別離
その日は鏡の間にてアメリカ独立戦争へ赴かれるハンス・アクセル・フォン・フェルセン伯爵の謁見がございました。
「ハンス・アクセル・フォン・フェルセン、アメリカへロシャンポー伯爵の副官と
して、明日、赴きます。
今日はそのご挨拶に参りました。」
「フェルセン伯爵、そなたはスウェーデンの貴族であるのに、フランス王国のフラ
ンス軍に入隊し、此度はアメリカでの独立戦争に赴いてくれる。
朕はそなたに心より感謝しておる。
ありがとう。」
「勿体ないお言葉でございます。」
「無事にこのフランスへ帰って来て欲しい。
そして、再び、朕に仕えてくれ。」
「はい。無事に帰って参ります。
陛下の御為にスウェーデンとフランスを繋ぐ役目を果たします。」
「心強い。感謝する。」
「勿体のうございます。」
「王后、言葉をフェルセンに……。」
「……はい。……フェルセン………。
武運を祈っています。」
⦅無事に……無事に……帰って来て!……フェルセン……。
愛しているわ。フェルセン……。⦆
「はい。必ずや!」
⦅アントワネット様……貴女様への想いを断ち切るために……
私は戦場の人になります。
愛しています。アントワネット様……。⦆
「フェルセン! 武運を祈っておる。」
「ありがとうございます。」
両陛下の前から下がっていくフェルセン伯爵様の御姿を、アントワネット様は涙を流さぬように必死に抑えながら見守られたのでございます。
そして、夜になりアントワネット様の御部屋の隠し通路の扉が開きました。
ルイ16世陛下のお部屋と繋がっている隠し通路でございます。
「……!……ハンス・アクセル・フォン・フェルセン伯爵様……
……何故…ここに?」
「アントワネット様に御会いするために参りました。」
⦅国王陛下のお部屋から……陛下がご存知……。
お断りできない……。⦆
「お待ちくださいませ。」
私は急いでアントワネット様にお伝えし、侍女たちを下がらせました。
そして、侍女たちには公言をしないように申し伝えました。
アントワネット様が入室なさった後、その部屋の扉を閉めました。
お二人だけの……最後の逢瀬に……と思ったのでございます。
「フェルセン!」
「アントワネット様!」
「あぁ……初めて貴女様をこの胸に……。」
「フェルセン……フェルセン……。」
「愛しています。アントワネット様!
初めてお会いしたその時から……私の心は貴女様お一人のものでございます。」
「フェルセン……。」
「これで思い残すことはございません。」
「何を言うのです。」
「戦場で露と消えようとも……
アントワネット様をこの胸に抱いたこの時を……
私は忘れません。」
「フェルセン……。」
「何も仰いますな。分かっております。
お立場故に仰せになられないことは……分かっております。
『愛している。』という貴女様の御言葉を伺いたくて参ったのではございませ
ん。
ただ…お会いしたかっただけでございます。」
「……フェルセン……どのようにして……この隠し通路を?」
「それは……国王陛下…でございます。」
「陛下?」
「はい。鏡の間にての謁見の後、陛下からお呼びがあり参じました。」
「それは……陛下のお部屋に?」
「はい。……陛下は仰せになられました。
『会って来て欲しい。二人の気持ちは理解している。』と仰せになられて…
この隠し通路の扉を開けてくださったのでございます。」
「陛下が………。」
⦅……陛下は……私の気持ちをご存じだった……。⦆
「ただ、長い時間は難しいと仰せでございました。
他の者に気付かれないためには長い時間は難しいと……。」
「そうですね。」
「貴女様を胸に抱いているだけなのに、私はこんなにも幸せでございます。
幸せな時間は短いですね。」
「そうですね。」
「戻らねばならない時刻になってしまいました。」
「もう?」
「はい。お会いできて幸せでした。」
「私も……。」
「名残は尽きませんが……戻ります。」
「はい。」
「アントワネット様……。」
「フェルセン、元気で怪我をしないでください。」
「はい。お別れです。」
「さようなら……。」
「さようなら……。」
フェルセン伯爵様は隠し通路を使って、国王陛下のお部屋に戻って行かれました。
「陛下……ありがとうございました。」
「良かった。」
「はい。感謝申し上げます。」
「武運を祈っておる。」
「ありがとうございます。」
「うむ。」
「では、行って参ります。」
フェルセン伯爵様は国王陛下のお部屋から出てお帰りになったのでございます。




