の姿が有った。
歳の頃五十代――もしかしたら四十代後半と思しき男性と、十代前半――もしかしたら十歳未満と思しき女性。
二人は一見、親子。しかして、その実態は夫婦。しかし、只の夫婦ではない。二人の額から「大人の手」と形容できるほど大きな「角」が生えていた。
明らかにティン族。それも、王侯貴族級にデカい。さもありなん、宜なるかな。二人は王族だった。
ティン王国国王ムケイ・ティンと、その妻、王妃マルコ・ティン。
そんなやんごとない身分の二人が今、畳敷きの広間のど真ん中で、武士達に囲まれながら平伏していた。
何してんねん?
居合わせた武士、ジポングの為政者(将軍の近習)達は、二人の正体を知らない。それでも、「絶対に只者ではない」と直感して、二人をジト目で見詰めていた。彼らの主である将軍、徳下良月も「何かトンデモナイのが来ちゃってるぞ」と思いながら、引きつった笑みを浮かべていた。
そんな異様な雰囲気の中、平伏していた男女の内、男性の方が声を上げた。
「余――いや、我が王ムケイ陛下から、将軍様宛の『親書』を預かっております」
親書。そこには現況の理由や意味が書いてある――かもしれない。居合わせたジポングの為政者達は、親書の内容に期待した。それを確かめたい気持ちも沸いた。
しかし、その前に「ちょっと気になること」が有った。
今、「余」って言ったよな?
余。とても偉い人が使う一人称である。それを許されている存在は、惑星マサクーンに於いては「王」、ジポングに於いては「将軍」唯一人。その事実は、将軍良月を含め、彼の近習達も良く心得ていた。皆、「マジか」と確認したい気持ちが沸いた。しかし、
「「「「「…………」」」」」
誰も何も言わなかった。
武士は存外にプライドか高い。受けた恥を雪ぐ為に、自分の腹を捌いてしまうほどに。自分達が「それ」なのだから。相手の王も言わずもがな。
ジポングの為政者達は、ムケイ夫婦に全力で気を遣った。そのやんごとなき使者が、「将軍宛の親書が有る」と言えば、受け取らない訳にはいかない。
ジポングの為政者を代表して、将軍良月が口を開いた。
「では、親書を拝見させて頂こう」
良月が声を上げると、良月の背後から「ぬっ」と、小柄な影が飛び出した。
影の正体は、裃を付けた美少年だった。「小姓」という将軍の付き人である。
小姓はムケイの前に進み出て、どこからともなく「三宝(正月に鏡餅を乗せる台)」を取り出した。それを両手に持って、恭しく掲げて、
「親書をこれに」
ムケイに向かって親書の提出を要求した。すると、ムケイもまた、どこからともなく親書と思しき「封蝋付きの手紙」を取り出して、恭しく三宝の上に乗せた。
その直後、小姓はムケイの方を向きながら、亜光速で後退した。そのまま良月の隣まで下がったところで、
「どうぞ」
良月に向かって親書を掲げた。それを良月が受け取って、どこからともなく取り出した小柄小刀で封を斬った。そのまま中を開いて――
「ふむ」
暫し熟読。その内容を脳内で要約した。
「信愛なる将軍、徳下良月様。余、ムケイはジポング好き好き。これからも仲良くしてね。それから、余の使者達を『余』と『余の妻』と思って、大事にしてね。二人を楽しいところに連れて行ってね」
親書を読む良月の額に汗が滲んだ。
これって――「そういうこと」だよな。
良月は「ムケイの使者(自称)」を見た。マジマジと見詰めた。その最中、誰にも聞こえないよう、小さく溜息を洩らした。しかし、ゲンナリしたのは一瞬だった。
良月は直ぐ様キリリと顔を引き締めた。そのイケメン表情を維持したまま、周りにいる近習達に向かって声を上げた。
「皆、席を外せ。使者殿とサシで話がしたい」
良月は、一人この場に残って、ムケイ夫婦と話し合うつもりだった。その命令に、近習達の目が、そのまま飛び出ると錯覚するほど大きく開かれた。
「「「「「上様(将軍の別称)、それは――」」」」」
近習達は、良月を諫める気満々だった。制止の言葉を吐き掛けた。その矢先、良月が先に声を上げた。
「頼むよ」
良月は手刀を切るように、右手を真っ直ぐ伸ばして眼前に掲げた。その際、彼の顔には申し訳なさげなハニカミの笑みが浮かんでいた。その仕草と表情は、まるで悪戯っ子のそれだ。その様子は、近習達の目にシッカリ映っていた。
まるで、儂の孫やん。
良月の純真無垢な精神攻撃が、近習達の心に会心の一撃を食らわせた。それぞれ「しゃーありませんな」と言って、謁見の間から退出した。
しかし、そこは武士。古くから将軍に仕える旗本(近習の別称)。謁見の間を出るや否や、急いで隣の部屋に入った。全員、襖に耳をくっ付けて、必死に聞き耳を立てていた。
そんなことになっていようとは露にも気付かず、良月は厚畳から降りて、不用意に使者(自称)に近付いた。
「使者殿――面を上げて下さい」
良月が声を掛けると、ムケイとマルコは顔を上げた。その際、視線は下げたままだった。その様子は、良月の視界にも映っていた。
「もう、そのように畏まらずとも良い――良いです」
良月は、ムケイ達に「楽な姿勢で座るように」と勧めた。ムケイ達は、最初渋った。しかし、
「将軍様が、そう言われるのでしたら」
ムケイは胡坐を掻いた。マルコは正座した。その二人に向かって、良月は微笑み掛けた。
「えっと、『楽しいところ』に――でしたよね?」
良月は親書の内容を繰り返した。その瞬間、ムケイとマルコの目が「キラキラ」という擬音を可視化させながら輝いた。その目を見れば、期待していることが痛いほど分かった。その想いに、良月は全力で応えた。
「今、城下で『褌祭』が催されているのですが」
褌祭。それは、遠く離れた銀河系で若者達を熱狂させている「銀河三大祭」の一つだ。その奇祭が、遠く離れた惑星マサクーンにも存在していた。その事実は、ジポング現代劇通のムケイも、よくご存じだった。
「むふーむふー」
ムケイの鼻息が荒くなった。マルコの小鼻もヒクヒクしていた。それぞれの顔に「参加したい」と書いてあった。その可視化した願望は、良月の目にもハッキリ映っていた。
「お忍びになりますが、余――いや、私と一緒に行ってみませんか?」
良月の誘いに、ムケイとマルコは全力で頷いた。
お忍びで城下町に繰り出したムケイ、マルコ、良月の三人。その際、ムケイと良月は「祭の正装」に身を固めていた。そして、マルコも――
次回、「第三十四話 そのような目で余の妻を見るなっ」
あられもないマルコの姿が、江都民の視線に晒される。




