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#98 とまるわけがない

 空は晴天、風は微風。


 創立から長い年月を経て歴史を刻んできた市立美音原中学校の閉校式は、快晴の空のもと、校舎を眺めながら校庭で行われた。


 三年生の卒業証書授与式に続いて、全校生徒での閉校式。通常ならば校長はじめ学校関係者からの挨拶のあと、生徒代表の挨拶、そして校歌斉唱という流れが一般的なのだろうがこの学校の場合は生徒代表の挨拶と校歌斉唱の代わりに少しばかり特殊なことをする式典となる。


 はて。誰のせいか僕は知らない。


 校舎に向けて半円状に並べられた椅子に、全校生徒が楽器を持って腰を下ろす。観客は校舎だ。だから通常とは逆の向きが正面となる。


 静寂の中、指揮台に立つ。指揮棒を構えると、真剣な瞳が集まった。どいつも泣き腫れた赤い目だった。いいか、今は泣かないでよ。しっかり指揮を見て。最後にいい演奏聴かせてよ。


 少し笑って、棒を動かす────。



 音は、遥か彼方まで響き渡る。空に、地に、田畑に、草木に、まだ堅い桜の蕾に、そして校舎の隅々に、人々の心に。


『美音原中学校 校歌』


 もう何度も演奏してきた馴染みの曲。

 突き抜ける、思い出の数々。全てのはじまり、幾度も切り抜けてきた困難、飲んだ悔し涙、味わった快感、掴んだ宝。


 ドレミも読めなかったあの生徒たちが、いつの間にこんな上手い演奏ができるようになったんだ。



 再び戻る、静寂。


 いよいよ最後だ。



 ──しきてんしゅーきょくう?


 曲についてはじめて話した約一週間前。みんな漢字すらもちゃんと浮かんでいないような顔をしていた。



 さて。鳴らしてくれるか。『終曲』を。


 静かに、伸びやかに曲は開始する。

 隅のほうでアマ高生たちがもう泣いていた。早いよ。そうか、校舎を背にしているから奏者以外も指揮者から見えるわけだ。


 女子高生たちの出す涙色の空気がグラウンド全体に広がってゆく。それは奏者たちをも包み込んで、やがて大きなひとつの塊となっていった。


 ファンファーレは僕も吹かせてもらった。校舎に向けて。高らかに。華やかに。


 ありがとう、ミト中。


 ありがとう。

 ありがとう。

 ありがとう。

 ありがとう。


 走馬灯のように流れる思い出の数々が、溢れて、溢れて、とまらない。とまるわけがない。とまるはずがない。



 市立美音原中学校は、僕たちの中で永遠に存在し続ける。


 在り続けるんだ。



 ゆっくりと指揮台を降りて振り返り、深々と礼をした。


 今日の観客である、大先輩のこの『校舎』へ、感謝と、労いの気持ちをめいっぱい込めて。



「「ありがとうございましたっ!」」






 バス停に着くと既に人だかりになっていて驚いた。まさかこれ全部僕の見送りなのか。


 近づくとそれはたしかに知った顔ばかりだった。ああ、また胸が熱くなる。泣くのは今日何度目だろうか。ぺこぺこと頭を下げながら感謝や挨拶を述べて、時に握手を交わして、送られる。幸せ者だな、本当に。


 最後にバス停のもとにいたのは、僕の大切な仲間だった。42名、プラス、アマ中の4名。


 言葉を発すれば涙が止まらなくなりそうで、喉にぐっと力を込める。でもなにか言いたい。言わなくては。


 最前列の梅吉が、ぐちゃぐちゃに泣き腫らした顔で見上げて問う。


「……どこ、行くんや。ヒビノ」


 ああ。本当はいちばんに伝えたいんだけどな。


 僕はジュルリと鼻水をすすって、ふわ、と笑った。それはいつもの緩い笑顔とはちがう、ぐちゃぐちゃな笑顔だっただろう。



「吹奏楽が、できるとこ」



 そう答えて、清々しく笑った。


「みんな、見送りに来てくれてありがとう。今まで、ありがとう。……元気で」


 ちゃんと笑えていたかわからない。けど精一杯微笑んで、到着したバスへ乗り込んだ。


 ありがとう。


 いつか、また。



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