↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
6/7

おまけ2_お嬢さん、わたしと逢引きしませんか

「お嬢さん、わたくしめと逢い引き致しませんか?」

 昨日まで国家予算三年分の交渉をしていた男が、翌日の昼下がり、私の部屋のベランダからひょっこり顔を出して、飄々とそんなことをのたまわった。

(……逢い引き、ですって?)

「レイド殿下、ドアからノックをして入ってくださいまし」

 私の人生の計画書に、そんな不条理で非効率的なイベントスケジュールは一行も記載されていない。

 けれど、レイドの碧い瞳に真っ直ぐ見つめられると、私の構築した理論武装は最速で機能を停止してしまう。

「おいおい、そんな四角四面になるなって」

 レイドは、悪びれず笑っている。

「少しは誰かさんのおかげで丸くなったつもりです。しょうがないですわね」

 結局、私は公爵令嬢としての完璧な「鎧」を脱がされ、レイドの手によって、賑やかな下町の市場へと引っ張り出されていた。

「あの黒髪の男の人、とても綺麗ね、やっぱり貴族の方なのかしら」

「エスコートっていうのかしら。羨ましいわ!」

「女性の方はとても……あれはオートクチュールのマダムの最新デザインでないかしら」

 わたしは市井の視線にドギマギしてしまった。

(レイドはやっぱり、魅力的なのね……それなのにわたし……)

 下を向きかけてしまう。

「街を歩くなら、そんな仕立てだと、肩が凝るだろ?」

 そう言ってレイドがいつも通り笑いながら私を連れ込んだのは、市井の方の通う既製服の店だった。

 並んでいるのは、市井の、ちょっとカジュアルだけど仕立ての良い、柔らかなコットンの服。

「ほら、これなんかどうだ? お前の綺麗なグリーンの瞳とブロンドの髪に絶対に映えるぜ」

鏡の前で、レイドがぶっきらぼうに私の身体に服を合わせる。

(私に……そんなカジュアルな服が、似合うはずが……)

 私の脳裏に、王太子に「未来の王妃としての配慮も、愛も足りない」「冷徹な人形」となじられた、あの冷たい記憶がかすめる。私には、カトリーヌのような、男を魅了する「女としての魅力」なんて存在しない。完璧なドレスで武装していなければ、誰にも──。

「──嘘つけ。またお前、公爵令嬢の仮面の下で『自分には価値がねえ』とか、くだらねえ計算弾いてんだろ」

 図星をつかれてしまった。

 レイドの大きな手が、私の肩を背後から無骨に包み込む。

 鏡の中に映るレイドは、私を絶対に逃がさないとばかりに、碧の双眸をギラリと据えさせていた。

「いいか、エリス。お前が最高に美しいのは、公爵家の金や格式を着飾っているからじゃない」

 レイドは私の耳元で囁くように言った。

「ただの布切れを纏った、生身のお前自身が、俺の目をずっと狂わせてるんだよ。……ほら、さっさと着替えてこい。俺をあんまり待たせるな」

 レイドに背中を押され、私は戸惑いながらもカジュアルな服へと着替えた。

 試着室のカーテンを開けた瞬間、レイドが小さく息を呑み、それから、いつもの不敵な笑みをッと変えた。

「……チッ、想像以上に可愛いじゃねえか。街の男どもに見せるのが一気に惜しくなってきたな」

 余裕のなさそうな熱い歪みだった。その瞬間、私の理論武装は、熱によって完全に止まってしまった。

(生身の私でも……男性を……レイドを、ここまで惹きつけられるの……?)

 戸惑いの方が大きかった。店を出て、街を歩く。

 レイドは黒い織物のような美しい髪に、圧倒的な強者の佇まい。当然、すれ違う市井の女性たちの視線が、レイドに次々と注がれる。誰もが認める、圧倒的に“モテている”男。

 それなのに。

 これだけ普段は誰にも腹のうちを見せないレイドが。

 私の隣で、私の歩幅に合わせて歩き、私の買い物の荷物を無造作にひったくるように持ち、他人の視線なんて一ミリも気にせず、ただ私だけを独占しようと手を伸ばしてくる。

「おい、エリス。よそ見してっと、他の野郎がお前を盗りにくるだろ。──ほら、手、繋ぐぞ」

 無骨で、痛いくらいに熱い大きな手が、私の震えていた指先を、今度は迷わずに、力強く包み込む。

 他の誰も入れない、この国最強の、でも不器用な男の内側。その最深部の特等席に、私は今、完全に囲い込まれている。

 王太子に否定された私の「女としての自信」は、レイドが世界をシャットアウトして私だけに全開にするその理不尽な独占欲によって、これ以上ない形で過剰に補填されていく。

「……本当に、手のつけられない暴君ですわね」

 私は完璧な作り笑いではなく、少し呆れたような、でも極上の、曇りなき「生身の苦笑」を浮かべて、その温かい手をガシッと握り返した。

(どんな服になっても、この人の前なら、絶対に傷つけられない──)

 それは私の人生の計画書をすべて書き換える、甘くて、絶対に破棄できない安全契約の結び直しだった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。次はライバルが現れます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。