第三十一話 お兄ちゃんが、そのようなこと申すはずが無い
アゲパン大陸北方、天壁ピタラ山脈の麓に在る白い城塞都市「王都オーティン」。
ティン王国最古の都市であるが故、オーティンには様々な名所旧跡が存在している。
その内の一つ、都市の中心(王城)から、ちょっと南寄りに「中央広場」と呼ばれる開けた場所が有った。
ピタラ石を敷き詰めた、直径三百メートルの大真円。そこは今、額に角を生やした人間(ティン族)」で溢れ返っていた。それこそ「王都中のティン族が集まっているのでは」と錯覚するほど。
何故なのか? その謎を解く鍵は、人海の中心に設けられた「木製の建造物」に有った。
それは、急造した「野外舞台」であった。
舞台の上で、人間(真人間族)が大声を張り上げながら動き回っている。
人間達は皆、「羽織袴」という異国の衣装をまとっていた。頭に髷を結って、腰に打刀を差している。
その格好は、東方の島国「ジポング」に住む「お武家様」のものだ。
お武家様が、鬼(ティン族)の集団に囲まれている。その様子を地球人が見たならば、「お労しや」と手を合わせてしまうだろう。
実際、お武家様方も生きた心地がしていなかった。しかし、彼らは逃げなかった。舞台の上から降りなかった。
そもそも、お武家様達には「鬼(ティン族)を楽しませる」という使命を持っていた。それを果たす為、この国(ティン王国)にやってきたのだ。
お武家様達は、全員「役者」だった。それも、ジポングで最も有名な演劇集団、その名も「ジポング歌劇団」の団員だ。
今日の演目は「甘えん坊将軍」という痛快娯楽現代劇。
物語の内容を簡潔に表現すると、「ジポングの最頂点に君臨する将軍が、あの手この手で色んな人に甘えまくる」といったところ。人気シリーズであるが故に、和数も多く、お約束の展開も多々有った。
しかしながら、今日の話は少々「特殊」な内容になっていた。
舞台の上では、複数のお武家様達が円を描くように並んでいた。彼らは全員内側を向いていた。その円心には一人のお武家様(壮年)の姿が有った。
そのお武家様こそ、物語の主人公「徳俵新之助」。その正体は当代将軍「徳下値吉好」である。
当然ながら架空の人物である。
今、新之助(吉好)は単身で敵地(悪代官宅)に乗り込んでいた。そこには悪代官と、その手下(家臣団)が待ち構えていた。
新之助(吉好)は、アッサリ包囲されてしまった。窮地に陥っている。しかし、新之助(吉好)は落ち着いていた。
「ふふふ」
新之助(吉好)は、見目麗しいイケ面に涼しげな微笑を浮かべながら、顔に似合わぬ野太い声を上げた。
「勘定奉行『疋夜卯種』。其方の悪事は既に露見している。潔く腹を斬れ」
この窮地に在って尚、上から目線の傲慢な物言い。その傍若無人な態度は、会場に詰め掛けた鬼(ティン族)達の胸を打った。その際、感極まった観客が声を上げた。
「流石『上様』だ」
上様。それはジポングに於ける将軍の別称だった。それを知っている観客は、所謂「通」だった。
実のところ、王都民は「甘えん坊将軍」の内容を知っていた。「どこから情報を仕入れたのか」といえば――彼らの領主、国王ムケイ・ティンだ。
ムケイは「ジポング現代劇」の大ファンだ現代劇通だった。その為、王都オーティンには「その手の読み物」が沢山有った。
そもそも、今回ジポング歌劇団を招致(二回目)できたのも、ムケイの強い「推し愛」が有ったればこそ。
観客達は「きっと、こうなるだろうな」と先の展開を予想していた。ところが、ここで予想外の事態が起こった。
新之助(吉好)を囲む集団の中で、一際年配のお武家様が前に進み出た。
疋夜卯種、その人である。彼は、その強面に「苦虫を噛み潰した」と想像させる渋面を浮かべながら、その表情に見合った苦々しげな声を上げた。
「上様――いや、『お兄ちゃん』」
「「「「「!?」」」」」
会場にどよめきが起こった。それほどまでに、五十代と思しき年配の男性が告げた言葉は意外、予想外のものだった。しかし、言葉の意味は理解できた。
まさか、あのおっさん(卯種)が――上様の弟なのかっ!?
疋夜卯種は将軍吉好の「生き別れの弟」だった。その事実を直感した瞬間、観客達の首が一斉に傾いだ。
どう見ても、上様の方が若いのだが?
片や三十代、片や五十代。「どっちが兄か?」と問われれば、後者を想像する者が多数だろう。例え額に角が生えていようと、尻尾が生えていようと、豚面だろうと、その道理に「否」は無い。
しかし、「ジポング随一の演劇集団」の異名は伊達ではない。彼らの演出力と演技力は、ティン族の想像を超えていた。
観客の頭上に「?」が浮かぶ中、舞台袖から重厚な美声が響き渡った。
「卯種は、その『老け顔』を生みの親に疎まれ、遠縁の親戚(疋夜家)に預けれてしまったのだ」
劇団の語り手が、情感タップリに当時の出来事を説明した。すると、観客中から啜り泣く声が上がった。
「おかわいそうに」
会場の空気は「お通夜」と錯覚するほどシンミリドップリ沈み込んでいた。その重苦しい空気の中、新之助(吉好)の快活な美声が響き渡った。
「俺の弟なればこそ、潔く腹を斬れ」
「「「「「何と非情な!?」」」」」
新之助(吉好)の判決に、再び会場がどよめいた。観客達の視線は卯種に集中していた。
卯種の老け顔(設定上)は、今にも泣きそうなほど歪んでいた。その表情を、多くの観客達が視認した。その直後、富士山型に歪んだ口が開いた。
「お兄ちゃんが、そのようなこと申すはずが無い」
卯種の声は上ずっていた。その変調は、聞く者にヒステリックな印象を覚えさせた。
実際、卯種は正気ではなかった(演技)。彼は一層声を荒げながら、狂気の沙汰を告げた。
「此奴はお兄ちゃんを語る不届き者ぞ。構わん、斬り捨ていっ!!」
卯種は手下に向かって「上様(兄)殺害」を命じた。
将軍に手を上げる。現実では有り得無い。有ってはならない暴挙だ。しかし、悪代官の手下は一斉に抜刀した。
殺る気だ。
観客の誰もが悪代官側の「殺意」を直感していた。相応の対応をしなければ、膾切りにされることは必定だった。
しかし、新之助(吉好)は打刀を抜かなかった。彼は手前にいた卯種の手下に近付いて――抱き付いた。その行為を見た瞬間、観客の誰か(ジポング現代劇通)が叫んだ。
「出たっ、甘えん坊将軍必殺――『甘えっこ殺法』」
甘えっこ殺法。それは「甘えることで相手をトキメかせ、心臓の鼓動を速めて殺す」という、甘えん坊将軍にしかできない必殺技(摩訶不思議現象)だった。
新之助(吉好)は抱き付きながら、相手の胸を愛おし気に頬擦りした。すると、相手は「あふっ」「はうっ」と奇声を上げ、トキメきながら倒れた(絶命)。
最後に残った卯種も、逃げることもできずに抱き付かれた。
「お、お兄ちゃん――」
卯種は、兄の体を抱き締めながら昇天した。その様子は、観客達の目にシッカリと焼き付いていた。
「「「「「ぶらぼおおおおおおおおっ!!!!!」」」」」
観客全員、歓声を上げ、涙を流しながら拍手をした。その中に、一際デカいティンケース付きの帽子を被ったカップルがいた。
デッカとリザベルである。
デッカ達は「お忍び」でジポング歌劇団の舞台を見に来ていた。
お忍びであるが故に、いつぞや(第八話~十五話)と同じ市井の格好をしている。「格好に関して言えば」、唯一の違いは「リザベルの顔に『鋭利な視線防止用の仮面(市井版)』が張り付けている」ということだけ。
尤も、今回には前回とは大きく違う点が有った。それは――「同行者」。
デッカ達の傍に、見目麗しい美少年がいた。その美貌は、どことなくデッカに似ていた。しかし、当然ながら同じではない。幾つかの違いが有った。
少年の身長は、デッカより頭一つ分低い。その美貌も、デッカより数年分幼い。額から生えたティンも、デッカのそれより遥かに小さい。
尤も、ティンに関してはデッカがデカすぎるだけ。少年のティンは「大人の手」ほどの大きさ。上級貴族、或いは王族級だ。
上級貴族、或いは王族と思しき美少年が、拍手をしながらデッカに向かって声を上げた。
「ねえ、『兄上』」
兄上。デッカに対して、その呼称が許される者は、ティン王国に於いては唯一人。
美少年の正体はティン王国第二皇子、その名も「フルイ・ティン」。デッカよりも四歳年下、今年で十二歳になる。
何故、フルイがここにいるのか? それは、彼らの父にして国王ムケイ・ティンの計らいだった。
今から二日ほど前、ムケイは二人の王子を謁見の間に呼び付けた。
「一体、何用か?」
デッカにも、フルイにも、二人一緒に呼び出される用件に覚えがなかった。首を捻りながら白亜の広間(謁見の間)に入った。すると、そこには父王と数名の国務大臣の姿が有った。
「おお、来たか。我が息子達よ」
ムケイは息子達の姿を見るや否や、国務大臣達に「ステイ」と命じて、二人に向かって用件を告げた。
「今度中央広場でジポング歌劇団の公演が有るから――『二人』で見てきなさい」
ムケイは「ジポング現代劇」に魅せられていた。その沼にどっぷり嵌っていた。自分の息子達まで沼に引きずり込むつもりだった。その為に、態々ジポングから高名な演劇集団「ジポング歌劇団」を呼び寄せたのだ(二回目)。
因みに、ムケイとしては「兄弟水入らずの観劇」を目論んでいた。親子で熱く語り合うことを夢見ていた。
しかし、甘かった。ムケイが布教活動を行った際、デッカの傍に「奴」がいた。
赤いドレスをまとった貴族令嬢、「リザベル・ティムル」。例え相手が国王であろうとも、我を通す女傑だ。
このとき、リザベルは素顔を晒していた。そのキツイ視線を、よりによって自国の国王に向けながら、
「私も、ご一緒させて頂いても宜しいでしょうか?」
全力で介入した。これに対して、第二王子フルイが反応した。
「構いませんよ」
フルイは満面の笑みを浮かべて頷いた。
実のところ、フルイも他のティン族同様「デカいティンティンを持つ女傑」に深い敬愛の念を抱いている。その為、リザベルの望みは可能な限り叶えたかった。
フルイ殿下の許可を得ましたわっ。後は――
リザベルはデッカを見た。視線がバッチリ合った。その瞬間、デッカの顔に鋭い痛みが奔った。
今日も絶好調だな。
デッカは、リザベルの殺人視線を存分に浴びながら、その端正な口元に全力の苦笑いを浮かべた。
「まあ、フルイが良いというなら」
デッカは、痛みに耐えながら、リザベルの同行を承認した。
デッカが許可した時点で、ムケイの目論見は潰えた。そもそも、リザベルを制御できる者は、この世界(惑星マサクーン)に於いてデッカ唯一人なのだ。
国王ムケイを始め、居合わせた大臣達は「致し方無し」と苦笑いした。
かくして、「兄弟と、兄の婚約者の三人での観劇」となった。当人達にとって、「これで良いのだ」と納得できる結果であった。
しかし、「全く目論見通り」という訳ではなかった。特に、「お忍び」という条件に関しては、完全に失敗していた。
三人は、とても目立っていた。主にデッカとリザベルが。
幾ら市井の格好をしようとも、デカいティン(ティンティン)は誤魔化せない。それに、「前回(第十五話)のやらかし」が、王都民達の脳内に刻み込まれている。
三人の姿を見た者(王都民)は、直ぐに正体を直感した。
しかし、誰も何も言わなかった。後難を恐れて、全力で見て見ぬ振りをした。その気遣いに、デッカとリザベルは気付いていなかった。唯一人、フルイだけは理解していた。
これだけ大きなティン(ティンティン)だもの。そりゃ、分かるよね。
フルイもまたデッカ達に気を遣っていた。「王都民達が気付いている」と気付いていながら、全力で気付いていない振りをしていた。だからこそ、「どうせ正体がバレているのだから」と、デッカを「兄上」と呼んだ。その上で、彼に――媚だ。
「私も、兄上を『お兄ちゃん』とお呼びした方が良いのでしょうか?」
「「!?」」
お兄ちゃん。その呼称には「魔性の魅力」が宿っていた。それを聞いた瞬間、デッカとリザベルの体に衝撃が奔った。
デッカは息を飲んだ。リザベルも息を飲んだ。
このとき、リザベルはデッカ以上の強い衝撃と危機感を覚えていた。
何てことですのっ。その言葉——破壊力抜ギュンですわっ!? このままでは、デッカ様の心がフルイ殿下にっ!? させません、させませんわっ!!
リザベルは直ぐ様防衛策を実行した。彼女は一層デッカに身を寄せて、デッカの顔を真正面から見詰めながら声を上げた。
「で、では、私も『お兄ちゃん』とお呼びしても――」
お兄ちゃん。その呼称をリザベルの口からきいた瞬間、デッカの首が傾いだ。
フルイは弟だから分かる。けど、何で同い年の婚約者が「お兄ちゃん」なの?
デッカの頭上に「?」が浮かんだ。しかし、訳が分からずとも、対処方法だけはしかと心得ていた。
「二人とも『今まで通り』で良いから」
それぞれの立場を鑑みれば、「お兄ちゃん」などと砕けた呼称を使って良いはずが無い。疋夜卯種は例外中の例外なのだ。「不幸な生い立ち」という設定が有るからこそ許された呼称なのだ。
デッカは心を鬼にして、王族と辺境伯一族の威厳を守ろうとした。その想いや考えは、第二王子にも、辺境伯令嬢にも理解できた。
「ははっ、分かりました」
「承知――いたしました」
フルイは、その美貌に小悪魔的な笑みを浮かべながら、恭しく頭を下げた。
リザベルは、仮面の下の口を「へ」の字に歪めながら、残念そうに頷いた。
三人の様子は、他の観客達の視界にも映っていた。その中で、空気の読めない愚か者が声を上げた。
「『お兄ちゃん殿下』、万歳」
お兄ちゃん殿下。その言葉には魔性の魅力が有った。多くの観客達の耳と心に、深々と突き刺さっていた。その直後、周囲の観客から声が上がった。
「「「「「お兄ちゃん殿下、万歳、万歳、万歳っ!!」」」」」
この日以降、デッカの呼称として「お兄ちゃん殿下」が定着するのだった。目出度し、目出度し。




