第三十五話 何でズボンを履いてませんのおおおおおおおっ
アゲパン大陸の北東にそびえ立つ天下の険、ピタラ山脈。その麓に広がる白い城塞都市、王都オーティン。その中心に立つ白亜の王城で、ちょっとしたファッションショーが行われていた。
場所は王城最大の広間、謁見の間。
ピタラ石が敷き詰められた白亜の空間(中心)に、四人の男性が立っている。
国王ムケイ、第一王子デッカ、第二王子フルイ。
王族男性揃い踏みである。その中に混じって、長身痩躯の男性、デッカ専属声騎士のブラリオがいた。
それぞれの立場や身分は、当然違う。しかしながら、今はそれぞれ一人の男として同じ「土俵」の上に立っている。
土俵と言えば「力士」を想起する者は存外に多い。実際、四人とも力士っぽい格好をしていた。
有り体に言えば「殆ど全裸」である。唯一身に着けているものは、腰から垂れる「長い白布」だけ。その布の意味と正体が、ムケイの口から飛び出した。
「どうだ? ジポング土産の『褌』の履き心地は?」
褌。極東の島国「ジポング」に於ける一般的な男性の衣装である。その眩しい白さに、ムケイは心底惚れ込んでいた。
ムケイは、その鋭い瞳をキラキラ輝かせながら、息子達(幸運にして巻き込まれたブラリオを含む)に感想を要求(立場的に強要)した。すると、デッカが反応した。
「ふむ」
デッカは、感想を言う為に、先ずは自身の体を見回した。
このとき、デッカは堂々としていた。堂々と褌姿を晒していた。殆ど全裸という状態でも、何ら恥じることは無い。
しかしながら、「この場の全員が、褌姿に自信満々」という訳ではなかった。
国王の意に反する不届きな言葉が、デッカの弟君(『おとうとくん』とルビを振りたいところだが)の口から飛び出した。
「僕は、少し恥ずかしいです」
フルイは右腕で胸を隠し、左腕で股間を隠そうとしている。その言動は、当然ムケイの耳目に入っている。
「恥ずかしい?」
ムケイの端正な顔が、ピシリと音を立てて強張った。その喉下まで「ばっかもーん」という怒鳴り声が込み上げた。心中には説教を垂れたい気持ちも沸いている。
しかしながら、王偉をものともしない不届き者が、もう一人いた。
ブラリオは、その痩身を存分に晒しながらも、頻りに首を捻っている。
「陛下。何故、フンドシ――ですか? これ一枚しか身に付けてはならないのでしょう?」
褌一丁。繰り返すが、ジポングでは一般的にして普遍的な衣装だ。街中で歩いていても、誰も咎めない。
まあ、現代の日本に於いては通報案件かもしれないので注意。
兎も角、ジポングに於いては「これで良いのだ」である。その伝統文化の粋や機微を、ムケイは骨身に染みて理解している。
「褌とは、即ち『魂』である。これ一つで勝負してこそ、意味が有れば価値も有るのだ」
ムケイの言葉には、うっとおしいくらいの熱意が籠っていた。一般ティン族であれば耳が火傷しているところだ。
しかしながら、「武人」であるブラリオの耳には、涼風並みの心地良さをもたらしていた。その感覚が、褌に対するわだかまりを「炎天下に置きっ放しにした氷」のようにとかした。
「そうなのですかっ!」
ブラリオは大きく頷いた。続け様に、自身の腰にまとった褌を見た。その瞳は、ムケイのようにキラキラ輝いている。その想いが、口から零れ出た。
「これが、俺の魂」
ブラリオの鼻息は荒い。その様子を見詰めるムケイの瞳が、我が子を見詰めるような優しげなものに変わっていた。
かくして、ムケイは仲間を一人得た。後は、実の息子達を褌の沼に引き入れるだけだ。ムケイの心に「褌を広く知らしめたい」という野望が燃え盛っていた。
しかし、ムケイの野望にはほんの少しだけ問題が有った。それを阻む存在が、この場に現れた。
ムケイが「沼に引き摺り込もう」と、狩人の視線で息子達を見詰める最中、唐突に謁見の間の扉が開かれた。
大扉の向こうから白いドレス姿の二名の女性が現れた。
一方は、小学生と見紛う程背が低い。もう一方は、大人(女性)の腕と錯覚するほどのデカいティンティンが生えている。
前者はマルコ。後者はリザベルである。
リザベル達は、それぞれドレスの上から青い「法被」をまとっていた。それぞれ、とてもハッピーな様子である。
それもそのはず、法被はマルコのジポング土産なのだ。
リザベル達は、「それぞれの想い人に法被姿を披露しよう」と、謁見の魔を訪れたのだ。
実際、ドレスに法被は意外に合う。例えるならば、「赤身にマヨネーズを掛けてトロ風味」、或いは「胡瓜に蜂蜜を掛けてメロン風味」と言ったところ。
マルコは元より、リザベルも大いに気に入っている。
絶対に、デッカ様からお褒めの言葉を授かれますわ。
リザベルの胸は期待に満ちていた。その瞳はキラキラ音を立てて輝いていた。その虹色の視界の中に、デッカ達の姿が飛び込んだ。
その瞬間、リザベルの心臓毎時間が止まった。
「!?」
絶命不可避の絶句。その時間はコンマ五秒ほど。
再び時間が動き出したところで、リザベルの口から轟音が飛び出した。
「何で裸ですのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
リザベルの絶叫を受けて、四人は慌てて服を着出した。
その最中、女子達は何をしているかというと――マルコはにこやかに微笑んでいた。
「あらあらまあまあ」
マルコは夫と息子達を狩人の視線で温かく見守っている。
対してリザベルはというと、こちらはデッカ達を見ていない。両手で目を覆ってしゃがみ込んでいる。その隙間から覗くリザベルの耳は、真っ赤に染まっていた。
因みに、例に因ってティンティンは丸出しである(この情報要る?)。
暫く後、ムケイが「もう良いぞ」と声を掛けた。それを聞いて、リザベルは立ち上がった。
「一時はどうなることかと思いましたわ」
完全に直立したところで、リザベルは目から両手を離した。
リザベルの視界に、再びデッカ達の姿が映った。
それぞれ、王族の衣装なり、騎士の衣装なりをまとっている。「これで一安心」と言いたい。言いたかった。
ところが、言えなかった。代わりに驚きの声が漏れた。
「なっ!?」
四人を見詰めるリザベルの顔は「ピシリ」と音を立てて強張った。その表情の意味が、彼女の口から飛び出した。
「何でズボンを履いてませんのおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
デッカ達は、確かに「上半身は正装」だった。
しかし、「下半身は褌一丁」だった。その理由が、ムケイの口から飛び出した。
「これは、ジポングの正装であるぞ」
ムケイはリザベルにジポングの文化を解こうとした。ところが、
「知りませんっ!」
尻が出ているだけに、知りません。
リザベルは上手いこと(座布団十枚級)を言いながら、全力で拒絶した。続け様に、地の利を最大限に活かした理由を述べた。
「ここはティン王国ですわあああああああああああっ!」
リザベルは、両肩を大きく上下させながら、王族男子(不幸にして巻き込まれたブラリオを含む)達に再度要求(強要)した。
「早くズボンを履いて下さいましいいいいいいいいいいいいいいっ!!!」
リザベルの言葉を受けて、ムケイとブラリオは渋々と、デッカは淡々と、フルイは「ほっ」と安堵しながらズボンを履くのだった。




