第三十話 仲良くやっていけそうだね
惑星マサクーン最大の陸地、アゲパン大陸。その「臍」というべき中央部に在る国、オニクランド共和国。その領土の中心に聳える山脈、オツパイン樅帯。その頂上部に群生するオツパイン樅の木の下で、白い革コートを羽織った貴公子と淑女の姿が有った。
貴公子の名はデッカ・ティン。淑女の名はリザベル・ティムル。
リザベルは、大きな樅木に背中を預けるように立っている。デッカは、リザベルの真正面に立っている。
うら若い男女が大きな樅木の下で向かい合っている。その現場に出くわしたなら、脳内に「仲良く遊びましょ」と、楽しげな幻聴が響き渡ったとしても致し方無し、宜なるかな。
しかし、その幻聴は一瞬で雲散霧消する。現況が醸し出す空気は「ラブラブ」ではなく、どちらかといえば「修羅場」に近い。
二人の間に剣呑な緊張感が漂っていた。しかしながら、それを醸し出しているのはリザベルだけ。デッカの方はと言うと、「訳が分からない」と言わんばかりの困惑顔で首を傾げている。
デッカの視線の先には、彼の右手が有った。それは、リザベルの左手に握られていた。その行為に関しては、デッカ側には何の疑念も無かった。問題は、「その奥に控えた物体」に有った。
二人の手は「リザベルの胸」の辺りに掲げられていた。その行為は、リザベルの方から仕掛けたものだった。デッカには意味が分からなかった。
デッカの頭上に「?」が浮かんだ。そのタイミングで、リザベルが謎の呪文を唱えた。
「どうぞ、『お揉み』下さいませ」
「え?」
デッカの首が一層傾いだ。頭上の「?」の数も増えた。しかし、混乱しているのは彼だけではなかった。
この場には、デッカ達の他に、樅の影から二人を見守る護衛者、護衛隊、オニクランド共和国大統領夫婦がいた。彼らの首も一斉に傾いでいた。その困惑の空気は「元凶」にも届いていた。
「あ、私としたことが」
マスクに隠れたリザベルの目に、正気の色が戻った。彼女は冷静になった。その上で、現況に対する「彼女なりの最適解」を告げた。
「繋いでいては、お揉みできませんわ」
リザベルは、直ぐ様デッカと繋いでいた手を解いた。その行為によって、デッカの右手は解放された。その事実を直感した瞬間、リザベルは頬赤らめながら胸部を突き出した。
「どうぞ」
「えっと?」
一体、何が「どうぞ」なのか? デッカにも、周りの護衛者達にも、誰にもサッパリ分からなかった。誰も対応できないでいた。
どうしたら良いのだろう?
デッカは困惑したまま固まっていた。すると、デッカの視界に映った少女の頭がガクンと下がった。その行為を目の当たりにして、デッカはますます困惑した。
「え? リザ?」
「…………」
リザベルは俯いていた。その如何にも「落ち込んでいます」と言わんばかりの体勢から、蚊の鳴くような小さな声が零れ出た。
「私のでは――『ご不満』でしょうか?」
ご不満。その言葉を告げた際、リザベルの声は震えていた。その変調は、彼女の間近にいるデッカにハッキリ伝わった。それを直感した瞬間、デッカの体が動いていた。
デッカの右手がリザベルの胸――ではなく「背中」に伸びた。その際、左手も追従した。それぞれが、リザベルの背中に回っていた。
デッカの右手がリザベルの右肩を掴んだ。デッカの左腕がリザベルの背中を抑え込んだ。それぞれが、デッカの胸元の方へと引き寄せられた。
「!」
デッカは、リザベルを抱き締めた。その瞬間、リザベルは息を飲んだ。マスクの奥に隠れた瞳は、思い切り開かれていた。彼女の体も、思い切り強張っていた。
デッカの行為は、リザベルには理解不能だった。その想いは、彼女の全身が全力で表現していた。その様子や感覚は、彼女の体を抱くデッカにも伝わっていた。
「すまない」
デッカはリザベルに謝罪した。しかし、言葉だけだ。デッカはリザベルの体を離さなかった。その状態を保ったまま、リザベルの耳元に囁き掛けた。
「(何かよく分からないけれども)不安にさせてしまったようだ」
デッカは、訳が分からないながらも、リザベルを落ち着かせようと努力した。「リザが安心するように」と想いを込めて、自分の想いを囁き続けた。
「(何かよく分からないけれども)安心して。俺が――」
デッカが囁く度、リザベルの体がユックリ弛緩し出した。デッカの目論見は達成し掛けていた。
しかし、詰めが甘かった。
「愛しているのは、君だけだ。リザ、俺は君が――大好きだ」
「!!!」
デッカの言葉は、リザベルのハートをクリティカルヒットした。その瞬間、リザベルの頭が「ぼんっ」と音を立てて爆発した。その際、リザベルの可憐な鼻から「ぷっ」と音を立てて鼻血が噴出した。
幸いにして、リザベルの鼻血はデッカには掛からなかった。そのまま地面を朱に染めた。しかし、鼻血を放った本体は無事ではなかった。
「でっがざまあああああああああああっ、わたくしも愛しておりますううううう!!!」
リザベルは号泣していた。号泣しながら、アゲパン大陸の中心部で愛を叫んだ。その大音響は、近隣諸国まで轟いていた。当然ながら、二人の周囲にいた人々の耳にもシッカリ入っていた。
デッカ専属護衛であるブラリオは、頬を赤らめながら涙ぐんでいた。リザベル専属護衛であるシアも、ブラリをと同じような表情をして涙ぐんでいた。オニクランドの護衛隊の皆も、デッカ達に聞こえないよう小さく拍手しながら涙ぐんでいた。
護衛隊の後ろに控えていたオニクランド共和国大統領サイゼル・ポークは、彼の愛妻バミアンナ・ポークに右手を伸ばした。そのまま彼女の右肩を抱き寄せた。
すると、バミアンナはウットリした表情でサイゼルの右肩に頭を預けた。その反応は、サイゼルの分厚い胸を弾ませた。その衝動に駆られるまま、サイゼルはバミアンナに向かって声を上げた。
「バミィ(バミアンナの愛称)。私も――その、君を愛しているよ」
サイゼルは、はにかみながら愛を告げた。その言葉は、バミアンナの耳にシッカリ入っていた。彼女はサイゼルの体にピッタリくっ付いて、
「はい、私も――ずっと貴方のことだけを愛しています」
サイゼルの想いに涙声で答えた。その瞬間、バミアンナの右肩を抱くサイゼルの右手に、一層強い力が籠った。
「ティン王国とは、仲良くやっていけそうだね」
サイゼルの言葉に、バミアンナは静かに頷いた。
これで、この話(オツパイン編)は終わりである。しかし、蛇足になるが、惑星マサクーンに於ける言葉、俗称を一つ解説したい。
「うわばみ」
地球(日本)では大蛇、それが転じて大酒飲みのことを表す言葉である。しかし、実は惑星マサクーンでも同様に「大酒飲み」を表す言葉なのだ。
尤も、語源や由来は全く違う。マサクーンに於いては大蛇ではなく、「バミアンナ・ポーク」のことであった。
バミアンナは、ああ見えて無類の酒好き。若かりし頃、国中の酒屋、飲み屋の樽を空にしまくっている。その為、彼女が店に入ると、店主は元より居合わせた客も戦慄恐怖した。その際、彼らは口々に叫んだ。
「『うわっ、バミィ』が来たっ!」
その台詞が転じて、大酒飲みを「うわばみ」と呼称することになった訳だ。
そんな語源(由来)になるほどの大酒飲みが、今や大統領夫人、ファーストレディとは。オニクランドの酒屋と飲み屋の店主達に多幸有れ。




