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#92 伝統もわるくない

 迎えた、後半第二部。

 幕開け一曲目は誰もが知る長寿アニメの主題歌から。指揮は学指揮の石川さんが振る。僕は舞台袖で待機だ。吹かないのかって? さすがにここでは吹けない。楽器もないし。この時間は先ほどの『顧問インタビュー』で疲労したぶん、つかの間の休息というわけだ。


 さて続いて僕に指揮を戻して二曲目はジャズの名曲『シング・シング・シング』。


 見せ場にトロンボーンソロとトランペットソロがあるこの曲。トランペットはもちろん西野さんだ。


 彼女の演奏の特徴は『正確さ』だと認識していた。楽譜通りの表現、強弱。コンクールなどではそれが評価されるわけだが、この曲はジャズだ。ジャズの特徴は『即興演奏』。つまりその場の感覚での演奏を要求される。


 ソロの楽譜がないわけではない。だがアレンジをしてもよいという書かれ方をしている。


 西野さんのタイプからしてたぶん事前に松阪先生と相談してソロ用の楽譜を作って練習してきたのだろう。スコアにそれらしい手書きの楽譜のコピーが挟まっていたから。……と予想していたのだが。


 またしても予想を超えてきた。この生徒は。


「ぷ。……ぜんっぜんちがう」


 指揮をしながらつい小声が漏れかけた。

 ぜんぜん楽譜通りじゃない。こんなの指揮できないぞ。思わず笑んでしまうのをこらえるのが大変だった。


 上手いは上手い。けど、めちゃくちゃでもある。なんだろうな、優等生が無理やり不良ぶってるみたいだ。


 ……まあ、こういうアレンジもありか。


 恥ずかしさからか風が起こりそうな勢いでお辞儀をするソロ奏者に会場からは温かな拍手が送られていた。


 さて。三曲目は最新の春らしいポップス曲で華やかな衣装とともにダンスが披露された。四曲目はガラリと雰囲気を変えてコンクール曲を演奏していく。


 思い出される、夏の日々。……って、僕はこの学校の顧問じゃないってば。


 けど合宿所での真剣な眼差しはやはり思い出された。あれからほんの半年ほどだが、また成長を感じられて嬉しくなる。いいな、どんどん吸収していく。


 やがて今日のことも経験として彼女たちの中にしっかりと残り、そしてまた成長していくのだろう。


 拍手がやんで、ホールが静まる。


 いよいよフィナーレだ。


 さっき楽屋で曲目を見せてもらった時に、この曲名を見て僕は思わず固まった。


式典終曲しきてんしゅうきょく


 終わりの曲。式典の終わりを飾るこの土地伝統の一曲。

 ああ、そうだ。初めからこれしかなかったんだ。


 静寂の中、最初の一音がしずかに鳴る。

 ゆったりとした旋律。重なるようにして徐々に厚みを増していく。


 丁寧に。感謝を込めて。


 やがて全員が一体となり感情を含んだ音はホールをまるごと飲み込んで、──とん、と弾む。


 高らかに聴こえてくるのはトランペットのファンファーレ。それが心地よく響きそして────弾ける。


 途端にせきを切ったように流れ出した音はとめどなく溢れ、


 溢れ、


 溢れ、


 目一杯の力をもって、あっという間におわる。



 最後の一音を握り締め………………痺れた。


 演奏を終えた生徒たちがすすり泣く声が聴こえる。振り向けば、会場の客席にいる三年生たちもみんな号泣していた。


 そう。この曲はこの土地の卒業式での定番曲。アマ高の定期演奏会では、苦楽を共にした先輩たちへ贈る最後の曲でもあるのだろう。



「これだ」指揮をしながら何度も思った。


 これだ。これしかない。これをやろう。


 美音原中学閉校式で。



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