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#100 キウイではない


 ◇



 人生というものは予測不能だ。


 『行方知れずの恩師』が東京にいるという情報を掴んでいたから、苦手だった勉強を歯を食いしばってがんばってなんとか東京の大学に進学した。その在学中、田舎に住む妹の紹介でまさか自分に蛍光ピンクとヒョウ柄まみれのいわゆる『ギャル』と呼ばれる人種のカノジョができるなんて梅吉は思ってもみなかった。


「中身はほんにいい人やから!」


 そして結局その人と結婚することになるなんて。


 実際ギャルの中身は本当にしっかりしており頼りにもなったわけだが、残念ながら料理と掃除は壊滅的にできなかった。というわけでこれらの家事は意外となんでも器用にこなす梅吉の担当となった。


 そんな器用家事男子梅吉は大学卒業後、都内で高校の非常勤音楽教師として仕事に就いた。しかし吹奏楽部顧問にはなれず、今は近所にある小さな社会人楽団でトランペット奏者兼指揮者として月に二回ほど指揮棒を振っていた。


 恩師探しへの熱は上京を決めた頃がピークで、都会へ出てからはなかば諦め状態にあった。なんせ都会は人が多い。そんなことわかりきっていたはずだったが現実は想像を軽く超えた。ど田舎出身の彼は都会の迫力に圧倒され、その激流の中を溺れないように日々もがくだけで必死だったのだ。



 ◇



 さて。会おうにもどうしたものか。と僕は頭を捻っていた。


 彼の勤務先の高校名は知っていた。けどそこに顔を出すだけじゃおもしろくない。


 それにどうせなら会って少し話がしたいから。できれば勤務時間外がいいと思った。


「梅吉……か」


 未だにキウイのような坊主頭が目に浮かぶ。けど彼もまた、もうそんな姿ではないだろう。


 軽い気持ちで『梅吉』『うめきち』それから『umekichi』と検索してみた。まあよくあるユーザーネームだろうし、いきなり本人に繋がるとは期待していなかった。結果は『umekichi』だけがなぜかやたらとヒットした。なんだ?


 調べてみると、どうやら音楽に関係する人物らしい。……ってこれ。


 え、本人?


 まさかと思いながらページを見ていくと、この人物は20代の男性で趣味程度のトランペット奏者、さらには最近入籍したばかりということや、出身がかなりの田舎であることまで判明した。う、SNSこわー。


 その人物のプロフィールにひとつ気になる記載があった。


『ダイちゃん楽団所属 指揮/トランペット』


 楽団名についても気になるところだが注目したのはこの部分だ。


 ──指揮


 やっているのか。梅吉。

 これはぜひ指揮する姿を拝ませてもらわなくては、と僕は腰を上げたのだった。




 電車で数十分。まさかの数駅先だった。こんな近くにいたとは。


 活動日だという土曜の夜、僕は長年愛用しているトランペットの黒いケースを片手に郊外の小さな公民館に足を踏み入れていた。


 見学の申し込みはウェブですんなりできた。悪いが名前は偽名だ。しかしこんなスパイの真似ごとをやるのはなかなかない経験で楽しい。柄にもなくワクワクしていた。


 古びたロビーを進んで部屋の中を覗く。広めの板張りで楽器を持った14、5人の老若男女が音出しをしていた。奥には椅子が半円形に並べてある。合奏もここでするらしい。


「すみません、見学の予約をした者ですが」


 近くにいた女性に声をかけると「あらあらようこそ」とにこやかに答えてくれて「ダイちゃん先生〜?」と声を張り上げた。


 しかし呼ばれた「ダイちゃん先生」は現れなかった。ふむ。


「適当に混ざっていただいて大丈夫と思いますよ。そのケース、トランペットさん?」


「ああはい」と答える。クラリネット奏者らしい淑女は「でしたらこちらに」と僕をトランペットパートの集まっているところに案内してくれた。おお、なんか普通に体験入団してしまった。


「あれ。新人さん?」


 キョロキョロしていたら40代とおぼしき男性に声をかけられた。手には銀のトランペット。なかなか使い込まれていそうな楽器だ。


 久々に『新人』などと呼ばれてドギマギしつつも「ああはい」と頷く。


「名前は」

「あ……ヒビノ、です」


 なぜ咄嗟にそう名乗ったのか、自分でもよくわからないが、たぶん、呼ばれたかったんだろう。そんな気分だったんだ。


「若そうだね。30くらい?」


 まさか、と笑った。「38ですよ」


「え、同い年!」と握手を求められて驚く。これは失礼した。


「歴はどんくらい? ブランクある?」


 楽器見せてよ、と軽く言われてケースを開いた。


「うお。いいやつだ」

「あ、わかりますか」

「わかるわかる。ヒビノさん、さては上級者だな」


 言い当てられたのかはわからないが否定もうまくできず曖昧に笑む。男性は瀬尾せおさんというそうだ。


「あの、ここの代表の人っていうのは」


 僕が問いかけたところでパンパン、と手を打つ音がした。騒々しかった楽器の音がやんで、みんな演奏席へと移動し始める。え。僕はどうすれば。


「ヒビノさん、あんた吹けるだろ。見てわかる。ほら、来な」


 瀬尾さんに引っ張られて、楽器を持たされ演奏席に座らされてしまった。うはは。まじか。


「あの。指揮者のかたっていうのは」


 隣の瀬尾さんに小声で問うと「梅吉くんっつってさ。トランペットの若い子。おもしろいよ」と教えてくれた。やはりそうなのか。再び鼓動が速くなる。



 そうして、やっと目の前に現れたその青年。


 すらりと細身で、髪は黒。もちろん坊主頭ではなかった。服装はシンプルながら洒落ていて、いわゆる都会の若者といった風情だ。


 ふうん。と無意識にあごを触ってじっと見つめていた。


「ああ、はあ、遅くなって、すんません、えーっと。ほんでは、前んとこの続きからですか、ね?」


 喋ると「おお、梅吉だ」と鳥肌が立った。上京して数年経っても訛りはまったく抜けていないらしい。息切れしてどこか乱れた様子を見るに遅刻してきたようだ。


「ダイちゃん先生、まずはチューニングでしょ?」

「あ! そやんなそやんな! すんません」


 アワアワしているのは僕がいるからではないだろう。団員たちの慣れた様子からしていつもこうなのか? 大丈夫かよ。


「ね。おもしろいっしょ彼」


 瀬尾さんが小声で言ってくる。まあ、おもしろい、か。はは。


「そうだダイちゃん先生、今日は見学さんがいらしてますよ。トランペットに」


 おっと。まさか紹介されてしまうとは。クラリネットの淑女だった。


「ああ、そうでしたそうでした。えっとお名前は……」


「ヒビノさんだって」


 瀬尾さんが代わりに答えてくれてドキリとした。そろり、と梅吉を見てみる。目が合った。


 一瞬、時が止まった。ような気がした。


「あ………ああっと。……あ、はい。えとその。よ、よろしくお願いします」


 気づいたか? まだ半信半疑か。


「ちょ、梅吉くんー。もっとなんかないの? 自分もトランペットなんでぜひ入団してくださいーとか。どういうイキサツでお知りになってくださったんですかーとかさ。第一印象大事。トークよトーク!」


 ねえ? と瀬尾さんに振られて苦笑いをした。

 あまりイジメてもかわいそうだ。


「ええと、ネットで知りました。楽団名になんとなく惹かれて」


 ちらと梅吉を見るとこちらを見たまま完全にフリーズしている。どうやら確信したらしい。


「普段は仕事があってなかなか参加はできそうにないんですが、社会人吹奏楽団に興味があって。今日は体験できて嬉しいです」


 よろしくお願いします。と白々しくお辞儀をしてやると、若い指揮者はロボのようにぎこちなくお辞儀を返してきた。



 練習後、「家はどのへん? ぜひこのあと飲みに」と瀬尾さんに誘ってもらえたが「今日は用があって。すみません」と頭を下げた。名刺をいただいたら小児科医だというから驚く。ちなみに僕のほうは「名刺忘れてしまって」とごまかして正体は明かしてない。とはいえあまりいろいろと隠して不審がられても困るのでいちおう連絡先は交換した。


「あんたと吹くの気持ちよかったよ。入団、ぜひ検討してほしいなぁ。ヒビノさん」


「はは、ありがとう。検討します」


 じゃあ、と手を挙げかけたところだった。挙げかけていた反対の手を誰かに強く掴まれた。その力加減はまるで、逃がすまい、とでも言うようだった。


「ヒビノ……」


 力に対して声は弱々しかった。


 え? と僕と彼を交互に見るのは瀬尾さんだ。あらら。まさかこの場で正体を明かすことになるとは。


「久しぶり。梅吉」


 微笑んでやると、キウイじゃなくなった青年は目を真っ赤にして潤ませ、タックルするように抱きついてきた。あまりの勢いに僕の足はふらつき、瀬尾さんが慌てて支えてくれた。


「あほっ、あほっ、あほじゃろヒビノっ、なんでっ、なんでっ…………うわああああん!」


 まるで14歳に戻ってしまったような泣き方に悪いと思いながら笑ってしまった。瀬尾さんは笑ってもいいのか判断できず戸惑っているようだ。


「なに。二人、知り合い?」


 訊ねる瀬尾さんに「まあ……昔にちょっと」とだけ説明をした。



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