第二十六話 葉の裏に虫が付いていたのか
決闘。額面通りに受け取れば「命を懸けた殺し合い」になる。しかし、ティン王国では飽くまで揉め事の決着方法の一つ。運悪く落命する場合も否定できないが、そうならない工夫が施されていた。
ティン弧剣士の場合、双方「刃の潰れたもの」を使用する。地球(日本)の時代劇でいうところの「峰打ちセーフ」である。
尤も、命は賭けずとも「名誉」は掛かっている。敗者には、それなりの代償が有った。
「勝者の言うことを『何でも』一つ聞く」
何でも。仮に命を要求されたならば、それを差し出さねばならない。拒否したならば、名誉が大きく損なわれる。その事実に対して「命を奪われた方がマシ」と断言する者は、貴族達の中には存外に多い。
ブラリオ・ツィンコは貴族だった。しかも、近衛騎士で、流派の直系だ。その出自の宿業からは、生涯逃れることはできないだろう。
絶対に拒否はできない。その事実は、オッタマン・ゲイツも熟知している。その上で、彼は非情な条件を告げた。
「俺が勝ったら、『デッカ殿下の護衛の役目』を代わって貰うぞ」
デッカの護衛。ブラリオにとって、デッカは「竹馬の友」といえる存在だ。その役目を仰せつかった際、「身命を賭して完遂する」と誓約した。ブラリオの脳内には、「他の者に譲る」という選択肢など微塵も無かった。
絶対に、譲れない。だけど、決闘を回避することはできない。
「承知」
ブラリオは、オッタマンの条件を受け入れる他無かった。彼には「オッタマンと戦って勝つ」以外の選択肢は無かった。
その日から、ブラリオは有休をとって「森」に籠った。
王都後背に広がる針葉樹林帯、通称「モリッコロの森」。群生する白と赤い樹木の間を、痩身の人影が駆け回っている。それも、早朝から夕方まで、休むこと無く延々。
ブラリオは、ご飯を食う暇を惜しんで修行を続けていた。しかし、その甲斐は残念ながら無い。彼には「勝ち筋」が見えていなかった。
闇雲に動いても、無駄に疲れるだけだな。
修行開始から三日目。ブラリオは、現況に対する「徒労」の可能性を覚え始めていた。だからと言って、軽々に休めなかった。
ブラリオが動きを止めた瞬間、彼の脳内に「オッタマンの戦う姿」が閃いた。すると、ブラリオの心臓が「肋骨を折る」と錯覚するほど跳ね回った。
ゲイツ先輩の「ゲイツ流」――恐るべし。
ゲイツ流。オッタマンの曾祖父、「ジンジロウ・ゲイツ」を開祖とするティン弧剣流派の一つ。ティン王国の剣士達からは「唯一ツィンコ流と比肩する」と言われるほどの支持を得ている。
ツィンコ流とゲイツ流。どちらも「最強」の呼び声が高い。どちらも門下生が多い。近衛騎士団に所属する騎士達などは、必ず何れかの流派に所属している。流派同士の仲も、それなりに良好。
しかしながら、それぞれの剣理は「真逆」だった。
ツィンコ流は、「浮遊剣」を活用する技巧派変則二刀流。対してゲイツ流は、ティン力を己が全身に全振りした「超脳筋一刀流」だ。
流派開祖ジンジロウは、特に「反射神経」と「空間認識能力」に優れていた。
例え後ろから不意打ちを食らっても、ジンジロウは完璧に対応した。その妙技は、当代の王「ナガイ・ティン」に「ジンジロウには後ろにも目が有る」と言わしめている。その白い悪魔的才能は、オッタマンに受け継がれていた。
オッタマンは強い。絶対に強い。その類稀な才能を駆使して、王国最強剣士ウィンナス・ツィンコの「三刀流」を破っている。その事実を鑑みると、ブラリオの「二刀流」が通用する可能性は「低い」と言わざるを得ない。
現状のまま戦えば、ブラリオの敗北は必至。だからと言って、ブラリオにはウィンナスのような「異次元のマルチタスク能力:」は無い。たとえ三刀流に着けたとしても、ウィンナスより使い熟せる道理は無い。
二刀流で挑むしかない。けど、それでは対応されてしまう。
現状のままではブラリオの勝ち筋は無かった。しかし、考えたところで何も閃かない。心臓が跳ね上がって、全身に嫌な汗が滴るだけだ。
本当に、どうすれば良いんだろう?
ブラリオは窮していた。絶望する余り、彼の目から涙が溢れていた。その様子を見て、哀れむ者はこの場にはいなかった。
しかし、例え人は見ていなくとも、応えてくれる存在が、この世界には有った。
ブラリオがメソメソ泣いていると、強い風が「ビュウ」と音を上げて吹いた。それに伴って、森の木々が騒めいた。その枝から、沢山の葉が剝がれた。
殆どの葉は、軽やかに風に乗って、可憐な舞を披露していた。しかし、一枚だけ奇妙胡な動きをするものが有った。
その葉は風に乗らず、地面に向かって急降下した。その様子は、ブラリオの滲んだ視界に映っていた。
あれ? 何で「あの葉っぱ」だけ?
ブラリオは首を捻りながら、地面に落ちた葉を拾い上げた。
一見、普通の葉だった。本当に、何の変哲も無かった。しかし、先の怪現象には何の不思議も無かった。歴とした物理的な理由が有った。「それ」は、ブラリオが「葉の裏」を見た瞬間、アッサリ判明した。
「葉の裏に虫が付いていたのか」
虫の分だけ加重されていた。ただそれだけのこと。ブラリオは「何だ、そんなことか」と拍子抜けした。その行為を以て、葉の急降下現象の謎は完結した。しかし、事は「それ」だけでは済まなかった。
もしかして、「これ」――使えるのでは?
ブラリオの脳内に、「勝ち筋」と言う名の天啓が下りていた。
終に決戦の時来たれり。果たして、ブラリオはオッタマンに勝つことができるのか? それとも、下馬評通りの結末を迎えるか? ブラリオが得た天啓がオッタマンに炸裂する。
次回、「第二十七話 葉裏剣――です」
この名称を閃いたのは、実はネタを考えた後のこと。これが「天啓」というものか。




