第二十七話 葉裏剣――です
ブラリオ・ツィンコがオッタマン・ゲイツに決闘を申し込まれてから一週間が経った。
ティン王国時間、午前九時。
王城の敷地内に設けられた石製の巨大円舞台、「ティン王国御前試合場」の上に、二つの人影が有った。
ブラリオとオッタマン。
どちらも王国騎士の鎧に身を包んでいた。それぞれティン弧剣」を背負っていた。
二人は今日、決闘する。その理由が、オッタマンの口から飛び出した。
「勝った方が殿下の護衛だ」
ブラリオは、返事代わりに静かに頷いた。
どこまでも青い空の下、色の無い風が「ビュウ」と音を立てて二人の体を薙いだ。その瞬間、どちらともなく右手を掲げてティン弧剣の柄を握った。
「ブラリオ。貴様がデッカ殿下の専属護衛に相応しいか否か――この俺が見極めてやる」
「宜しくお願いします、ゲイツ先輩」
二人は同時にティン弧剣を抜いた。その直後、オッタマンが飛んだ。
ゲイツ流の極意、超身体能力強化。
オッタマンは、人の領域を超える速度で円舞台を駆けた。その際、ブラリオも前に出ていた。
ブラリオは、オッタマンよりも身長が高く、腕も長い。その分だけ剣の間合いが広かった。必然的に先手が取れた。
オッタマンが間合いに入った瞬間、ブラリオのティン弧剣が宙を薙いだ。
真上から、真下へ。その長い身体を存分に活かした豪快な縦一文字切り。ティン力も加わっている為、常人では受けとめ切れない。
しかし、オッタマンは常人ではなかった。
オッタマンは、両手握ったティン弧剣を「左腕に添える」ように構えていた。それを左腕と同時に押し出した。
二振りの孤剣が重なった。その刹那、鈍い金属音が鳴った。その直後、ブラリオの孤剣の軌道が変わった。いや、「変えられた」と言うべきか。
ブラリオの孤剣は、オッタマンの孤剣の刃に沿うように「斜め下」へと流れていった。その現象が起こった瞬間、ブラリオの背筋が凍り付いた。
拙いっ!?
現況は「オッタマンの間合い」だった。
オッタマンの孤剣が、ブラリオの腹に迫った。ブラリオは、即座に浮遊剣で防御した。しかし、アッサリ弾かれてしまった。
「くっ!」
ブラリオは、即座に後ろに飛んで間合いを開けた。その際、追撃は無かった。
オッタマンは、その場に立ち尽くしていた。無言でブラリオを見詰めていた。彼が追撃していたならば、その時点で勝負は付いていただろう。しかし、彼は敢えて動かなかった。
この程度――ではあるまいよな?
オッタマンは、彼が宣言した通り、ブラリオの実力を見極めようとしていた。今現在も、「ブラリオに余力、或いは策は無いか」と観察していた。
ブラリオは、オッタマンの追撃が無いと直感するや否や、孤剣を正眼に構えた。その特大曲剣の真横に、浮遊剣が浮かんでいた。
ツィンコ流基本の構え。基本であるが故に、他流派のオッタマンも熟知している。そこから派生する技も、百通りくらい想起していた。
どうやら、「この程度」だったようだ。
オッタマンは再び前に出た。彼我の距離は一瞬で詰まった。
先にブラリオの間合いに入った。ブラリオは孤剣を横薙ぎに振るった。オッタマンは、身を屈めて躱した。
その直後、ブラリオの「股下」から浮遊剣が飛び出した。
ツィンコ流直系の妙技。
ブラリオは「横薙ぎの一撃」を放った際、同時に浮遊剣を股下に移動させていたのだ。
浮遊剣の潰れた刃先が、オッタマンの顔面に飛んだ。それが当たればブラリオの勝利。しかし、ブラリオの攻撃はオッタマンの予想を超えていなかった。
オッタマンは孤剣の側面を眼前に掲げて「盾」にした。その際、裏から左拳で小突いた。
ティン力が籠った痛烈な一撃。ブラリオの浮遊剣は、ブラリオ本体から十メートルほど後方まで飛んでしまった。その事実は、オッタマンの「超人的な空間認識能力」で完璧に把握されていた。
これで終わりだ。
沈んでいたオッタマンの体が、上に向かって弾けるように伸びた。それと同時に、孤剣を「大上段」に構えていた。
大上段。もし、オッタマンの獲物が「小剣」のような小回りの利く武器ならば、伸び上がると同時に斬っていただろう。
しかし、彼らが扱うティン弧剣は「特大剣」だ。大きな得物は「大振り」を前提にしている。攻撃するには「それなりの準備(構え)」が必要なのだ。
尤も、ティン力で底上げされた身体能力は常人の倍以上。ブラリオが対応するより先に、オッタマンの孤剣は超速で振り下ろされていた。
その直後、「ゴスリ」と鈍い打音が鳴った。「それ」はブラリオの頭から発した音――ではなかった。
音の発信源は下、「オッタマンの脚」から聞こえていた。
オッタマンの左脚、脛当てに「浮遊剣」が突き刺さっていた。地球(日本)で言うところの「弁慶の泣き所」。
流石のオッタマンも痛かった。しかし、何とか耐えた。耐えることはできた。しかし、彼が対応できたのは「そこ」までだった。
予想外の攻撃に対して、オッタマンに僅かな動揺が有った。その隙を、ブラリオは逃さなかった。
ブラリオの両手に握った孤剣の刃が、オッタマンの首許に当てられていた。その事実を、オッタマンも直感していた。
「参った」
オッタマンは敗北を認めた。その態度は潔し。しかし、直ぐに首を傾げた。
「三刀流――ではないな。どういうことだ?」
オッタマンが弾き飛ばした浮遊剣は、今もブラリオの遥か後方に転がっている。オッタマンの脚にも突き刺さっているので、孤剣の数は「三つ」になる。その事実を鑑みると、「三刀流」といえなくもない。
しかし、オッタマンの直感は正鵠を射ていた。
「はい。三刀流ではないです」
ブラリオは素直に認めた。その直後、彼はその長躯を屈して、オッタマンの脚(脛当て)に刺した孤剣を抜いた。それを持ったまま、もう一振りの浮遊剣の方へとテクテク歩いていった。それを拾ってから、再びテクテク歩いて元の位置、オッタマンの前に戻ってきた。
「この二枚ですけど――」
ブラリオは、二つの浮遊剣を眼前に掲げた。それぞれをユックリ近付けて、そのまま重ねた。その瞬間、オッタマンの口から「あ」と声が上がった。
オッタマンの視界には「二振りの浮遊剣が一つに重なっている姿」が映っていた。
「そうか、二つを重ねて一つにして――俺を謀ったのか」
オッタマンが吹き飛ばした浮遊剣は、二枚重ねの一枚だけ。しかも、ブラリオは浮遊剣を分離することでオッタマンのパンチ力を分散させていた。
結果、残る一枚はその場に留まっていた。ブラリオは、そちらに意識を集中することで、オッタマンの向う脛を突き刺すことに成功した。
「やってくれたな」
オッタマンの眉が悔しげに歪んだ。しかし、その口許には不敵な笑みが浮かんでいた。
「だが――知ってしまった以上、次は通じんぞ?」
オッタマンの言葉は、必ずしも「負け惜しみ」ではなかった。それが「真実」であることは、ブラリオにも分かっていた。
「そうですね。ですが――」
ブラリオは苦笑した。しかし、その表情はどこか晴れやかだった。その理由が、彼の口から飛び出した。
「今回は、俺の勝ちです」
ブラリオにとって、「今日の試合に勝つ」ということが最大の目的だった。例え秘策が通じなくなったとしても、何の後悔も無かった。その晴れやかな様子や態度は、オッタマンの目にはとても眩しく映っていた。
「ああ、そうだな」
オッタマンは素直に認めた。彼としても、「ブラリオの可能性」を知れたことに満足していた。蟠りも何もない。
しかし、唯一点、気になることが有った。
「さっきの技だが――」
「はい」
「何と言う『名前』なのだ?」
名前。即ち「技名」。それを問われて、ブラリオは考えた。すると、彼の脳内に「天啓を得たときの出来事」が閃いた。
そう言えば、「葉の裏に付いた虫」を見て閃いたんだったか。
その瞬間、ブラリオの脳内に技名が閃いた。
「『葉裏剣』――です」
はりけん。思い切り「ジポング語」の読み方(湯桶読み)だ。
ブラリオは、とある理由で「ジポング語」を理解していた。その「とある理由」とは、現国王ムケイ・ティン。彼の王に薦められて、ブラリオは「遠山のお金ちゃん」の原作本を全巻読破していた。
真面目である。しかし、そのネーミングセンスは「特異」という他無い。少なくとも、ティン王国の人間には通じ難いだろう。
しかし、語感は良かった。訳が分からずとも、
「ハリケンか。中々良い名前だ」
オッタマンは「気に入った」と言わんばかりに大きく頷いていた。
その直後、王国御前試合場に初秋の風が吹いた。その爽やかな微風が、二人の騎士の頬を優しく撫でていた。




