第二十五話 貴様に決闘を申し込む
王城敷地内の建造物は、王族の趣味で、その殆どが優美にして華麗な外観をしている。しかしながら、オーティン大学のように異質な建物も、幾つか有った。
その内の一つに、違和感を覚えるほど無骨な長方形の巨大建造物が有った。その外観を地球の建造物で例えると、「石製の体育館」といったところ。その例えは的を射ていた。
建物の中には、幾人もの軽装姿の若き騎士達がいた。彼らは、それぞれ特大木剣を両手に握って、素振りしたり、試合をしたり、己の体と剣術の技を鍛えている。
王国騎士団修練場。それが、この建物の名前だ。その名前の通り、王都に詰める騎士、即ち「近衛騎士団」が切磋琢磨する場所だ。
偶に騎士見習いや、守衛(衛士)も使用することもある。しかし、それは飽くまで特例、部隊長クラスの近衛騎士が許可した場合のみ。基本的には「近衛騎士専用」なのだ。
今日も、室内にいるのは近衛騎士ばかり。暇を持て余した――いや、非番の連中が集い、対戦したり、肩を確認し合ったり、四方山話に花を咲かせたりしていた。
顔見知り達との暇潰し。そのような状況だからこそ、「緊張感が漲る場所」に衆目が集まった。
室内の中央部で対峙する二人の騎士。そこだけ「ピン」という擬音が見えるほど空気が張り詰めていた。その周りだけ、ポッカリ空間が開いている。他の騎士達は、二人の様子を遠巻きに眺めていた。
渦中の二人は、それぞれ巨大木剣を両手に握って、それを正眼に構えていた。
どちらも長身瘦躯。顔付きまでも似ている。構え方も全く同じ。それ以外にも、普通の剣士にはあり得ない「摩訶不思議現象」までもが、全く同じだった。
それぞれの特大木剣の傍に、小型(普通サイズ)の木剣が「浮かんで」いた。
浮遊する小剣。通称「浮遊剣」。その二振りによる変則的な二刀流こそが、ティン弧剣術最強流派の一つ、「ツィンコ流」の極意だった。
ツィンコ流の開祖「オッタテ・ツィンコ」は、この技を用いて最強の戦士(当時)、初代国王オーティン・ティンとの非公式試合に勝利した。その際、オーティンに「でも、俺のティンの方がデカいもん」と、負け惜しませている。
「ツィンコ流は、ティン力の差をも覆す」
ツィンコ流が流行ってしまうのも致し方なし。宜なるかな。王国近衛騎士団員の半分は、このツィンコ流の門下生だった。
対峙する若き二人の騎士も同門だ。しかしながら、彼らは他の騎士とは違う。それぞれ「特別な存在」だった。
二人とも、オッタテの血を引いた「直系の子孫」なのだ。
一方は、王子デッカの竹馬の友、ブラリオ・ツィンコ。それと対峙している騎士の名は、「ウィンナス・ツィンコ」という。
ウィンナスは、ポクビィ・ツィンコ男爵の長男。ブラリオにとっては「お兄ちゃん」だ。
しかし、今は「近衛騎士団団長」といった方が良いだろう。その事実を知る者は、現況を「ウィンナス優勢」と直感する。しかし、その事実を知らない者は、現況のウィンナスに対して「やる気あるのかこいつ?」と首を傾げるだろう。
ウィンナスは、一応剣を構えている。浮遊剣も浮かべている。
しかし、その表情は「雲でも眺めているの」と錯覚するほど茫洋としていた。体も弛緩し切っていて、緊張感など欠片も覚えさせなかった。
そう、ウィンナスの方からは、全く緊張感を覚えない。それなのに、彼らの周りの空気は張り詰めていた。その原因は、ウィンナスの対戦相手、ブラリオに有った。
ブラリオは緊張していた。全身から汗が噴き出ていた。その様子は、ウィンナスの目にもシッカリ映っていた。
ウィンナスは、剣を構えながら声を上げた。
「ブラリオ――あのさ?」
「は、はい」
ウィンナスの声は、「寝惚けている」と錯覚するほど軽かった。対してブラリオの方は、「処刑台に引き出されている」と錯覚するほど重苦しい。
ブラリオが重苦しい返事をした瞬間、ウィンナスの顔に苦笑が浮かんだ。
「ん――っと、お前、だいじょぶ?」
「え、あ、はい」
「いや、試合のことじゃなくって――『王子の護衛役』のことなんだけど?」
王子の護衛役とは、即ち「ティン王国第一王子、デッカ・ティンの専属護衛」のことだ。その役職ができたのは、実は「つい最近」だった。
これまで、デッカは殆ど王都に張り付いていた。その為、変事が有れば城詰めの近衛騎士団が駆け付けることができた。その為、専属護衛など必要なかった。
ところが、アキネイ帝国の一件以降、デッカが外国に出向する機会が増えていた。その為、彼に随伴する騎士が必要になった訳だ。
デッカ本人の戦闘力は兎も角、彼の立場を鑑みれば「可能な限り大勢の騎士」を随伴させたいところ。しかし、デッカの傍には「惑星破壊爆弾級の問題児」がいた。
敢えて名前を伏せるが、その我が儘な辺境伯令嬢は、随伴者を「邪魔者」と言って敵視していた。その為、デッカの護衛は少数、それも「たった一人」に限定されてしまった。それでも、例の辺境伯令嬢としては「可能な限り譲歩した」とのこと。そもそも、護衛対象のデッカ自身が「まあ、俺達で何とかするから」と、高を括りまくっている。
それらの事実を鑑みると、一人だけでも随伴が許されたのは奇跡だった。ウィンナスとしては「『最強』の呼び名も高い自分が就任すべき」と思っていた。
ところが、選ばれたのはウィンナスではなかった。彼の弟、ブラリオだった。
ブラリオも、それなりに強い。しかし、ウィンナスほどではない。その事実をブラリオに分からせる為、ウィンナスは敢えて「衆目が有る場所」で模擬試合を行っている。その上で、彼はブラリオに覚悟を問うた。
兄の質問に、ブラリオは即答した。
「身命を賭して、頑張るだけです」
ブラリオは本気で命を懸けるつもりだった。その熱い想いは、半生を共にした兄の心に伝わった。それでも、いや、だからこそ、
「まあ――試してみようか」
ウィンナスはブラリオの前に立ちはだかった。
「宜しくお願いします」
木剣を握るブラリオの手に汗が滲んだ。額から滴る汗が目に入った。染みる。しかし、それが気にならないほど、ブラリオは集中していた。
ブラリオの視界に映ったウィンナスは、やはり「全くの隙だらけ」だった。どこに攻撃しても、全て通りそうだ。
しかし、ブラリオは動かなかった。
攻撃したい――けど、あれは「誘い」だ。
ブラリオの脳内に、「迂闊に手を出して、手痛い反撃を食らった」という忌まわしい記憶が星の数ほど閃いていた。それを想起するほどに、ブラリオの脚は石化した。それに反比例して、ブラリオの心は逸った。
けど――「このまま待つ」とか、「牽制する」ってのは悪手。兄貴に対して悪手過ぎる。
ブラリオは、心中の勇気を総動員して前に出た。その際、「浮遊剣」を先行させた。
浮遊剣を動かしている力は、言わずもがなの「ティン力」だ。
ブラリオは今、「己の全身」と「浮遊剣」という二つの要素にティン力と意識を集中していた。
ブラリオは「自身が攻撃している最中」であっても、浮遊剣を自在に操ることができた。その妙技を披露する度、他の騎士達から「流石オッタテの直系」と喝采され、膝を打たれまくった。今回も、それを存分に披露するつもりだった。
ブラリオは「ブモゥ、ブモゥ」と鼻息を荒くして、猛牛のような勢いで突進した。その最中、浮遊剣を操って、それをウィンナスの背後に回り込ませた。
前後に挟み込んでの同時攻撃。これを躱すことは、一般ティン族は元より、近衛騎士でも難しい。何れにせよ「両方」に対応する必要が有った。
しかし、ウィンナスは「前」にのみ対応していた。彼の浮遊剣も、彼の特大木剣の横に浮かんだままだった。
背後の攻撃に対処していない。誰もがそう思った。ところが、ブラリオの攻撃は「全て」防がれていた。
前面からの特大木剣の攻撃は、同じく特大木剣で防がれた。背後からの浮遊剣の攻撃は――「浮遊剣」で防がれていた。
しかし、「最初」に見たウィンナスの浮遊剣は、今も特大木剣の傍に浮遊している。その事実こそが、ウィンナスの「他に類を見ない強み」だった。
ブラリオの浮遊剣を防いだのは、ウィンナスが操る「もう一振りの浮遊剣」だった。
ウィンナスは「二振りの浮遊剣」を同時に、自在に操ることができた。尤も、二本の剣を浮かせるだけならば、他のティン族であっても可能だろう。
しかし、実戦で有効に機能させられる者は、「異次元のマルチタスク能力」を持つウィンナス唯一人。少なくとも、ティン王国に於いては彼だけだ。
ウィンナスと対峙して、彼に先手を譲ったならば、三方向から同時攻撃を受けるだろう。
牽制しようにも、異次元のマルチタスクに簡単に対応されてしまう。付け入る隙を与えるだけだ。
ウィンナスに勝つには「先手を取る」しかない。しかし、それを通す為にはウィンナスの防御を超える「突破力」が必要だった。
残念ながら、ブラリオには「それ」が無かった。
そもそも、二人は兄弟なのだ。体格も似ていれば、持って生まれたティン力も同じくらい。互いに手の内は知り尽くしている。異次元のマルチタスク能力がある分だけ、ウィンナスに有利。
結果、ブラリオは成す術無く敗北した。その光景を見て、笑う騎士はいなかった。殆どの者が「仕方ない」と諦めの表情を浮かべていた。
それが、「普通の人」の反応だ。誰も彼もが、「相手が悪い」としか思っていない。
しかし、「凡人ではない者」にとって、現況は憂慮すべき事態だった。「この程度なのか?」と驚愕する者が、この場に一人いた。
その男は、ブラリオに近付いて、声を上げた。
「ブラリオ・ツィンコ」
「!」
重低音の声は、少し震えていた。それを聞いた騎士達の体も、ビクリと震えた。名前を呼ばれたブラリオも、思わず息を飲んだ。
この場に居合わせた全ての騎士達は、「彼は怒っている」と直感した。それは正鵠を射ていた。
ブラリオは、直ぐ様背後を振り向いた。そこには不満げな表情を浮かべた二十代前半の若き騎士が立っていた。
「『ゲイツ』――先輩」
近衛騎士団副団長「オッタマン・ゲイツ」。ツィンコ流と双璧を成す流派、「ゲイツ流」の直系。その腕前はウィンナスに比肩する。少なくとも、王国近衛騎士団の中では唯一ウィンナスの三刀流に対応できる剣士だった。
因みに、オッタマンもオーティン大学生である。その縁もあって、ブラリオは彼を「先輩♡」と呼んでいた。
その先輩凄腕剣士が、後輩ブラリオに向かって声を上げた。
「貴様に『決闘』を申し込む」
決闘。それは、ティン王国に於いては「名誉を掛けた戦い」だ。
互いに貴族、互いに騎士。しかも、互いに流派の直系。衆目の有る場所で挑まれて、それを避けるという選択肢は、
「お受けいたします」
ブラリオには無かった。
ゲイツ流の技とは如何なるものか。それを破る手立ては、今のブラリオには無かった。だからこそ、編み出さねばならなかった。「新必殺技」を。
次回、「第二十六話 葉の裏に虫が付いていたのか」
全ての答えは「自然」の中に有る。




